2017年8月21日月曜日

small talk:晩夏の戯言

「猛暑の後に台風が来て、雨が続き、気温は上がらないが、湿度がやけに高いなんて、異常な天気が続いている」
「湿度が高く、気圧が低いのはこたえるな」
「ひどい夏だよ」
「天気にかこつけて言うが、日本も現状維持が許されないのをひしひしと感じる」
「湿度に中国漁船団や北朝鮮のミサイルが関係してるってのか。それじゃ脱原発派なみのこじつけだ」
「ダツゲンパツはカタカナ表記にした方がいいかも」
「エコロは前からカタカナだな」
「カルトもだよ」
「アカも表記として強調する時や、口語の雰囲気を出す時などはカタカナを使って来たな」
「それじゃ、これからあいつらをカタカナとでも呼ぶか」
「一般性はないけど、いいかもしれない。ニンピニンでもいいけど」
「きっと文字にすると読みにくいぜ」
「それじゃ、脱原発派(人非人)はどうだ。脱原発派=人非人でもいいけど」
「ともかく、テレビ朝日の特別番組『ザ・スクープ スペシャル』「ビキニ事件63年目の真実」副題「フクシマの未来予想図」に対しては、カタカナ連中からこそ批判があるべきだったと思う」
「そんな事が出来るだけの常識も知力も見識も、あのカタカナ連中にはないって事だ。いや、それどころか、きっと番組と同じように考えているんだろうよ」
「そうだろうね。だから黙っていたんだ。どうしようもないな」
「放射線が心配なら、北朝鮮の出す放射線でも計ったらどうかね?」
「支那の大気汚染は本当に日本に来てる」
「支那と言えば、ドブから食用油を再生するエコロな技術も持っているし、プラスチックの米を作る技術も持っているし、真っ黒な農業用水を作る事も出来るんだから、海産物なんて乱獲する必要なんかないだろうにな」

「支那は経済成長を続けているが、軍備拡張には莫大な金を使っているし、中共と軍部の幹部が私服を肥やすのに余念がない。金持ちになる民間人は、実は政府要人の子弟だ。それでも都市籍を持っていればまだいい。そうでなければ、待遇がまったくちがう。また、無戸籍の人間はそれ以下だ」
「牢名主って知ってるか?」
「江戸時代の牢屋の親分だろ?」
「そうだ。その牢名主は、牢屋の畳を独り占めして、一人だけ全部の畳を積み上げた上にドテラを着て座ってるんだ」
「他の囚人は、みんな畳の下の板の上で生活するんだよな」
「支那の経済成長は、アレさ。成長と言ってるのは、独り占めして積み上げた畳だ。他は、本当なら自分の分があるはずの畳をとられ、板の上で寝てるんだ」
「共産主義国家は、みんな同じだね。マルクス主義はそういう専制国家を生み出す思想だからな」

「それははっきりしているが、北朝鮮や中共のような、死すべき体制が往生際悪く残っている」
「始末が悪いというヤツだな」
「周りもこれ以上悪くなるよりはいいと現状維持を容認して来た」
「その結果、どんどん悪くなっている」
「現状維持を目指した結果が、事態の悪化か」
「ナチス・ドイツの行動を容認した結果が世界大戦だった」
「アンドレ・グリュックスマンがヒトラー一人の責任であるかのようにしているが、みんな自分の従順さに従ったではないかと言っているのは、何もドイツ人だけに向かっての言葉ではない。イギリスなどがドイツの行動を見て見ぬふりをしたのもそういう事だ」
「グリュクスマンはドイツ観念論を問題にしているんだが、彼のモチーフはそういう事にもなる」
「彼については、そのうちきちんと取り上げていいだろうね」
「軽く流せる程度の人ではないからね。ただいつになるかな」
「ハイネもとりあげなきゃならないしな」



八極拳の李書文は神槍と呼ばれたという

 今日は稽古だった。月2回しか行ってないのに、八極拳槍術の凄い技を教えてもらってしまった。問題は、教えてもらってからといって出来るわけではない事。うーん、豚に真珠というやつだ。
 槍は動きが大きくて面白い。気持ちのいい武道だ。



2017年8月19日土曜日

湿度が高いって、眠い・・・

 ザディコとケイジャンを聞きながら、本を読んでだらだらと過ごしてしまった。
 散らかってまとまりの悪い頭の中が整理される事はなさそうだから、そのままにしておく。

 福島の原発事故そのものの被害と、脱原発で騒いでる連中が引き起こした被害のどちらが大きいのか数値化する手立てはありそうだけど、そのうちに誰かがやるかな?
 人的被害は、自殺者がいるから、脱原発派が引き起こした被害の方が大きい。あいつら、本当にひどい奴らだ。最低のカスだと思う。

 シリアでアサド派がまた毒ガスを使ったみたいだ。アサドもひどい奴だし、アサドを支援している露助もイラクもロクでもないけど、反アサド派をデッチ上げたはいいけど、その後、曖昧な態度を取り続けたアメリカのオバマもカスだった。反アサド派には、各国から戦闘集団が集まったみたいだけど、反アサド派で戦闘に参加すれば武器と資金が手に入るという感じで、アラブの春バブルがあったんじゃないかという感じを受ける。そこからイスラム国集団が出て来た。反アサド派から、また別のテロ集団が現れる可能性だってある。アサドも、アサドの支援者たちも、イスラム国集団も、反アサド諸派も、みんなロクでもない。本当に嫌な話だ。

 中共は最悪最低だけども、中共が倒れると、その後に、もっとひどい権力が出て来る可能性が否定出来ないので、中共とつきあって行くしかない。支那人はその場限りの浅い国民性だから、信用できないが、他の奴が信用できるわけではないので、今目の前にいる奴と取引するしかない。
 支那は支那人にとっても、支那人以外にとってもストレスでしかないけれども、今の価値観ではどうにもならない。
 昔々、そうすれば支那が良くなると思って、清を倒す手伝いをした人々がいたが、国民党政権がだらしなくて、共産党に負けて、ひどい事になった。良くしようとしたら、悪くなる。よくある事だ。経済で言う下方弾力性は色々な所にある。考えが浅いと、これが罠となってしまう。先の事はわからないし、なかなか身動きが取れないものだ。そうして、人は座して死を待つしかなくなる。
 後付けで批判する事は出来るが、する価値のある批判はわりと少ないものだ。



2017年8月15日火曜日

2つの情報工作と日本 3

 二重の工作によって歪んだ日本の思考を見直す時、民主主義も含めて、戦後の諸制度、諸思想は自分で獲得した自前の思想・制度ではないため、日本に合っていない部分がある事に気が付かざるをえない。
 比喩で言えば、良い品だこれを着ろと与えられた服に身体を合わせようとして来たのが戦後だった。
 だが、もちろん、本来なら身体に合わせて服をしつらえるのがあたりまえだ。

 戦前、民主主義につながっていく可能性のある動きとして、民権運動=国粋主義という十分に根付いたものがあった。薩長国権派に対抗して、選挙を実現するなど、堂々とした歴史のある動きだった。だが、占領軍は、これを悪者にして、改めて「戦後民主主義」という枠組みを移入した。日本にとって無理のある移入だった。
 日本の民主主義、ないし、民主主義の萌芽だった民権=国粋主義が、アメリカの民主主義と対決し、日本が負けた。それだからと言って、日本の民主主義が間違っていて、アメリカの民主主義が正しかったとするのは無理に決っている。
 だが、その「真相」工作を、「総連/日共」工作は小躍りして喜んだだろう。日本には民主主義がないとして、彼らの言う「民主化」に邁進した。もちろん、彼らの「民主化」とは、左翼化であり、さらに言えば「総連/日共」を盲目的に支持する事だった。彼らが「主体的」にと言う時には、自分から進んで盲目的になれと命令しているだけだ。
 日本を丸ごと「悪」にしてしまうより、国粋主義を悪とする方が簡単だったし、便利だったのだろう。それは国権派と「総連/日共」にとって非常に都合が良かった。

 今でも「極端な国粋主義」といった言い方がある。これは「激しい排外主義」と言っているか、あるいは、「極端な国家主義」と言っているように思える。
 まず、国家主義は国権派のものだからこの意味合いは当たらない。
 また、国粋主義は、元々、国権派の極端な欧米かぶれに対する批判から始まっているもので、日本にも沢山いいところがあり、いいものがある。日本人はこれを出発点にして、自分の力で国を良くし、豊かにし、やって行く以外にない。欧米先進国のものを取り入れるにしても、日本人の間尺に合うか合わないか吟味し、合わないものは合うようにしなければならないだろうという考え方で、排外的な国粋主義者がいたとしても、それは例外的な存在だ。また、そうした例外なら国権派にもいたと思う。

 国粋主義というのは、わざと言っているのだが、民権主義と言い換えても同じ事で、どこの国にもいい所も悪い所もある。一方がすべて良くて、一方がすべて悪いなどという事はない。それでは、先人の努力をあまりにないがしろにしているという事を言っているだけだ。互いの美点を認めようという事のどこにも排外などない。
 何でもかんでも欧米がススンデいて、正しく、日本は遅れていて、間違っているという考え方、これを自虐史観などと言うらしいが、ここでは拝外主義、あるいは排内主義とでも言おうか、排内主義の方がはるかに異常だろう。

 日本がすべて悪いとされた時に、国粋主義は沈黙を敷いられ、すべての責任を負わせられる事となった。だが、戦時軍部は、統制派が支配していたのだ。国粋主義の影響下にあった皇道派は粛清されていたのだ。

 自前の草の根民主主義であった国粋主義が沈黙した事で、制度の部分は国権派が、思考の部分は「総連/日共」が独占した。こうして、戦後民主主義は上から押し付けられる、何だか気持ちの悪いものだが、逆らえないものとしてあり続ける事となった。

 自分で思考するのではなく、規格化された思考に自らを合わせようとする無理を続けた挙句、左翼などに見るような極端で異常な思考に至る人々が現れるようになった。
 これは、戦後民主主義が基盤として来た、歪んだ戦後パラダイムの破綻を示している。

 私たちは、ここで国粋主義=民権思想について再検討を行ってもいい場所にいる。日本の何もかもを否定し、欧米、あるいは、共産主義国からの輸入ですませた方がいいというのでは、すべてが意匠の問題となってしまう。そうではなく、自前の理想、自前の思想を未来につなげて行くのでなければ、日本は日本たりえず、日本人は日本人たりえない。



2017年8月14日月曜日

2つの情報工作と日本 2

 宣撫工作は、占領した国や地域で必ず行うものであって、アメリカがとりわけひどい洗脳をしたという見方はできない。日本だって宣撫工作はやっている。宣撫工作そのものはあたりまえの行動だが、「真相」工作は戦前の悪魔化が強すぎたとは言える。また、ソ連の「総連/日共」工作も重なったため、より強烈になった面もあるかもしれない。
「真相」工作で日本の悪魔化が強いものとなった理由は、戦時中の日本軍の強さだったかもしれない。結局、日本は列強をことごとく打ち破った。負けたのはアメリカにだけだ。あの時点で、日本の強さは不要だと連合軍は判断したのかもしれない。列強は、日本がいなければ、まだアジア植民地を維持出来ると思っていた。フランスなどはすぐに戻って来たが、戦時中、アメリカの工作員だったホー・チ・ミンが独立を願い、残留日本兵を顧問として独立軍ベトミンを結成し、戦争を開始した。

 ソ連の工作とアメリカの工作による情報操作を除くと、戦争の否定が日本の否定につながる見方=考え方はほぼ根拠をなくす。

 大東亜戦争で、日本は東南アジアに侵攻したが、そこは欧米列強の植民地とされていた地域だった。日本が欧米列強を東南アジア域から駆逐したため、戦後、東南アジアが植民地から脱し、建国して行った。
 大東亜戦争において、日本国内の諸潮流には、それぞれ思惑があり、アジアの解放を目指した人々がいるかと思えば、ただ欧米列強から植民地を奪い取ろうという腹でいた者もいただろう。
 何らかのモデルをあてはめて大東亜戦争を説明する事は出来る。モデル化はつまり単純化だから、単純でわかりやすい説明が適切でいい場合は多い。しかし、あの戦争を単純化する事そのものが適切であるかどうかは目的によって変わって来る。
 あのような戦争を起こさないためというならば、あの戦争を細部まで追求し、様々な機微、思惑、行為が重層的に折り重なった中に分け入って解きほぐし、解明し、分析すべきであるのはあたりまえであるように思える。単純化が役に立つとは考えられない。
 すべて悪意と欲望で出来ていたなら、こんなに簡単で解決しやすい問題はなくなる。しかし、そんな風に都合よく出来上がっている現実はない。
 だが、「総連/日共」工作が流布した、戦前の日本が悪意と欲望で出来上がった悪の帝国であるというポンチ絵並に単純化した物語の前に、本当に何がどうなっていたのか、何が悪かったのか、どこが間違っていたのかを明らかにする努力はなおざりにされた。
 おそらく、そうした努力をすべき者たちは、正しい共産党がすでに結論を出しているのだから、もう手を加えるべき所があるはずはないと、馬鹿げた考えを持ったのだろう。あるいは、臆病な彼らは、共産党の正しさに怯え、その時代ごとの「正義」に敵対する可能性を自らに禁じ続けたのかもしれない。ともかく、必要な事はなされず、神国史観から取って代わって、「マルクス主義唯物史観」が神棚に飾られただけだった。

 アメリカの「真相」工作に影響された勢力と、「真相」工作に寄生した「総連/日共」工作の影響下にあった勢力が、戦後日本を2分した。
 世界的にも、西側と東側に別れ、西側諸国にはソ連の影響下にある人々が存在した。東側、つまり、ソ連と東欧諸国は、マルクス主義によって統制されており、思想・言論の自由がなかったため、西側の影響はほとんど及ばなかった。
 戦後の歪んだ枠組みは世界的な規模で蔓延し、世界を呪縛した。



2017年8月13日日曜日

2つの情報工作と日本

 太平洋戦争、大東亜戦争について、いくつかの見解がある。
 まずこの中から、ソ連=朝鮮総連/日本共産党系の見解は省こう。なぜなら、スターリンがアメリカ共産党を使って、日本を追い込む形で日米戦争を仕組んだ経緯があり、なおかつ、それを隠して戦前の日本を批難し続けるという、謀略があったからだ。日共系の見解は謀略の一部でしかなく、真摯な見解とみなすにはあまりに資格を欠いている。
 ソ連=朝鮮総連/日共系の見解は党派的謀略的な工作のための見解であり、それを検討する事で謀略に巻き込まれるたぐいのものとして、その内容は検討すべきものではない。この「総連/日共」工作とでも言うべきものは、謀略としてなら検討素材としえるかもしれないが、内容を真に受けるのは無意味だ。

 では、「総連/日共」工作以外はどうだろうか? 戦後、連合軍として日本を占領したのは実質的には米軍だった。米軍は戦後、左翼系インテリたちがやっていた「真相」という雑誌に当時入手困難だった紙を供給するなどして支援した。これと「真相はかうだ」「真相箱」などのNHK放送とも軌を一にした宣撫工作ととらえられるだろう。ここではこれらを「真相」工作としてまとめてとらえる事とする。
 この「真相」工作も宣撫工作のための情報操作にすぎないから、これ以上の検討には値しない。

 これらの工作は、日本の否定を目的とした宣伝であり、言説だった。思想としてとらえるほどの内容はなかった。
 しかし、この無内容な工作と占領統制から日本の言論・思考空間の戦後は始まった。
 占領統制は、日本の言論に大きなキズを残した。占領政策に沿わないとみなされた言説が禁止された時期があったが、それが日本の言論機関を萎縮させ、占領が終わった後も、統制に適応した言論空間は残った。この枠組に適応した言説は主流となってもてはやされ、外れた言説はかえりみられなかった。一度定着した枠組みは定着を根拠として生き延びて行く。その枠組に適応した言説も、内容とは関係なく主流商品となり続ける。
 現在の日本の言論の妙な傾向はこのようにして形作られたように見える。
 そこでは、日本を悪とし、日本の戦争を悪とし、日本の戦前を悪とする事が正しい解答であり続けている。もし、日本が悪で、戦前が悪なのだったら、どうして戦後の日本が悪ではないのかといった疑問は、極めて偏った形で現れ、用意される解答も偏ったものだ。
 戦後日本が悪いのは、共産化されていない事だ。自民党が勢力を持ち、日本共産党をはじめ、進歩派野党の勢力が少ないのは、日本が進歩的ではないからだ。これは良くない。良くないのは、日本に戦前が残っているからだ。戦前がなくなれば、日本は共産化し、良くなる・・・これが「総連/日共」工作の用意した解答だ。
 アメリカは、日本の独立と同時に、日本=悪という宣伝工作を終了している。もう日本は悪などではない。だが、「真相」工作の終了は、「総連/日共」工作が単独で継続される事を意味した。それは、「総連/日共」工作による言論統制、歪んだ言論空間の枠組みを維持する努力だった。歪んでいない言論空間においては、「総連/日共」工作の言説など、バカバカしくて相手にもされない代物だったからだ。
「総連/日共」工作は、終戦直後の時代環境でだけ生きて行ける。「真相」工作の寄生虫だった事がわかる。



2017年8月8日火曜日

small Talk:異常の素

「東京新聞・中日新聞の長谷川幸洋論説委員が「加計報道の真相 安倍政権打倒が目的」と特別コラムニストをやっている四国新聞のコラム ニュース裏読み で書いた」
「もっと早く書いてくれれば良かったのにね。それに東京新聞はそれこそ政権打倒で暴走していた。社内で何とか出来なかったのか」
「出来なかったから、今になって、四国新聞で書いてるんだろうね」
「東京新聞の暴走グループは、論説委員では止められないという事か」
「うん、社内事情を想像してしまうね。常識が押しのけられる異常な空気があるんじゃないかね」
「そうだろうね。加計で内閣打倒って、ありえないけど、それを目的にしたって、報道する人間たちが、異常な妄想にとり憑かれたって事になる。それは異常な空気がなければそうはならない」
「熱にうかされた報道だったんだな」
「あの東京新聞の女なんか、トランス状態に陥ってたんじゃないかね」
「巫女体質か。記者会見では質問してたんじゃなくて、お告げのご託宣をしてたんだ」
「うん、カケ神様のお告げだぞよーてなもんだ」
「だったらわかる。そんなのの相手じゃ菅官房長官もかわいそうだった」
「しかし、報道で内閣打倒運動をすれば、国民が立ち上がって、民主的な選挙で選ばれた代表で構成された議会と政府を破壊し、選挙で安倍さんの演説を妨害した連中や前川を中心にした臨時政府を樹立するとでも思っていたのかな。頭の悪さも限度を越えてるぞ」
「いや、何しても考えがあったんじゃなくて、感情や空気、妙な熱気が醸成されたんだろうよ」
「野次馬や暴徒と変わりない水準だな」
「韓国では、それで勢いがつき、大統領の罷免まで突っ走ってしまった」
「国民性が違うだろう。向こうは国家間条約の約束を履行するどころか、まるっきり反故にしながら、こっちが出した金だけ流用しているような、信義などまったくない国家だし、国民性だ。北朝鮮も、やらないやらないと言っていた核兵器開発をやり、今ではそれでこっちを脅して来るありさまだ。韓国・朝鮮人は嘘ばかり言う裏切り民族だろう」
「北朝鮮をそういう風に教育したのはソ連だったろうし、韓国人を教育したのは北朝鮮に通じた左翼の連中だと思うよ。それを放置したのは韓国政府の責任だけどね」
「まあ、日本の教育は左翼が牛耳ってる分野で、おかげで問題が山積してるね」
「韓国は父親の方の朴正熙大統領が最高の指導者で、あれ以上の人間が現れる可能性がない事が悲劇だね」
「朴正熙か、日本の左翼は嘘ばかりついてあの人を批難していたね」
「『韓国からの通信』を掲載した『世界』の安江良介編集長は「日本人には朝鮮人を批判する資格は倫理的にない。すべて日本人が悪い」という考えを持った異常な人間だったが、その異常さが岩波文化人のスタンダードとなり、マスコミに影響を与えという風になって行った」
「『韓国からの通信』は大きな影響力を持っていたが、それは岩波の影響力でもあった。文化人連中は岩波からお座敷がかかると大喜びで尻尾を振ったもんだ」
「ソ連を収容所群島ぶりを知っていて隠蔽したフランスの指導的知識人を批判したのがミシェル・フーコーや、フーコーの弟子のアンドレ・グリュックスマンだったが、同じ事をした日本の知識人は知らん顔をして口をぬぐっただけだったね」
「日本共産党と朝鮮総連は頭がふたつで胴体はひとつという関係だ。そんな中にいると、安江のような歪んだ良心が作られるんだろうな」
「グリュックスマンなどは、元々が倫理的な人なのか、そういう問題を掘り下げて行ってたね」
「狂信につける薬はないなんて、掘り下げるまでもないだろう」
「それでも、哲学だから掘り下げるんだよ」
「まあ、哲学は、教会の外で神学をやるためのものだからね」
「良心の歪みが安倍内閣打倒運動をやらせたわけだからな。それが収容所群島の隠蔽をやらせたのと同じ型の良心だという事に気がつくのは、そんな風に良心を形成していない人だという所は、越えられるかどうかわからない問題だろうね」
「知識でも、良心でも越えられて来なかったね」
「知識や良心は、越えられないという事に耐えられない面がある。それで、すでに失効しているのに、いつまでたっても知識があれば、良心があれば、良くなる。良く出来ると主張するし、それを信じる人たちがいる」



small talk:常識の大切さ

「イスラエルがアル・ジャジーラのイスラエル支局を閉鎖し、放送を遮断するようだね。6日に発表があった」
「治安部隊の暴行場面やイスラム教徒の主張を繰り返し放送し、パレスチナ寄りの報道を続けたためという事だね」
「ネタニヤフ首相は ”アルジャジーラは暴動を扇動している” として、アル・ジャジーラをイスラエルから追放する法整備を行うと明言した」
「サウジアラビアがアル・ジャジーラの支局を閉鎖し、放送を停止したが、それに続く動きだね」
「ジャジーラが問題のある放送をしていても放置しておくといった余裕は中東にないだろうね」
「法整備をするという点は重要だね」
「法治国家であり、まずジャジーラを違法とする手順を踏むという事だ」
「日本は森加計で時間を潰しているマスコミを容認しているんだから、世界一言論が自由な国だな」
「うん、支那なんか、共産党を無能だと出力したAIを停止したそうだ」
「きっと、中に入ってた者を出せと捜査したんだぜ」
「中東に近いペルシャでは、アメリカの新たな制裁対象となったロシアとイランが軍事関係を強化するようだ」
「今でも軍事関係は強いが、それを拡大深化するというのか。イランの春は遠いな」
「アメリカ議会がロシアのクリミア侵攻・併合に対する制裁を決議した。これに対してロシアは在露米大使館員700人の追放を発表した。イランは核開発に絡む制裁だ」
「核兵器開発に関しては北朝鮮も制裁対象だね」
「イランは、ロシアの武器輸出のお得意様だ」
「武器輸出には軍事訓練サービスもセットになるが、イランとロシアは共同軍事演習をやっている」
「それに、ロシアはイランで原子力発電建設をやっている」
「去年始めたんだったね。産油国で原発か・・・時代だね」
「クリーンで効率がいいからというならいいけど、核兵器を作るためだから困ったものだ」
「北朝鮮の核開発の言い訳と一緒だ」
「半月刀で翻訳家を殺す連中は、北朝鮮なみに嘘つきだってか」
「イランとロシアは、シリアでアサド政権側で一緒に参戦している」
「イランは、パレスチナのハマスの資金源になっていたね。PLOはロシアとの関係が深かった。PLO傘下のPFLPの一部はKGB(現FSB)が作ったと言われていた」
「イランはテロ組織のヒズボラにも資金提供している。色んな所に関係しているね」
「ロシアも同じだ。中東の不安定要因を作っている」
「まあ、それは昔からだ」
「残念ながら、中東はここしばらく安定しないね」
「イスラエルの裁判所が、有罪となったテロリストの市民権を取り消したけど、その理由が市民権を濫用してテロ活動を行ったというものだった」
「英国のテリーザ・メイ首相が、テロから国民の生命安全を守るためなら、人権諸法を改正するとツイートしたけど、テロの深刻さが増している中で、命か権利かという話になって来ているのが流れかもしれないね」
「いい流れではないけれど、やむを得ない所かもしれないね。何となく人権で来たのを立ち止まって考える機会だ」
「人権というと非常識がまかり通る時代ではなくなるといいね。今までが幼稚すぎた」
「非常識と言えば、2人の支那人観光客がドイツ国会議事堂の歴史的建造物の前でハイル・ヒトラーの敬礼をして逮捕された」
「ナチスが違法だと知らなかったのか?」
「ドイツは支那と違って、何をしても自由だと思ってたんだろ」
「で、どうなった?」
「違法組織のシンボル使用容疑で起訴され、それぞれ500ユーロの罰金で保釈だ」
「無知でお灸をすえられた。支那だったら死刑もありうるね」
「天安門で蒋介石万歳とやるとかだな」
「孫文だとどうなる?」
「ダメだろう」
「林彪なんかどうだ」
「いい所を突いたつもりか。ダメに決まってる」
「ともかく、常識は大事だな」




2017年8月5日土曜日

small talk:鳩よとどまれ

「鳩山の阿呆は、支那にいて寝言を言ってるな」
「唐人の寝言というヤツだな」
「あの男は、劉暁波が疑惑の死を遂げたのをはじめ、中共が国内で情報統制・人権侵害を行っており、近隣諸国には武力で威圧を与えている軍事国家である事を容認している」
「いや、積極的に加担していると見るべきだろう。市井の人間ではなく、長らく日本の権力ポストにいた人物だ。無垢ではない。確信犯の全体主義者であり、軍国主義信奉者だ」
「そして、今や中共に飼われている犬というわけか」
「ああ、日本の権力者の中でも最低、下の下だ」
「タチの悪い野郎だな。民主党は、そろいもそろって、そんな人間ばかりが集まっていた。民進も同じだ」
「解党的出直しとか何とか言ってるけど、消滅的消滅が世界のためだよ」
「別働隊解散で、日共に戻る人間は戻ればいい」
「それはそれでいいけど、問題なのは、行政内と自民党内の別働隊だ。獅子身中の虫だよ」
「見えにくいだけにやっかいだな」
「連中が偽情報を流し、マスコミがそれに乗る。頭が悪いし、裏取りをする能力がないから、裏工作している連中にしてみれば、入れ食いだ。さぞや面白いだろう」
「日本の問題点を突いて来るから、点検をしてもらってると思って、強くなって行くしかないね」
「とりあえずはそういう事だ」
「鳩山は、向こうも迷惑だろうから、いつまでもあっちにいてもらいたいね」
「進呈だ」
「唐人になってもらえば、寝言の首尾も整う」




small talk:民進党の仕事

「民進党は日共別働隊みたいなもんだが、支那の意を受けて、よく国会を空転させたね」
「防衛論議は出来なかったし、たいしたもんだった」
「北朝鮮がミサイル発射してる時に森加計だったもんな」
「支那が北朝鮮支援をしていて、ああした軍事的威嚇が可能なわけだし、民進党が大騒ぎしたのは、支那や北朝鮮のためになった」
「安倍内閣は、議会制民主主義の規範をよく守り、丁寧に対応していた。これは日本の議会制民主主義のためにはなった」
「ガセネタで騒ぐ連中とは誠実さが違ったよ。民進党を始め、野党は民主主義の破壊者だってのがはっきりしたね。日本の議会制民主主義を破壊し、最後は日本を破壊しようという人たちだ」
「次は枝野が来そうだけど、何やらかすかね」
「原発事故を拡大させかけた菅直人内閣を思い出す人だね」
「ああ、原発事故男だった」
「二重国籍を代表にした党が、次に誰を持って来ようと関心を持てないな」
「芯がなく、目先の利害でコロコロ変わる連中だからな。お互いを信頼しあってないし、何なのかね、あいつら」
「さあ、どうでもいいね。ただ、加計問題で、文部省の官僚がどうしようもなくひどい事をしてたのがわかった。この官僚どもをどうにかしていかなくちゃならない」
「足を引っ張る奴らだな」
「許認可を始めとする役所の権限を天下りに利用するってのは、悪代官のタカリ行為だ。税金を食い物にしているのと変わりがない」
「行政の権力が大きくなるのは、どこでも、どんな時代でも起きている事で、これを克服出来た例はなさそうだ。官僚は議会を嫌っているし、見下してもいる」
「山県有朋がそうだったね」
「山県、選挙落ちたりしてたからな、憎悪したろうね」
「山県の遺伝子は日本の官僚に受け継がれているか」
「前川のやってた事は、明治の国権派藩閥官僚と違いはないぜ」
「マスコミは国権派御用か」
「倫理感がないからね」
「マスコミは頭が悪く、仕事が出来ず、倫理感もないか・・・」
「日本語もよく出来ないしね」
「日本のテレビを見るぐらいなら、ネットフリックスとか、動画を見る方がはるかにいいよ。ニュースもチグハグな選択で、肝心な部分を調べてないものばかりだし、だらだらした低予算丸出しのバラエティーも飽きるし・・・」
「新聞なんか、もう少ししたら、見た事のない子供が出て来ると思うよ」
「レトロでかえって新鮮と、新聞が子供たちに人気とか言ってテレビの話題にとりあげられるかね」
「ああ、その後、消える。新聞を読むような年寄りが図書館通いできなくなるから、図書館でも置かなくなり、終わりだ」
「民進はマスコミの終焉にも一役かったね」
「だとしたら、そこだけは褒めてもいいかな」
「本当にそこだけだな」





2017年8月3日木曜日

未来は憲法改正の先にこそある

 安倍内閣、一番の敵は自民党で、二番目は官僚だったけど、これからその一番の敵との戦いに入る。本当に本当の仁義なき戦いが始まる。

 枝野は強いだろうけど、民進が弱体すぎる。蓮舫を代表にしたセンスのなさが大きな後遺症を残す。枝野じゃ、蓮舫ほど非論理的に森加計で騒げなかったろうけど、その方が傷は浅かったろう。

 興味がある人に面白いのは自民党内の暗闘だろうけど、そんな下らない事よりも、改憲が潰されるとしたら、暗闘に走る者たちは、私利私欲で国を誤る国賊だ。
 安倍内閣がこの程度で食い止めた政治不信が、改憲の行方次第では修復不可能になる。

 マスコミや野党が嫌いなネットで発言する人々が政治を見限ったら、左翼の焦土作戦は成功だが、日本の未来は暗くなる。

 九条信仰信者が日本と未来の足を引っ張ろうとしている。九条は邪教だね。



2017年8月2日水曜日

small talk : テレビ朝日ご乱心! 加速するマスコミの凋落

「テレビ朝日が「ビキニ事件63年目の真実~フクシマの未来予想図~」という番組を放送するらしい。その告知で、「ネバダ核実験公文書館で衝撃的な機密文書を多数発掘。ロンゲラップ島民たちを避難させなかったのは人体実験のためであり、その後も内部被ばくの影響を継続的に調査するため、わざと汚染された島に帰島させていたというのだ」とやった。ネットで批判が相次ぎ、福島からも批難の声が上がった」
「ビキニの水爆実験と福島を一緒くたにするのか。福島ではなく「フクシマ」という意図はどこにあるのか。福島県民の気持ちを踏みにじるつもりか。風評被害を撒き散らすのか・・・といった、至極当然の批判だったね」
「そこで朝日は「~フクシマの未来予想図~」というお気楽な副題を削除した」
「謝罪はしていないぞ。上っ面を取り繕っただけで済む話じゃない。放送を辞め、謝罪すべきだ」
「そうだな。副題を削除しただけで、未練たらしく番組放送というのはいただけない」
「題名から察すると、ビキニ水爆実験が人体実験だったという、すでに否定された説を蒸し返す内容のようだ。根拠のない陰謀論だな」
「太田龍が死んで、阿呆な陰謀論はなくなるかと思ってたけど違ったな」
「虎は死んで皮を残すが、太田龍は陰謀論か」
「太田龍なみに非常識か・・・太田龍はアジテーターだったから、社会的責任なんてまったくなく、デタラメでも何でも言って、言ったそばから忘れてたけど、テレ朝がそれじゃいけない。この番組は色々な面で非常識すぎる」
「変な番組作って、実は日米間に隙間風をふかせ、支那や北朝鮮に利するつもりじゃないのか。反米番組に福島を乗せ、煙幕に使った。馬鹿のフリして、すべて計算の上、悪質な工作を展開している」
「それも陰謀論だな」
「そうだな、削除用の副題でもつけとくよ」
「しかし、今さらビキニ水爆実験というのが頭悪いな。人体実験を言いたいなら、ソ連東欧圏諸国が延々とやり続け、あたりまえの感覚になってしまっていたから、ソ連崩壊後も相変わらずで、東欧のある国が、無力化ガスの実験に子供を使い、映像を西側諸国に軍事関係者に見せて引かれてしまったなんて話もある。無力化ガスは代謝の早い催眠ガスで、子供を使ったのは売り込むために代謝の早さを見せようとしたんじゃないかと思う」
「頭が戦後だから、そういう現在の話は理解できないんだろう。年齢は若くても、脳は老化している」
「脳老化か・・・考え方がどうこうより、病気と見た方が的確かもね」
「あいつら試験にだけは強い人種で、試験に強いというのは、出題者の年長者の意を汲むのに長けているという事だ。自分の答えを考えるんじゃなくて、出題者の意図を考える頭の使い方をして来たあげく、年寄りの考え方をするようになってしまったなんてね」
「AIで言う過学習というヤツだ。AIの方は、過学習にならないような方策がとられているけど、人間は過学習じゃないと出世しないから、どんどん過学習になる」
「それは破綻まで止まらないな」
「人材が流動しないと閉鎖的な中でそういう事が起こりやすい」
「従軍慰安婦強制連行の事実無根、脱原発報道の無内容、森加計の無根拠、二重国籍問題での頓珍漢な蓮舫擁護と、朝日新聞が頑張って血迷ってるんで、テレビも日々の偏向だけじゃ足りないと思ったのかね」
「この番組は偏向じゃすまないよ。放送テロだ。そういう感覚がまったくない。人を傷つけるという事の理解がない者たちが、大きな影響力を持つ権利を得ているんだ。その権利が大きいから殿様気分になり、これ庶民、福島の庶民、これがそなたたちの未来だぞよてなもんだったんだろうよ」
「福島をカタカナで「フクシマ」とするのは、外人になったつもりなんだろうな。それで自分は一段高いところに立って、人を見下している」
「お偉い事だな。それでこちとらが、ハハーッ、アサヒ様ーっとでもなると思ってるのか? まったくの馬鹿だな」
「脱原発は、左翼や新興宗教といったカルトが人につけ込むためのものになった。だから理性を持たれては成り立たないんで、デマを使って人の恐怖心を煽り続けている。オウム真理教とTBSのつながり以上に、脱原発カルトとマスコミの関係は常軌を逸しているように見えるよ」
「あの時は、日共と朝日は反オウムで、TBSがオウム側だったが、今は、オール脱原発、オール反安倍だ。みんなそろって硬化に邁進している。機械学習なんて、可愛いもんじゃないぞ」
「自分だけはご安泰だと思っているあいつらの船が沈んで、死んでいくのは勝手だが、脱原発とかでこっちを巻き込まないでもらいたいのと、死ぬ過程を見せないで欲しいよ。汚いし、みっともない」
「そのうち、マスコミの女どもが松居一代と化して、この恨みぃーと、動画でやり出すかもな」
「そりゃ見るに耐えない」


禁欲

 今、我慢しているので映画やテレビドラマの動画をほとんど見ない。少し見なくなると、ちょっと億劫になるのでちょうどいい。
 行き詰った時には、動画を見て息抜きもいいのだが、行き詰まっていない時には邪魔になる事もある。
 見るのは基本的に馬鹿アクションが多いというか、アクション以外の映画はほとんど見ない。頭の中がターザン言葉になって「敵、悪い、やっつける」というぐらいで、後は、バリバリ、ガーン、ダダダダでいい。
 恋愛とか、面倒臭いのがないのが一番いい。



2017年8月1日火曜日

ゴルフボール

 荒川の河川敷に都民ゴルフという名のゴルフ場があった。小学生の時、ここでボール拾いをしている子供たちがいた。上級生も同級生もいた。
 池に落ちたゴルフボールを拾うのである。一度だけやらせてもらったが、まったく拾えなかった。それで一度だけになってしまった。
 ズボンを脱ぎ、パンツ一丁になって池に入る。足で池の底を探りボールを見つける。先に針金の輪を付けた棒を水に入れて、ボールを輪っかに乗せ、引き上げる。
 そんな手順でボールを拾って行く。
 慣れた子は次々とボールを拾い、何十個ものボールを、自分の場所に転がしていた。
 ボールはキャディーが買い上げるのだと聞いた。キャディーは客に売っていたのだろう。
 沢山拾っていた子は数万円の札をポケットに入れていた。目端の利く少年だったのだろうと思う。要領の悪い私などは仰ぎ見るような上級生だった。同級生の兄だったが、同級生も怖がってか、あまり声をかけないでいた。
 小学生に何万円も稼がせていたのだから、キャディーはかなりの副収入を得ていただろうと想像できる。しかし、一度きりで一個も拾えなかった身では、その経済システムの成り立ちを知る事などできなかった。

 その後、ゴルフとはまったく縁がない。



small talk : 嘘ニュース

「マスコミがタガを外してしまったのは、脱原発からだと思うんだ」
「ネットでも嘘ニュースが続いているが、マスコミも無知をさらけ出して不安を煽り続けているね」
「脱原発のコアになっているのは、反核運動からの活動家だ。あの馬鹿ども、相手になど出来ないぞ」
「大震災の衝撃と混乱で、あいつらにつけこまれてしまった人が沢山いる」
「左翼と新興宗教が渾然となってデマを撒き散らしたからな」
「新聞もだろ」
「ああ、昔のマンガで言えば「バイオレンス・ジャック」の世界になるみたいな印象操作をしたな」
「脱原発はマンガと現実の区別がついてないってか、しかし古いな、せめて「北斗の拳」とか、映画の「マッド・マックス」にしろよ」
「もう、どれも新しくないだろ」
「原発事故の後は、終末的な事が起きると決めてかかり、探し回った」
「埋まっていたお地蔵さんが姿を現した、オソロシーとやっても同じだ」
「それじゃ川口探検隊だ」
「あれほど面白くはないよ。はるかに下等だ」
「取材を始める時には、すでに企画が通っているし、先入観もある。事実を集めて行って、先入観と突き合わせ、像になって行く。面白いのはそこだ。それが企画とズレてしまう事もありがちだ」
「そんな時、どうするんだ?」
「つまらない企画だから、こっちで行きましょうと持って行くとか、色々だ」
「企画優先という時もある?」
「どうでもいい話だったら、最初から企画に合わせた取材もある。先輩に、ほとんど自分でしゃべって相手に同意させ、それを記事にした人もいた。週刊誌なんて、荒っぽいものだった」
「そういうやり方を重要な問題でもやるようになっているんだな」
「そうだね。もっと昔だったら、トップ屋なんて人たちがいて、色々な人間とつながりがあってネタを取ってきてたという」
「トップ屋ね、何でいなくなったんだい?」
「ネタを使ってゆすりをする人たちがいたからさ。雑誌に持ち込むのは、ゆすりに失敗したネタだったりしてたようだ」
「ブラックだね」
「ブラックだね。昔の記者は凄かったみたいな事言う人は、ゆすりが困るんで、各週刊誌がトップ屋さんたちと縁を切って行ったのを知らないのかね」
「でも、ゆすりが出来るほど凄いネタをつかんで来る力はあったんだね」
「そういう見方も出来るね。普通では取ってこられないネタを取って来るんだから、普通じゃなかったって事だ」
「そういう人たちのネタが面白いのはわかる」
「いわゆるブラックは、情報誌と言われた小さな雑誌を企業総務相手に作っていた人たちという事だと思う」
「怪文書ではないのか?」
「所在を明らかにして怪文書を出したら、即刻訴訟だ。怪文書とは違うよ。ただ、怪文書が情報誌に送りつけられるなんてのは、当然あった」
「怪文書の出回り先でもあったのか」
「ブラック・ジャーナリズムなんて言葉を世に広めたのは「噂の真相」だと思うけど、あれをやってた岡留だって元々はブラックだったのが、喧嘩して飛び出したはずだ。それで、随分とトバシもやってたし、身びいきの嘘も書いてた。革マルとか、ああいうところから情報をもらってもいたようだし、あまり感心できるものではなかったよ」
「訴訟に負けるからって廃刊したんだよな」
「訴訟に耐える質を作れなかったって事だ。情報誌をブラックとかけなしながら、その水準にも行けなかったって話さ」
「費用と労力を考えると、訴訟を起こそうという人がいないっておかげで助かって来たのが、そうはいかなくなった」
「そうだ。せっかく貯金も出来たし、ここらが潮時と判断したんだろ。要領のいい人物だったんだな。それは悪い事じゃないがね。文章も上手かった。ほとんど一人で書いてた。文章を書けない奴もいたからね」
「小才の効いた小者で、面白い所もあったって事だな」
「情報誌は、新聞や雑誌にとっていいネタ元でもあって、情報誌発のスクープなんてのもあったんだぜ」
「スゴイね。それなのに、今はサエないね」
「情報誌がなくなったからさ」
「どうして?」
「警察が潰したんだ。警察が企業を回って、情報誌を購読したらいかんと言って回った」
「どうしてだ? 企業にしてみれば、防衛にも必要な情報収集だろうに」
「総会屋が資金獲得のために出していた情報誌と一緒くたにされたのさ。だから、反社会的勢力への資金提供を封じるという事で情報誌の購読に圧力がかかった」
「収入源をやられたら終わりだな」
「そう。それで情報誌がなくなって行った。情報誌は警察も情報源にしていて、企業には購読を禁止しておいて、自分たちはネタ探しに顔を出したりしていた。コピーまで使って行くと怒っている情報誌の人がいたよ」
「いかにもだな」
「で、情報誌がなくなったせいで、情報の流れが変わり、怪文書が妙に影響力を持ったり、メディアが官僚のリークに依存するようになった」
「中身が薄くなって行く過程を見るようだな」
「そして、マスコミは幼稚になった。今なら、インターネットでの発信を探した方が、よほど発見がある」
「マスコミの人間や、インテリ業の人間のように、党派性や感情に左右されず、論理的に考え、常識的な判断をしているのは、インターネットで発信している人たちの方にいるよ」



昭和30年代:アトラクティブな大人たち

 小学生の頃、子供相手の色々な商売がいた。
 有名なところでは、粘土と型、それに色付けをする粉等を売りに来る大人がいた。型屋と言われる商売だが、私の方では粘土屋と呼んでいた。
 紙芝居も来たし、プラスチックのシートを舟形に切って樟脳をつけたオモチャ売りもいた。吹き矢も来た。
 紙の筒にピカピカした紙テープを巻いて豪華にしたものに、紙で作った矢を付けて買うと、その場に的がしつらえてあって、遊ぶ事が出来た。楽しかったが、すぐに学校で禁止された。
 映画バスも来た。小型バスに上映設備と客席をしつらえたもので、十円か二十円だったのだろう、料金を払って乗るとマンガ映画を見せてくれた。お金を払うとグロンサン・ガムをくれた。最後に乗った時の料金は確か五十円だった。
 粘土屋は、型を取り、粉で着色した作品の出来がいいと点をくれた。公平ではなく、高い大きな型で沢山色を使っていると高評価だった。特に金銀の粉を使うと高かった。点数がたまると、そこに置いてある大きな型と交換してくれることになっていた。
 粘土屋のまわりには、その型をめざして制作に励む子供がひしめいていた。
 粘土屋は毎日来た。何日も、粘土を買い足したり、色粉を買い足したりしながら、制作を続け、点数をためた。
 みんなの点数がかなりたまったある日、粘土屋は姿を見せなくなった。
 粘土屋は、時々現れては、同じ消え方をした。同じ手口で同じく騙されるのは、遊ぶのが男子だけだったからだろう。女子のままごとで死ぬほど退屈な思いをしたり、女子に混じってゴムだんをするなど考えもつかない事だった。
 来なくなるというのは、紙芝居も同じだった。続きは明日のはずが、来ない。母親からの送金をくすねてしまうひどい親戚の家に預けられ、給食費も払ってもらえず、昼はお腹をすかせて一人で校庭にいると、優しい先生が弁当を分けてくれる主人公の運命がわからないままになった。どうしてくれる。
 紙芝居を懐かしがるのは、きっと最後まで見られた人なんだろうと思う。



2017年7月31日月曜日

small talk : 一線の先端

「森加計のまとめは誰かが仕事でやるだろうから、ちょっと民進・蓮舫の攻めについて話そうか」
「弱かったね」
「はやりそう思うかい」
「当然だろう。あれだけマスコミが援護射撃をする中での攻撃だったのに、成果がなかった」
「そうだな。これでテロ等準備罪がなかったら、空っぽの国会だった」
「一見、大攻勢をかけたかのようだったが、論理性もなく、事実もなく、同じ事を執拗に繰り返すか、言葉尻を捉えて感情的になって見せるか、国会映像をランダムにつなぎ直しても、それとはわからないほどだった」
「何も出ない金太郎飴だったな」
「中身がなかったからだ。森友にしても、加計にしても、そもそも問題がないものを、さも何かあったかのように取り上げた判断が間違っていた。少しでも思考力があれば、こんなのは攻める材料にならないとわかったはずだ」
「わからなかったのはオソマツすぎた」
「最初から材料となる事実がない。事実の足りない部分をきちんと論理を組み立てておぎなう事も出来ない」
「事実が足りないどころか、まったくなかったしな。万が一材料があったとしても攻めに持って行くだけの力がない」
「マスコミも、何の考えもなしにただ騒ぐだけだった。あれじゃ烏合の衆だ」
「民進は感情的に声を荒げるだけしかできなかった」
「弱い犬は吠えるというやつの典型だったな」
「終わりに来て、民進とマスコミは、内閣支持率が下がったのは、自分たちが安倍内閣を毀損したからだと手柄顔で吹聴したが、勝利をとりつくろい、攻撃が成功したかのように見せかけただけだった」
「大本営発表だな」
「支持率の低下は、安倍内閣と自民党だけの問題ではなくて、全政党の問題だった。つまり、野党がくだらない事ばかりやっていたのと、マスコミの常軌を逸した騒ぎに政治不信が起きてしまったんだ」
「本当は憂慮すべき事態だ」
「安倍内閣が、くだらない野党に、あまりにも丁寧に応じている事への苛立ちもあったと思う。あんな事しか言えない奴らは、黙れ馬鹿者とでも一喝して話を進めればいいんだという気持ちになった人は意外といたよ」
「意外ではない。こっちもつられて感情的になってしまったという事だな」
「あの馬鹿野郎に耐え抜いたのは安倍内閣の強さだ」
「攻撃で弱かった蓮舫は、二重国籍を問題にされたら、あっさりと辞任に追い込まれた。守りが弱いどころじゃなかったな」
「民進にかばう人間が一人もいなかったんだろう。ダメな奴だろうが、間違っていようが、筋が通らなかろうが、馬鹿だろうが、支那のスパイかもしれないが、共産党と通じていようが、何が何でも身内だから守るという所がないと信頼は生まれないんだが、民進にはそういう所がまったくない」
「どうせ最後は自分可愛さにみんなを裏切るんでしょという臭いがぷんぷんしている」
「民進党は、人望のない人間というのはこういう人たちですよという見本としては教育効果を期待できるかもしれない」
「こうなっちゃいけない見本だな・・・こうなっちゃいけないという不倫がある」
「今井絵理子参議と橋本健神戸市市議の話か」
「この一線不倫は馬鹿だとしか言えないが、男と女だから手に負えないな」
「一線てなあどこに引かれてるんだろうな?」
「さあ、ナニの先にでも線を描いたかね」
「不倫なんて、そこらのオバちゃんたちがすぐに理解できて、大好きな話なんだから、鬼門もいい所なのにな」
「しかもスピードだろ。芸能誌、婦人誌、スポーツ新聞、ワイドショーはハイエナと化して貪り食うに決まっている」
「橋本健はどうでもいいけど、今井はどうかね」
「あまり褒められた事をやったわけではないが、一議員として職務をまっとうし、次の選挙で信を問えばいいんじゃないかね。二重国籍を誤魔化して来たわけじゃないだから」
「まあ、つまらない不倫騒動で騒いでいられるだけいいって事だな」
「ああ、ありがたい話さ」



2017年7月30日日曜日

ある日の対話:その後

「蓮舫は一議員として・・・とか抜かしてるね。まだ議員をやるつもりだ」
「二重国籍で嘘を言って当選してたんだから、辞職し、金を返した上で、次の選挙に合法的に出馬し、審判を仰ぐしかないだろうに。図々しいな」
「本当は二重国籍にまつわる違法行為で代表をやめたのに、そう言わなかったのは議員を続けようという魂胆だったんだな。悪質な確信犯だ」
「民進党も、もうはっきりした違法性を放置しているのは法律を守ろうという意識がないからだな」
「党ぐるみだ」
「そうだな。集まっても、内々の事しか話しないようだ」
「北朝鮮がICBMを発射した時に、自分たちの話しかしない連中が、政権の受け皿って、永遠に早い。笑わせるな」
「そういう自覚のなさ、恥ずかしさが民進党そのものだ」
「民主党もひどかったが、民進は輪をかけてひどい」
「解党的出直しで、名前も進進党にでもすりゃいい」
「シンシンじゃパンダだ」
「リンリンランランだったら龍園・・・古いな」
「古い・・・それに・・・つまらん」
「違法を誤魔化して、ほとぼりを冷ませばいいだろうというのは、蓮舫も新進党も日本の法律をナメている」
「それは日本をナメてるからさ」
「蓮舫は、本当は違法行為で辞めて、それを誤魔化そうとしているが、稲田は違法行為でやめたのではなく、職務上の監督責任で辞めた。どこにも違法性はない。防衛省が文書管理をきちんと出来ていなかった事で腹を切った。責任ある立場の身の処し方をまっとうしたと言える」
「対比すると、優劣ははっきりしているな」
「蓮舫は劣にしても低すぎる」
「蓮舫は違法を人権にすり替えたのもふざけてたな」
「あれは朝日新聞が言い出したんだろ」
「言い出した者は最悪だが、その口真似をした者も罪は免れないよ。違法行為を問題にされているのに、差別だと言い出すなんてのは、本当に差別されている人の事など考えてもいないで、ただ保身のための道具に「差別」を使ったという事だ。悪質極まりない」
「人権派の感覚そのものだな」
「配慮もセンスもなく、我儘を押し通そうとするところが寒い」
「しかし、蓮舫、議員辞職が筋だろう」
「うん、辞職は筋だが、蓮舫は筋のわかる人間じゃないよ。その意味では政治家向きではない」
「民進、やってくれたもんだな」
「まったくだ」



九条があると戦争になる

 身を守る事が正当な権利でないはずはなく、だからこそ、万が一、守りきれなかった場合に助けるという条約が国際的に認められている。
 だが、攻撃を受けるまで手も足も出せない場合、一定の被害が出る事になる。
 一定の被害と言ったが、それですますわけにはいかない。多くの人が死に、傷つくという事だ。
 わかっていてこれを止める努力をしないのは無責任極まりない。倫理的には人非人と言うしかない。
 後手に回る事はしないという意思表示、法整備・手順整備を含めた防衛力の高度化によって相手を躊躇させる事には大きな抑止力がある。これは冷戦によって実証された。
 日本は、今になって、冷戦を体験するか、蹂躙されるかを、近隣の軍事だけを発展させた後進国によって迫られている。
 いたしかたない。野蛮な後進国に蹂躙されるよりは冷戦に入るしかない。
 その時に邪魔なのは九条だ。
 やめてしまおう。とりあえず停止だ。そうなるのが理路というものだろう。

 九条によって、国の守りに制限が課せられる。馬鹿げた制限だ。近隣後進国はそこにつけこんで威嚇行為を続けている。開戦、攻撃、日本侵攻まであと一歩という所まで来てしまった。
 これは近隣後進国がつけ込む九条があるからだ。
 今や九条は戦争を呼び込む要因となった。

 九条があると戦争になる。

 九条停止。


憲法九条、緊急停止せよ

日本国憲法 第二章九条は、以下の条文だ。


第九条
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 これは日本国民は「国際平和を誠実に希求」するとの真情の表明だが、その「国際平和」は「正義と秩序を基調とする」ものだと定義されている。
 また、「国権の発動たる戦争」「国際紛争を解決する手段として」の「武力による威嚇又は武力の行使は」「永久にこれを放棄する」としている。

 防衛力である自衛隊については、ここに記載がないので憲法上まったく問題がないとするしかない。本当は、あいまいなままにせず改憲し、国防軍としての自衛隊の存在を規定し、正当に処遇すべきだ。
 問題があると考える人は改憲をして自衛隊を禁じ、解散させる事だ。支那もロシアも北朝鮮も喜んでくれるだろう。

 問題は、この九条が場合によっては憲法の他の条文と衝突する事だ。場合によってというのは、現実過程次第、あるいは、状況によってという事だ。北朝鮮が打ち上げたICBMが北海道近海に着弾しているという現今の事態は、まさにここにあてはまる。


第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。 
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 北朝鮮のICBMや核兵器は、憲法が「侵すことのできない永久の権利として」保障するところである日本国民の基本的人権、生命、自由、その他の諸権利を脅かし、妨げようとしている。
 国民の権利は「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」ものだが、今、憲法九条が、国民の権利の保障にとって邪魔になっている。

 九条を守って、このまま手をこまねいていた場合、北朝鮮はいつでも、好きな時に日本にミサイルを打ち込め得る。それに核兵器が搭載されている可能性もある。
 日本国民は生命を奪われる。九条は基本的人権を守らない。そして、それだけでなく、守る事を邪魔している。

 私たちは岐路に立っている。九条を死守し、玉砕するか、私たち自身と家族、子孫、民族の生命、自由、基本的人権を守るかを迫られている。

 九条か国民か、九条か私たち自身かだ。

 これは選択にすらなりえない。国民が優先するに決っているからだ。
 憲法に「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」とある。努力しよう。

 日本国憲法第九条の停止を求める。

 改憲は後で議論し、行えばいい。だが、現在の緊急事態に対処するには九条の停止しかない。危機がなくなるまで、九条は緊急停止すべきだ。日本がなくなれば、日本国憲法どころではない。

 九条を緊急停止せよ。



2017年7月29日土曜日

戦後を終わらせなければ戦争を呼び込む事になる

 日本軍は戦争に強かった。それは日本が強かったという事だ。
 日本は、極東からインドまで、欧米列強を追い出し、植民地をことごとく解放した。
 これを一国でやってのけた。
 その一方、太平洋ではアメリカと正面から戦い、敗北はしたが4年の間戦闘を継続した。湾岸に沿ったパシフィックリム域ではなく、太平洋で海戦を行った国はアメリカと日本しかいない。
 空母の運営に成功した国も、アメリカと日本しかいないが、これらの事は、両国の海軍力の高度さを物語っている。

 こういう強い国だから、日本に勝てたのはアメリカだけだった。そこで、勝った後、連合軍は、日本が再び強国となるのを嫌った。欧米の利害と方法だけで世界をマネジメントして行きたかったのだろう。
 ドイツはソビエトも攻め込んでおり、東側を占領していた。そのため米ソの駆け引きがあり、アメリカの占領政策も自ずと日本とは違うものになった。
 日本はアメリカの実質的に単独占領であったため、アメリカの占領手順と占領政策がそのまま適用された。そこに悪意というか、陰謀を観る人たちもいるが、ナイーブな話だ。彼らは仕事をしただけだと思う。
 ただ、日本が当面立ち上がらないように武装解除を徹底して行うという事はあっただろう。支那を蒋介石の国民党が支配し、朝鮮半島は韓国として独立し、ベトナムにはフランス人植民者が戻り・・・といった戦後の地図が描かれたいたと思う。アメリカは、ド・ゴールを嫌っていたから、反ド・ゴール派のベトナム植民者は重要な存在だったのだ。

 だが、蒋介石があまりに無能で人望のない男だったためか、逃げ回っていただけの中共が相手だと見誤り、支那を共産主義者に盗られてしまった。おそらくソビエトがかなり介入していたはずだ。当時の中共など、中身も外身もなかったに決っている。
 蒋介石が駄目な奴だったため、毛沢東のような犯罪者が支那を盗り、北朝鮮が成立しと、極東がおかしな事になってしまった。
 ベトナムでは、元々アメリカの情報機関の工作員だったホー・チ・ミンが、残留日本兵と手を組み、フランス人の再入植を阻止した。この第一次ベトナム戦争で、フランス側で戦ったのは、ほとんどドイツ兵だった。ドイツでは敗戦で職がなかった。そこで、中世以来のドイツの伝統的職業であるドイツ傭兵が復活する格好となった。
 ホー・チ・ミン軍側の日本兵は軍事顧問という立場だったが、実際の戦場では、日独戦があったかもしれない。ソビエトの支援もあり、戦争はホー・チ・ミン側が勝利した。
 この時に負けたフランス人たちは、次にアルジェリアに行き、アルジェリア独立戦争に遭遇する。アルジェリアの植民者たちは独立を認めたド・ゴールを排除するために、暗殺やクーデタを計画する。植民地主義者たちが英米とつながっていたため、ド・ゴールはそれまでにも増して英米と距離を置くようになった。

 占領時代、日本を統治したGHQは、後(昭和24年)に「暴力主義的団体」として解散を命じる事になる在日本朝鮮人連盟(朝鮮総連の前身)の結成を許したり、日本共産党の活動を容認したり、小さなところでは反日雑誌の「真相」に用紙を供給するなど、側面支援するなどしていた。
 こうした占領政策は、占領されているのは、戦前が悪かったからだという意識を植え付けようとしたためだろう。日本ほど強力な軍隊が粘り強く戦線を維持した国だったら、占領後も相当な抵抗があると想定しての政策だったと思われる。もし、占領軍が天皇を否定していたら、その想定は現実のものとなり、占領は失敗していた可能性が高い。人間宣言にとどめた事で占領は成功した。
 そして、当初の反日政策は過剰なものだったと否定されて行く。

 だが、占領軍の反日政策は、それに過剰適応した組織や人々とともに残った。
 そうした占領の歪みを正すのは日本が自分でやるべき事であって、占領軍の責任ではないから、彼らはそのままで占領を解除した。
 国権派は国粋派と国粋主義を悪者にして生き延びた。国粋主義は右翼だというレッテル張りを行った。本来は、国権派右翼と国粋主義壮士が抜刀し一戦に及ぶ事はあっても、右翼は国権派であり、国粋主義は右翼ではなかった。これはアジア主義においても一緒で、宮崎滔天などは、アジア主義右翼と民権派=国粋派アジア主義とは別だと書いている。アジア主義右翼には国権派から資金が提供されていたが、滔天は金に縁がなかった。

 国権派は反日左翼と利害を共にし、戦後の歪みに乗じて生き延びた。そして、歪んだ空間こそが彼らの生息域となった。
 日本が強くなるには、この歪みを正さねばならない。そして、今、強くならねば、北朝鮮や支那に蹂躙される危険性が高まっている。

 危機は現実にある。国権派や左翼といった反日勢力を一掃しなければ、日本は危機に対応できない。歪みを正せば、この危機に対処できる。そうであるならば、まだ、この危機は国権派と左翼の危機だ。だが、これを放置すれば、日本の危機となってしまう。

 反日勢力の策動、嘘、暴力、工作、撹乱を冷静にはねのけ、北朝鮮、支那の軍事的野望と冒険主義を挫折させ、極東の平和回復を実現しよう。
 左翼と国権派は社会不安を作り出し、戦争を呼び込もうとする反動勢力だ。
 もう、戦後を終わらせる事を先送りには出来ない。
 日本は極東、東アジアの平和と安定を守護するため、強国であらねばならない。



そして、今は

 ジョージ・ケナンは、アメリカは大戦前にロシア、ドイツ、日本のどこかと組んで他の国と戦うしかなかったと書いている。そして、ロシアと手を組んだ。
 ドイツは英国が敵としていた国で、元々英国の地政学は、ドイツと戦うための学問だったというぐらい、警戒していた。
 また、ドイツはロシアとの結びつきが深く、ナチスドイツ時代のドイツ軍は、ソビエト領内で秘密裏に軍事訓練をしていたし、ソビエト軍の訓練を行っていたのはドイツ軍だった。アメリカは、ドイツとソビエト・ロシアを引き離したかっただろう。
 日本と手を組めば、支那の大部分、満州、朝鮮半島、台湾、ロシアの東側が日本の領土になるか、もしくは影響力の範囲内となってしまう。これも好ましくなかっただろう。
 当時、アメリカにはソビエト以外の選択肢はなかった。ドイツと引き離せば、ソビエト・ロシアはさほど力のある国家ではなかったからだ。そして、ルーズベルトはアメリカ内の秘密共産党の活動を見ないフリをする事で、スターリンと意志を通じた。
 スターリンはソビエト単独では日本に勝てないと考えたのだろう(とても冷静だ)、アメリカと日本を戦わせるべく、アメリカの秘密共産党に工作を行わせた。
 アメリカは外交で日本を追い詰め、日本は開戦した。アメリカは、ヨーロッパでドイツと、アジア・太平洋で日本と戦い勝利した。ケタ違いの力量だった。

 降伏した部隊を皆殺しにしたり、本土爆撃で非戦闘員を大量虐殺するなど、国際法を破る汚い戦争を行ったが、それでも、あの時点でのドイツと日本に対して同時二面作戦を決行し、打ち負かした力の大きさは凄まじいものだった。
 しかし、この力を存分に発揮できたのは朝鮮戦争までで、ベトナムから後は国内の反対派のせいなのか、抑制的にしか戦わなくなり、思うような戦果を上げられていないように見える(それに比べてソビエトも、今のロシアも、遠慮など知らないからやりたい放題だ)。これはベトナム戦争時のソビエトの対米工作が大成功し、盛り上がった反戦運動の参加者が社会の様々な場所にいたためだろう。彼らが引退し、ソビエトによる工作の洗脳を受けていない世代が主流となれば、アメリカは再び戦えるようになる。

 ドイツはエネルギーでロシアと密接な関係を持ち、輸出入と金融で支那との関係を深めている。第三帝国の地図がEUとなって実現したと言うと、あまりに意地が悪いが、こんな悪意のある事を言う者は世界中に沢山いる。でも、賢明なメルケルは、思い上がった気違いのアドルフ軍曹が、かつて持っていたよりも、はるかに大きな権力を運営している。つまり、ケタが違う(ヒトラーは右翼の理想を追求し、メルケルはリベラルな理想を追求しているという違いはあるが、政治的リソースを理想のために無駄遣いしている点だけ同じだ。そこが解除されるとドイツも一皮むけ、もう少し嫌われなくなるだろうにそうはならない。本当はそこが惜しいのだが、ケチと理想主義は残念ながらドイツ人の国民性なのだろう)。
 EUの盟主たるドイツの力は非常に大きなものだが、EUにかつての帝国が顔を揃えているため、EUが全面的に世界の平和維持を行うには問題がある。つまり、世界を台無しにした者たちに出来る事は少ししかない。
 つまり、メルケルに出来る事は、EUを抑える事だけになる。その役目を果たせる指導者は、世界に何人もいないだろう。メルケルはとても良くやっている。
 EUは身動きがとれなくなっているが、その大きさに比例して問題も大きい。だが、苦しみや犠牲、困難は政治的な正しさから見れば些事にすぎないのだろう。
 EUを通じて、ヨーロッパは中世に戻ろうとしているのかもしれないと、知人と話し合った事がある。旅行帰りの知人と東欧の話をしていた時だったと思う。

 そして、日本だが、さて、どうしようか・・・


王子と新田


 いつも拝見している 将門ウェブ に、
新田(にった)と新田(しんでん)」という記事があった。

 新田(にった)と新田(しんでん)

   私はこれを新田(にった)と読んでいました。新田義貞のためです。実際に新田(にった)さんにもお会いしています(この方は鹿児島の人でした)。星砂の竹富島でもこの新田さんのところへ泊っています。今では新田荘として有名なようです。
   思えば徳川政権も新田義貞の関係の子孫だといわれ、徳川家康は「源氏」だと言われていました。
  でもここ王子に住んでみて、歩いていけるところに新田(しんでん)というところがあったときに驚いたものです。
(元の記事には、新田義貞を描いた絵と、新田橋の写真があります)

 この新田は、「南千住と山谷、そして・・・」という記事で、以下のように触れています。

 足立区の首都である北千住と新田を直付けしないために、北区がカットに入ったという説を発表しました。

 本来なら、隅田川にあっていいはずの北区と足立区の区界が、隅田川を越え、堤防土手を越えて荒川に真ん中にある理由についての邪推がこれでした。
 新田は交通の便が悪く、王子にバスで出るのが一番鉄道に近いのです。交通という事でなら、王子に属していると言っていいかもしれません。新田が王子の一部として、北区に入っていた方が感覚的に座りがいいのです。
 そこで、足立区が新田を引き受けたので、北区が区境を伸ばして、足立区と地続きの部分を一切なくしているというのが、北区カット説の、馬鹿野郎な全貌なのです。
 将門ウェブの記事には新田橋の写真が掲載されていますが、この橋は北区の庚申通りとつながっている橋です。
 新田から庚申通りを通って行くと、北本通りに出ます。北本通りを真っ直ぐ行くと、王子です。反対側に行くと赤羽方面です。
 北本通りから庚申通りに入る入り口に庚申塚があります。庚申塚は、所々にぽつりぽつりとあり、結んで行くと葛飾の柴又までつながっています。
 昔、柴又では、庚申の会というものをやっていたそうです。60日毎にある庚申の日には、腹の中にいる虫が寝ているうちに外に出て、閻魔様に告口をするというので、虫を阻止するため、夜通し宴会をやっていたようです。
 腹の中の虫というのが、少し道教的ですが、全体としては密教的な世界を感じる話です。
 新田橋がまだ、木の橋だった頃、隅田川に渡し船があり、何度か乗りました。船着き場が北本通りに近い所にあったからです。北本通りには都電が走っていて、どこに出るにも便利でした。

 庚申通りには、昔、映画館があり、時代劇や怪獣、クレージーキャッツ、加山雄三などの映画を観ました。その映画館は後にスーパーになりました。
 洋画は王子に行くか、東十条方面の神谷という所にあった神谷映画に行きました。2本立て、3本立て上映を観るためです。一気に3本もの映画を観るなんて、今ではもう出来ません。

 ああ、そうだ、新田は前は野新田と言っていたのです。「やしんでん」と読みます。バスの行き先表示にも、「野新田」となっていました。馬鹿な中学の教員が「おまえら、のしんでんなんだぞ」と、小馬鹿にした事を言ってましたが、趣旨も教育的効果も、いまだにわかりません。英語の教員も、ほとんど英語が出来ませんでしたし、貧乏な家の子を酷く殴るような人でした。貧困層の多い地区には、優秀な教員は配属されないようです。あの薄ら馬鹿ども、もう死んでるでしょうが、死んで惜しいような人はいませんでした。

 今の足立区の学校は、小中学の給食に力を入れているそうです。給食がおいしいと子供が学校に来るからだそうです。

 赤羽、東十条、王子には古本屋さんが沢山ありました。一人で、古本屋を何件もハシゴして、新刊本では見かけないような本を眺めて、何が書いてあるんだろうと思っていました。あの頃は読んでみたい本が沢山ありました。昔の方がいい本が出ていたからではなく、くだらない本が沢山あるのを知らなかったからです。



2017年7月28日金曜日

もう寝る事にした

 今日は蒸し暑かった。ちょっと外を歩いただけでけっこう汗をかいた。
 やらねばならない事がいくつかあって、忙しかった。空振りもあったが、空振りと確かめられたので良かったとしよう。
 湿度が高いとより暑さを感じる。
 少し疲労が溜まっているかもしれない。
 夏は普段にも増して頭が働かない。



2017年7月27日木曜日

ある日の対話:辞意を巡って

「稲田が防衛大臣辞めるってね」
「今日は辞める話が多いな」
「防衛省では、事務方トップの黒江哲郎事務次官が更迭で、陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長が辞任だ」
「参院閉会中審査は、いわば夏の陣だったな」
「夏の陣は、民進の敗北だったが、政権側も死屍累々だ」
「稲田は最初の頃、批判されて泣いただろ。アレでこの女ダメだと感じた」
「何の話だったっけかね、そういう場面あった」
「稲田は弁護士なんだろ、あれは馬鹿でも出来る仕事だから、そっちでやってればいい」
「日共や左翼が多いから、弁護士仲間にはイジメられるかもな」
「知るかよ、そんな事。泣けばいいだろ」
「防衛省は、なかったはずの文書があったというのはダメだったな。管理が出来ていなかったという事だ。防衛上の機密もある部署だ、文書の管理は基本中の基本なんだから、1ミリも違わず出来ていなければいけない。出来ていて当然でなければいけない。それが、破棄したはずの文書があったというんじゃ困る。破棄したはずの機密文書が持ち出されて、外国に売られるなんて事はいつでもありうるんだからな」
「実際のところ、どうだったのかはわからないが、たるんでいたとされ、処分が出るのはしかたのない成り行きだろうな」
「改憲が真剣に議論される雰囲気になりつつある時だけに、甘っちょろい事は出来ない。南スーダンの国連平和維持活動に従事したという事に我々は敬意を示すべきだし、英雄として賞賛すべきだというのは言っておきたいけどね」
「改憲か・・・安倍政権は、官邸主導という事で、官僚とも戦っている。大変な事をしていると思うよ」
「各省庁で官僚が法案作って、政治家にうんと言わせ、政治を主導して来たのが歴史だからな。その結果、行政に権力が集中して来た。その中から天下りエロ官僚も出て来るわけだが、安倍政権のやろうとしている事は、かつての廃藩置県にも匹敵する大改革だな」
「省庁が藩でお家か」
「実現するには、議員の立法能力を飛躍的に高めなければならないが、どうだろうな?」
「本来は、議員の立法能力が官僚を寄せ付けないぐらい高いのが理想なんだが」
「負けて来たのはなぜだ?」
「山県有朋あたりのせいかもな」
「明治官僚の国家意識はすごかったからね」
「選挙などいらん。国家運営は自分たちがやる。国家は自分たちだと考えていた」
「国権派はそんな感じだな。県知事なんて、官僚が天下って、殿様気分で威張り散らしていた」
「その下の世代が革新官僚で、これは毛色の変わったのもいた。このあたりになると国権派とだけは言えなくなって来る」
「大正維新を言い出した人たちだね。彼らには、明治維新を完成させるという意欲があったんだ」
「大正維新は、昭和になってから昭和維新となるんだけど、言葉が独り歩きして行ったね。それで昭和維新というと、皇道派の運動という印象になってしまった」
「ひどい奴になると、皇道派青年将校運動が戦争に結びついたみたいな言い方になる。軍隊の実権を握ったのは統制派だ。でたらめを言うなと思うよ」
「どんな考えを持っていてもいいが、事実の認識だけはきちんとしていて欲しいな。誤解や間違いの上に立って考えても、誤解や間違いが繰り返されるだけだ」
「マスコミや野党の話かい?」
「茶々を入れるなよ。真面目な話だ」
「史観などと言って、事実を観念に従属させる派閥が出て来て、何もわからなくしてしまったんだな」
「そうだね。唯物史観なんて、ちゃんちゃらおかしい。主観を打ち出すならホッブスあたりの方がよほど迫力がある」
「そんじょそこらの唯物屋がホッブスに太刀打ちできるわけはないよ」
「かわいそうだったかな」


喝ァーッ!

 民進の前原が
「民主主義の瀬戸際だ」
 とほざいたとか。
 民進主義の間違いだろう。
 支持率5%がどうなろうと、民主主義には影響ない。

 安心して往生せい。



民進、朝日、前川・・・ミジメの上塗りだったね

 前川を見ていると、民主党は文科省の天下りをそのままにしておいたのに、自民党の安倍内閣はやめさせたという事がわかる。
 民主党-民進党、前川-文科省-官僚天下り利権、朝日新聞-慰安婦強制連行捏造と、反安倍連合はこうして出来たが、敗北した。

 あんたら、人の足引っ張ってないで、ちゃんと仕事した方がいいよ。仕事。



ある日の対話:差異をめぐって

「蓮舫辞めるってね」
「え、議員? 日本人?」
「いや、民進党代表」
「何だ、内輪の話じゃないか。何で今辞めるんだ?」
「都議選敗北の責任をとってという事らしい」
「今更ね、本当は二重国籍だろ」
「だろうね。他にない」
「代表じゃなくても二重国籍問題は終わってないだろ。それに、民進党が党として嘘をついて来た責任がある。違法行為をかばった責任だ。辞めりゃいいってもんじゃないし、辞めさせりゃいいってもんでもない」
「そりゃそうだ。問題にした方は、辞めろと言ってたんじゃなくて、国籍をはっきりさせて、違法行為の疑惑を晴らしてくれと言っていたんだ。それを曖昧にしたまま、辞めりゃいいだろというのは筋違いだ。また、民進党が代表の疑惑を内部できちんと処理して、どこから見ても疑惑を晴らしましたとできずに、とってつけた人権論でかばおうとした事も問題だ」
「蓮舫は嘘つきだ。そして、蓮舫をかばった民進党も嘘つき党だという事になる。不誠実極まりない」
「何をしても稚拙な人たちだが、嘘に加えて問題なのは、森加計でしつこく騒ぎまくって、結局、政治不信を引き起こした事だ」
「これで、安倍内閣が民進党と同程度の態度でいたら、政治不信はこの程度ではすまなかったと思う」
「あんなものによく耐え、ていねいに、誠実に対応し、答えていたよ」
「蓮舫をはじめ、民進党は中身もないし、態度も悪かったが、安倍首相は実に真面目で、日本人の我慢強さを見せていた」
「誠実さ、真面目さ、真剣さと、どれも違った。民進党にはなかったが、安倍内閣にはあった」
「格が違ったという事だね」




2017年7月26日水曜日

マーシャ・ボールでリラックス

 マーシャ・ボールが好きで時々聞く。何だか元気になっていい。
 一度、一緒にアルバムを制作したアンジェラ・ストレリ、ルー・アン・バートンが仲間なのだろう、互いにアルバムに参加しあっている。
 ストレリもバートンも、大好きでよく聞くのだが、3人の中では一番聞くのがボールだ。
 音楽的傾向はブルースやリズム・アンド・ブルースで、いい演奏を聞かせてくれる。

 マリア・マルダーのアルバムで、アンジェラ・ストレリを知り、そこからバートンとボールに出会ったのだが、日本ではあまり知られていないかもしれない。
 ボールの音楽のリラックスした雰囲気は、数あるブルース音楽の中でも格別だ。そう、ボールのいいのは、力が入りすぎていないところだ。女性らしく辛辣な世界でもあるのだけれどね。


波田陽区より下って・・・

 北朝鮮がミサイルや核兵器の実験をやり、支那が領海侵犯を繰り返し、ロシアが領空侵犯の記録を作っている時に、中身のない森加計をいつまでも引きずっている民進は、国民を守る事などまったく考えていない。国家中枢を機能不全に陥れる工作をやっているのも同然だ。
 そして、それを支持し、事実を歪めた「報道」に明け暮れるアカ猿マスコミも反日工作に共同しているのと変わりない。

 本気で平和を守り、国民の生命安全を守ろうと言うなら、相手が相手である場合、手を出させないために、こちらにも相応な軍備が必要になる。
 そうした軍備のために改憲しなければならないなら、それは選択の問題ではなく、中身の問題になる。
 与党であろうが野党であろうが、国民が期待するのは、必要な事をする意志と判断力だ。そして、
「こうしようと思うがどうだろう」
「いや、そこはこうした方が良いだろう」
「そうするとこっちがうまくいかないのではないか」
「そこはこうすればいい」
 といった建設的な議論が行われる事だ。
 頭から疑ってかかり、どんな説明をされても聞く耳を持たず、信じようとせ‥罵倒と攻撃を繰り返すだけといった不毛は、議論ではない。
 蓮舫に建設的な議論、いや、議論は無理だろう。思考力も理解力もないからだ。民進党も、理解力、思考力に乏しい。彼らはどうして議会制民主主義の国で政党など作ったのだろうか?

 日本が軍備を強化し、北朝鮮も、支那も、ロシアも手が出せなくなる事は、日本にはもちろんだが、彼らにもいい事だ。緊張があっても、戦争が行われるわけではないからだ。
 日本が貧弱な防備しか持たなければ、北朝鮮が攻撃しようとするかもしれないし、支那が攻め込もうとするかもしれないし、ロシアが領土を拡大しようとするかもしれない。
 そうしたら、日本も反撃しなければならず、双方が傷つく結果になる。
 そうした事は無理だとなれば、平和的に関係を築いて行くしかなくなる。そこまで持って行くには、軍備の強化をしなければならない。残念な事だが、極東地域は、まだそういう段階にあるように見える。

 民進党の問題点は残念にすら至っていない事だ。当然、マスコミも同様に、残念ですらない。

 森加計って言うじゃなーい
 嘘ばっかですからー
 残念・・・以下



お顔とお尻と脳みそ赤い

 朝日新聞とか、毎日新聞とか、東京新聞とか、あの騒ぎはエテ公と同じだ。アカ猿だね。
 ついでに、テレビはみんなアカ猿だ。

 ラッキョウの皮むくのと森加計と違いはないぜ。
 違うのは、猿には計算がなく上等だが、マスコミのアカ猿人間は、うんとこさ下等だというところだ。

 猿は見ていて飽きないが、アカ猿はもう見たくもない。



安倍政権支持

 安倍政権を支持し、見殺しにはしない。



嘘の場所

 朝日新聞は朝鮮人従軍慰安婦強制連行が真っ赤な嘘だった事を明らかにされ、虚偽の秩序を壊された。
 前川は仕事そっちのけで心を砕いた天下りの秩序を壊された。

 ともに嘘の上に築かれた秩序の中でぬくぬくと気持ちよく生息していた。その、彼らのための環境は、国民を害するものだったが、彼らは国民を害する事から利益を得て、それを自らの権利だと心得ていた。彼らにとって、自分たちは権利を奪われた被害者だった。

 彼らにはそのような悪の秩序を壊された者として共通の敵がいた。
 そして、彼らは協力共同して敵をやっつける事にした。

 彼らが自らに特権意識を許すのは、東大卒とか、朝日新聞とか、そうした看板倒れの理由からだ。もちろん、そんな理由が通用する場所などない。
 それは、日韓関係を損なう嘘にも、くだらない小役人の利権にも通用する場所がないのと同じ事だ。

 朝日新聞も、前川も、もう通用する場所はない。



パリは燃えなかったけど、東京は燃えてしまったね

 マスコミは内閣支持率が下がった、自民党支持率が下がったと、そこだけ大げさに言うけど、民進党も下がっているし、維新も下げている。社民も、どうやっても上がるはずがないから、もう員数に入れなくていいとは思うけど、下がっている。
 そして、支持政党なしが今年1月の38.3%から47%に上がっている。
 これは自民党の支持率云々の話ではなくて、政治不信という事態だ。
 この政治不信の責任は野党とマスコミ、とりわけマスコミにある。醜悪な大騒ぎでみんなをうんざりさせ、政治不信を作り出した。この焦土作戦とも言うべき無責任な誹謗中傷に明け暮れるマスコミは、一体何をしようとしているのだろう?
 おそらく、自分が何をしたいのかもわからず、ただ他がやっているからというだけで、思考を停止させ、条件反射で駆けずり回っているだけだろう。マスコミの中身など、その程度のものだ。
 この政治不信は本来ならこのマスコミに向かうはずのものだ。

 最後はマスコミ自信が火だるまとなって消滅するしかないだろう。同情の余地はないし、周りは類焼を避ける以外にない。民進党などはマスコミと運命を共にするようだが、これにも心が痛むところはない。









2017年7月25日火曜日

重要なのは平和維持力向上のための改憲であって、森加計などではない

 今、程度の低いマスコミのロクでもない騒ぎを見せられてうんざりしている。ほとほと愛想がつきると言っていい。
 あの連中が、憲法を変えなければならないと思ったとしたら、前後もなく、法律も踏まえるべき手順もなく、すぐさま変えろと騒ぎ出すに決まっている。

 改憲そのものは必要で、いつかはやらねばならない事だ。だから、マスコミが九条信仰の側にいるうちにやってしまわないと、ひどい騒ぎになる。
 憲法は重要なものだ。ワイドショー改憲は避けねばならないが、マスコミにその見識は期待できない。
 取材力もなく、調査力もなく、論理性もなく、ドタバタ騒ぎに興じるだけのマスコミが反対に回っても恐れる必要はない。
 マスコミは敵にまわしてもどうって事ないが、味方にしたら面倒臭くてしょうがないという、お荷物でしかない。

 今、憲法を前進させるには、平和維持力を高めねばならない。そうせねばならないなら、支那や北朝鮮と軍拡競争を行ってでも平和を維持すべきだからだ。そこまで含めて、選択肢を広く持ちたい。そのために改憲が欠かせない。改憲に必要なのは国民の合意であり、マスコミの合意ではない。

 馬鹿は相手にしないで、自民党は粛々と改憲を推進すべきだ。



番町重国籍

 夜な夜な、蓮舫が古いパスポートを
「いちまーい、にまーい・・・」



自民党政治の記述性

 都議選で、自民党そのものは2番目に集票していたようだが、それが当選に結びつかなかった。
 ここにはとても自民党らしさが如実に現れている。
 自民党は選挙がうまくない。弱いと言えるだろう。
 どうして弱いのかと言えば、バラバラで統制も何もないからだ。そのため、今回のように各個撃破の形で全体の支持が無意味化されてしまう。
 都議選でも、効率的に候補者を選別し、確実に当選させて行けば結果は出せた。
 しかし、自民党の良さは、バラバラである所だ。
 自民党は国民の利害を背負って議員になって来る。国民の利害はバラバラに決っている。だから自民党はバラバラで、それがいい所になる。バラバラなのは、きちんと国民の利害を反映している証拠だからだ。自民党の政治は利害の調整を役割としている。

 この対局にあるのが共産党だ。
 ほとんど支持されていない。だが、彼らは気にしていない。なぜかというと、レーニンのボルシェビキは名前の意味は「多数派」だったが、実際はまったくの少数派でしかなかった。このレーニン派は革命の役には立たなかったが、他の人々が苦労して実現した革命を、金でかき集めた与太者を使って横取りした。これが暴力革命の意味だ。金遣いの荒い、職業売国奴のレーニンには、革命で使える金などなく、ドイツからロシアの後方撹乱のためにもらった金を使った。第一次大戦中で、ドイツはロシアが戦線離脱する事を望んだのだ。レーニンは、その時の敵国だったドイツのために、戦線維持を決めていた革命に襲いかかった。戦線離脱の時、レーニンは「反戦」を唱えたが、その意味は利敵行為だった。言葉のすり替えだ。
 共産党が少数派である事など気にかけないのは、少数派であっても、レーニンを手本として、最終段階で嘘と裏切りと暴力・謀略によって多数派を倒せると考えているからだ。革命の苦労はアナーキストにでもさせておけと考えているのだろう。
 共産党は、選挙に強い。ほとんど支持されていないのに常に議員を出している。
 これは、ものすごい統制力を示している。で、彼らは共産主義という理念・理想の実現を掲げている。
 これは言ってみれば規範的な政治のありようだ。
 これに対して、自民党は記述的という事になる。
 (規範的と記述的について、最も薄く、ほぼ内容を取りこぼした説明を、例を上げて行うならば、「これはこうあるべきだ」というべき論は規範的で、「これはこうなっている」という説明は記述的だ)

 自民党は、その政治の方法が記述的であるために、バラバラにならざるをえないのだが、これは柔軟性を持つという事であり、強さにもなる。だから、圧勝する事もあるわけだ。
 都議選の惨敗は、バラバラだった事が敗因のパラメータだったかというと、それだけではないように思える。バラバラというパラメータの上位に、もうひとつのパラメータが考えられる。

 ざっと選挙前の自民党議席数、立候補数、当選数を見よう。

 自民党の落選傾向を見ると、新人候補者、女性候補者がほぼ壊滅状態だった。
 当選の傾向で目につくのは、3期目を終え、4期目を目指す候補者が健闘した事だ。
 4期目を目指す候補者の落選は4、当選は7で、他は全部落選数が多い中にあって、ここだけが当選数が多い。
 これは、10年以上の経験はあるが、あまり年寄りではない候補者が選ばれて行ったという事があるかもしれない。
 江戸川区では、6期目を終え、7期目をめざした、たじま和明が落選し、3期目を終え、4期目を目指した宇田川さとしが当選したが、これは、どちらかを選ぶなら、若い方を選ぶという傾向があったと考えられる。
 若すぎてもいけないが、あまり長い人ももういいという事だったのかもしれない。
 極めて中庸な選択が行われたと見ていいようだ。
 そして、この選択はとても健全だと言える。全体としては負けたが、3,4期目が健闘したという事は、主力部隊が残ったと考えるべきだからだ。
 当面、自民党は、この部分の利害調整を土台としてやって行けるし、やるべきだ。

 民進党などは、従来の政治では対応しきれないような変化に期待して惨敗した。そのような変化は民進党を求めていない事がはっきりしたと言っていい。

 それでは、都民ファーストは、自民党が対応出来ていない変化のエネルギーを吸収しえたのだろうか。
 おそらく稚拙な形ではあっても、時代の要求をある程度は汲み取れたと見ておくべきだろう。
 小池百合子は、頭は悪いが、機を見るに敏というか、欲が深いというか、そのあたりは動物だと考えるべきだ。
 だが、動物はそこ止まりで、新たなフレームを作る事が出来ない。もっとも、それが出来るとしたら、自民党しかいないので、特に小池ファーストがダメだというのではない。
 小池ファーストの勝利は、総合力ではとうてい追いつかない自民党を、自派の有利な形の戦いに巻き込んだ事による機略の勝利と見ていいと思う。自民党は非対称戦に持ち込まれ、敗北した形になった。

 これに対して、公明党は自分たちのやり方を徹底して行った。今回の草の根の掘り起こし方はかつてスゴイものだった。そして、それは成功した。
 公明党は、自民党のように総合力を持つ必要はなく、必要なだけ影響力を持てばいいという姿勢に徹しているようなので、やり方を崩さずにすんでいると言える。そうしたスタンスの取り方は成功している。
 
 自民党は、少し時間を置けば新しい時代を吸収できるだけの柔軟性を持っている。いや、他の党は規範的であるがために、新しい時代に対応出来ないでいる。それは、規範的な新しさと、現実の新しさが違うため、規範的な党は新しさを受け入れられないからだ。
 自民党は、利害の調整を通していくらでも新しい現実を吸収出来てしまう。
 ここで利害の調整と言う時の利害は、利権といったものとはまったく別のものだ。天下りといった利権は前川の後輩あたりがやろうとするだろう。ここで言う利害の調整とは、国民の利害の衝突を緩和し、まあこんなものだろうというレシオにするという事だ。

 都議選の結果から言えるのは、自民党は10年選手が強いのだから、もっと前に出て戦った方がいいという事だ。それは、それによって当面の国民の利益が図れるからだ。
 小池ファーストに、非対称戦に持ち込まれたという言い方をしたが、それは心理的に揺さぶられたという事でもある。それによって動揺し、敗北した。
 変化が求められていない所で、中途半端な形で変化を示そうとした。
 すでに、最も柔軟に変化に対応できる政党である自民党が、これ以上やりようがないのに、対応しようとした。そして、せっかくの支持を拡散させてしまった。
 だが、主力が残った事で、ここを中心に力を養えばいい。
 また、全体の支持はあった事、とりわけ主力部分への支持はきちんとある事、そこから、中間層の支持が固い事などの確率が見えて来た。

 気になるのは、新人と女性候補者の力がない事かもしれない。


:本当なら、きちんとデータをクレンジングし、複数の手法で解析を試みた上で考察すべきだが、面倒なのでやらなかった。
 データは、選挙前の自民党都議の名簿、立候補者の名簿、現在の自民党都議の名簿を使用し、簡単な集計を元にヒストグラムを作って見た。
 誰でもできる事なので、集計表やグラフを貼り付ける手間も省いた。


前川、キモ!

 前川のスゴイところは、あんだけ嘘こいてても口が曲がんない所だよな。
 官僚ってまったく信用できないって見本だな。



2017年7月24日月曜日

容共はユルイとか、馬鹿と言うのであって、柔軟とは表現しない

 共産主義国は、どれも軍国主義だし、武器輸出国だし、監視国家だし、統制国家だし、差別は激しいし、階級社会だし、全体主義だし、法治国家ではないし、人権はないし、遅れているし、環境なんか考えた事もないし・・・

 左翼はどのツラ下げて大きな事が言えるんだろう? 随分と心臓が丈夫だ。
 人様の事をあげつらっていられる立場だろうか? 偉そうに出来るのは、鈍感だからだろう。

 日本共産党は、戦後、朝鮮総連と一心同体で、実質下部組織になったから、北朝鮮の悪行には何も言えない。
 拉致被害者よりも、党の都合が優先する。一般的にはこういうの人非人と言うんだけれど、党の都合では進歩とか言うのだろうね。



ここはやっぱりシラケ鳥だね

 民進の玉木雄一郎が、
「石破茂氏が気の毒」
 と言ったとか。

 おい、民進に憐れまれるようになったのかよ。
 イシバ、ミジメすぎるだろ。


もう半分ぐらい画面から出てる感じがする

 サダコを越える恐怖を撒き散らしているカズヨ、松居一代だけれども・・・

 松居一代は、森加計のマスコミと同じように異常に言いつのってる。でも、マスコミは根も葉もないけど、松居一代には、結婚という事実はある。



2017年7月23日日曜日

ハモニカ嫌い

 トゥーツ・シールマンスは素晴らしい。ハーモニカをあのように演奏できるなんて信じられないほどだ。いつ聞いても浸りきってしまうので、どうでもいい時には耳に入れないようにしている。至高の音楽だと思う。

 小学校の音楽の時間、ハモニカをやらされた。何だかよくわからずにブカブカ吹かすしかなくて、とてもつまらなかった。大体、家族で出かけた時、盛り場などに傷痍軍人がいるととても怖かったが、彼らがアコーディオンやハモニカを演奏していたので、楽器も怖かった。
 つまらなくて、怖い。しかも、何が何だかわからない。嫌な時間だった。
 先生サマもつまらなかったのだろう、ロクに教えもせずに、ただ吹けと言うだけだった。(後でやったスペリオパイプもそんなだった)

 学年が上がって、ハモニカから解放された頃だった。
「アレ、嫌だった。泣いちゃったよ」
 と、ポツリと言った奴がいた。
 運動神経が良く、野球も上手い、人気のある奴だった。
 え、こいつが泣くなんてと、ショックを受けた。

 ハモニカは嫌いだった。ずっと嫌いだった。泣きはしなかったけど、たしかに泣きたかった。泣いた奴の気持ちは痛いほどわかった。

 ハモニカを嫌いにならないためには、学校でやらない事だ。スペリオパイプもやらない方がいい。うーん、音楽の時間なんていらないかもしれない。どうせ、ヨーロッパのどこかでやるコンクールに行く人は、学校なんかとは無縁に稽古してるんだ。
 英語も同じだ。学校でやっても嫌いになるだけだ。

 学校では、読み書きと四則演算が出来れば十分だ。後はやりたいなら、専門課程に行ってやる方がいい。


 ブルースとシールマンスを知らなければ、今でもハモニカは嫌いだったろう。無残な事はするもんじゃないよ。



ノイズの政治

 政治には、その時々の都合や感情が持ち込まれやすい。これは政治過程にとってはノイズだが、ノイズによって政治過程にエフェクト出来てしまう場合があるようだ。

 マスコミは事実をトリミングして国民を誤解に誘導する誘導報道をするようになった。ひどい商売をするものだと呆れるが、売上が下がり続けている彼らにとって、高齢者層は命の綱なので、これを離さないようにするのは至上命令なのだろう。
 高齢者層は老い先短いとは言え、層と言えるだけの数がいる。目先を考えるなら、ここに特化するのは他にない選択だ。
 しかし、目先はいいとしても、将来はどうするのだろう・・・などと疑問を持ってはいけない。その将来が来る前に、今のトップや幹部は引退している。そんな先の事まで考える気などない。自分の時に何とか回せればいいだけだ。
 マスコミは、すでに、内容的な自転車操業に近いものとなっていると推測できる。

 そうして、まともな思考の出来る者は、そこでは必要がなくなる。自転車操業に適応できる、上っ面の騒ぎではしゃげる者が使える人材となる。

 歳をとったのだから偉いと思い込んで、規範的になっている高齢者たちは、部分的にでも規範を共有し、その規範に触れると騒ぐのは理解しやすい。
 順を追って、事実を確かめ確かめして行くといったやり方(調査報道というんだけどね。これが出来る人は絶滅したみたいだ)はまどろっこしい、手っ取り早く感情に訴える言説の方がいい。
 そういう事で、事実とはいくら乖離してても、感情にさえ訴えかければ、報道が成立する次第となってしまった。

 これを報道と呼べるのかどうか、先に規範があり、それに合わせて事実をかいつまみ、事実とはまったく異なる内容を流すのは、嘘ニュースと言う方が正しいが、柔らかく言うにしても、疑似報道だと思う。これがノイズだ。

 若い人は、報道に疑問があると、自分で調べる。昔は大変だったが、今はネットで発信されていれば疑問が解ける。そうすると、マスコミがデタラメなのがわかって、もうマスコミなど相手にしなくなる。

 言論・報道の質をもって生き延びて行く事は、不可能となっているので、影響力を持というという、権力的な方向を目指すしかない。そこで、ノイズを拡大させる事で、影響力の誇示を狙っている。

 説明しても聞く耳を持たない者に対する「説明責任」は本当にあるのだろうか?
あるいは、国民に向かって行っている説明を、勝手な判断でなかった事にしたり、トリミングするメディアに向かって、説明する意味はあるのだろうか?

 マスコミが行っているのは、政治過程において必要な説明のノイズ化であり、本来の役割、あるいは、マスコミが自分たちはこうなのですと国民に説明し、期待させて来た役割とは、正反対の事をしている。
 マスコミが批判されるのは、無内容である事もあるが、それ以上に、自分たちで自分たちの信頼を踏みにじっているという点だ。

 マスコミって、イタいよなと言われているんだよ。


イワンの兄弟たち

 共産党は、すでに前世紀に破綻したマルクス主義を今でも信奉(教条と)している政党だが、彼らは自分たちは絶対に正しいと思い込んでいる。また、自分たちは「民主」勢力だと思っている。
 そこで、正しい彼らは、自分たちの意に沿わない事があると、「民主的ではない」と言い始める。
 自民党は、彼らにとっては「民主的」ではないらしく、常に批判の対象となる。
 しかし、自民党は民主主義の手続きを踏んで政権についている。
 共産党は、自民党ではなく、民主主義を批判している事になる。
 だが、共産党の論理だと、自分たちが民主だから、自分たち以外は非民主になる。それだけの話だ。共産党は民主主義も民主主義の正当性を担保する手続きも、どうでもいいと思っている。
 それは、絶対に正しい自分たちを認めない民主主義は、正しい民主ではないからだ。
 では、なぜ共産党が絶対正しいのかというと、マルクス主義の政党だからだ。
 で、なぜマルクス主義が正しいのかというと、ロシア革命で権力を握ったボルシェビキの思想だったからだ。
 それでは結果オーライ、成功体験という話でしかないようだが、実際にそうだった。

 その過程も知らずに、ロシア革命に感動した人たちにとって、レーニンやスターリンは英雄だったのだろう。レーニンからイリイチの名をもらっても、食品屋みたいにしかならないと思ったのだろうか、ヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチ・スターリンから名前をとって、子供にヨシフとつけてしまった人もいるらしい。
 イリイチさんも、ヨシフさんも、本当に酷い、ロクでもない人で(支那の毛沢東さんも甲乙つけがたい下の下)、沢山の人を殺し、破壊し、ロシアを惨めな国にし、周辺国を無残な状態にしてしまったのだけれど、成功体験の前には、そんな事は無視して、疑問を持たず、理屈を言わず、ひたすらソビエト・ロシアを信心する事が革命的だった。
 これは共産党に限った話ではなく、新左翼や全共闘も同じで、馬鹿ばかりだった。

 共産党が権力を取ったら、これで最高の民主が達成されたからと選挙を停止し、憲法も停止し、反対する者は警察や自衛隊を使って殺すか収容所に入れ、国民を監視し、差別を作り、固定させ、富は自分たち特権階級で独占し、戦争を起こし・・・といった事になるだろう。ロシアでも、東欧でも、キューバでも、支那でも、例外なく起きた事だ。

 つまり、マルクス主義者は恥を知り、後は黙ってろという事だが、自分たちが間違ってたと認めるだけの能力はないようだ。



2017年7月22日土曜日

オンバサラ、ソワカ

 この夏、松居一代はあまりにも恐ろしく、背筋も凍るから、政治とか、戦争の危機とか、そういう当たり障りのないというか、どうって事ないというか、そういう話題でお茶を濁すのが安全だね。

 あっちは、蛇になって寺の鐘に巻きつく感じだから、くわばらくわばら、時々、愚劣な週刊誌か何かで覗き見るのがいい。ユーチューブで動画を見たりすると、祟りでうなされる可能性が高いよ。

 間違ってとり憑かれたら、護摩を焚いてお祓いしてもらわなきゃならない。ウチのあたりだと西新井大師様かな・・・

 ハンニャーハーラーミーター



国籍の多様性って・・・

 蓮舫の国籍問題で、多様性を持ち出すというのは、日本国籍じゃないって思ってるからだよな。
 差別だと言うのは、台湾人か、支那人か、韓国人だと思ってるからだよな。

 そんなのはどうでもいいから、いつ日本人になったのかで、嘘をついているかいないかがはっきりするという問題なだけだったのが、蓮舫側がズサンで高くくったやり方したから、疑惑はふかまり、拡大した。

 嘘を嘘で取り繕って、さて、どこまで行けるか・・・



ドブは流れてないよね・・・きっと・・・

 支那の軍艦は、艦内の衛生が保たれているのだろうか・・・?



2017年7月21日金曜日

要介護かね

 最近、マスコミの報道って、何を問題にしてるのか、よくわからないね。何だか、酔っぱらいが一人で怒っているのと同じというか、爺ィがぶつぶつ不満を口にしながら歩いているのと同じというか・・・



どっちだったかな???

 蓮舫さん、どんどん民進党の厄災度が高まってるね。
 人気はなくなるし、人がついてこなくなるし、頑張れば頑張るほど泥沼が深くなるしで、いくら心臓が強くても焦るだろうね。
 これからも、櫛の歯が抜けるように人が出て行くだろうから、残るのは辻元と有田ぐらいかもしれないね。どれも厄災度高! という顔ぶれだ。気色悪いったらない。

 でもね、自分自身が泥沼だし、民進党も泥沼党だし、自業自得って言うんだよ。しかたないんだよ。
 因果応報だったかもしれないけど・・・

2017年7月20日木曜日

必要なら核武装の腹も固めるべきだ

 ウクライナ東武を支配する親ロシア武装勢力が、新国家「小ロシア」樹立を宣言した。
 イスラム国が抑え込まれて来たかと思ったら、今度はこっちかよ。
 それもこれも、ウクライナが弱いからだ。親ロシア派の裏にいるロシアにつけこまれて、クリミア半島を武力で取られた上、こんな事になってしまった。
 これを取り返すのに、どれほど血を流さなければならない事か・・・

 領土は金で買うか、武力で取るかどちらかしかない。本来の領土だとか、固有の領土なんて話は、自分の物にしてから言う事であって、戦争で勝った方が取るのがあたりまえだ。
「最後の授業」って、嘘の物語を教科書か何かで読んだ事のある人がいると思う。
 アルザス地方をプロシアが取る事になって、フランス語での最後の授業をやるという話だが、真っ赤な嘘で、アルザスはドイツ系住民の多い土地で、あの話は、フランス人が図々しくデッチ上げたものだ。で、今はフランス領になっていると思うが、それは第二次大戦でフランスが戦勝国側だったからであって、固有の領土だったからではない。
 ウクライナは、強国となって、親ロシア派を粉砕し、事によったらロシアと一線交えなければ、東ウクライナもクリミアも取り戻せない。
 そして、ウクライナがこれでは、ポーランドもロシアを警戒し、軍拡をして行くしかない。
 そして、そうなったら、ドイツはEUを率いてロシアに立ち向かわなくてはならない。
 ロシアは野蛮な国家だから、何をしでかすかわからないからだ。
 支那、北朝鮮、ロシアを近隣に持つ日本が、本気で平和国家であろうとするなら、彼らに出来心を起こさせないだけの軍備を固めなければならない。




パペラキュウが面白い

 数日前に教えてもらったウェブ漫画「パペラキュウ」。何だか染みる。
 第2話に出てくる浮浪者のテントが、子供の頃、足立区の荒川河川敷を思い出させる。昔は橋の下に乞食が住んでいるなんて言われてたし、橋の途中で乞食が物乞いしているなんてあった。
 おじいさんに育てられていた、小学校にも行ってない子はどうしただろうか、どんな人生を歩んだのだろうか、見かけなくなったのはいつだったか・・・

 辛く、悲しい人生を送ったに違いない人たちの事を思い出す。

 歳を取ったせいか、漫画が読めなくなっているんですが、これは読めます。
 受け付けない人はまったく受け付けないかもしれないけど、とてもいい漫画です。
 松永豊和、好きな漫画家です。


ものはいいらしいよ

 憲法9条、北朝鮮と支那に進呈します。


人類最強・鳩山マン登場!

 鳩山由紀夫、ずっと支那にいるみたいだけど、民主化活動家・劉暁波が殺された時にもいたと思う。
 北朝鮮に殺されたアメリカ人学生オットー・ワームビアは、昏睡状態に陥っていたが、北朝鮮側はボツリヌス菌によるとしていた。しかし、帰国後、アメリカの病院でボツリヌス菌は発見されなかった。単に拷問で殺されたに決っている。
 同じく、支那に拘束されていた劉暁波の死因を、支那政府はガンだとしていたが、嘘に決っている。
 支那には、人権も民主主義もない。でも、民主党だった鳩山はそんな事まったく気にしないで安楽にしているだろう。

 支那では血圧を急上昇させる食事や薬剤を投与して目を見えなくさせたり、ビニール袋をかぶせて窒息させる事を繰り返し、酸欠で脳をダメにする拷問があるという。毛沢東の影響を受けたポルポトも、カンボジアでこの拷問を実行した。

 鳩山センセなんか、こんな拷問されても平気だろう。脳はとっくにダメになっている。酸欠になっても気がつかないかもしれない。目なんか見えても見えなくても、センセイには関係がない。あのセンセイに何が見えてるか、こちとら凡夫には計り知れない。
 うん、鳩山センセほど、支那で民主化活動をするのにふさわしい人材はいない。センセ、せっかく支那にいるのだから、支那民主党を作って、国籍なんか、二重でも三重でもいいんだから、多様性で押し切って、頑張ってもらいたい。
 鳩山センセ、今こそ出番でげすよ。



流離としての戦後時代小説

「柳生武芸帳」は五味康祐の代表作だが、未完だ。
 五味康祐は保田與重郎の弟子だった。保田與重郎は日本浪曼派の中心人物で戦後は、その名を口にするのもはばかられるような存在だった。日本浪曼派は、戦前戦中、多くの青年が心酔したからで、日共=新日本文学会(新日文て、そういう名前だったよね。たしか)あたりの党派的文学観からすれば、右翼の文学だったのだ。
 戦後、日本浪曼派を位置づけなおそうとしたのは橋川文三で、丸山真男の弟子筋の人だと思う。政治思想史畑の研究者で、文学者ではなかった。
 文学者は気の小さな人が多く、共産党の顔色をうかがうような者が多いから、保田與重郎の再評価など思いもよらなかったのだろう。知的にも無理だったかな。

 そんな時代、五味康祐は時代小説を書いた。それは五味にとって時代小説が日本浪曼派の継続であり、世を忍ぶ仮の姿だったという事だ。
 日本浪曼派が禁忌とされた時代、五味康祐は大衆文芸に筆をやつし、歪曲を尽くして日本浪曼派であり続けた。そのような難業を自らに課し、成し遂げた点でも、五味康祐は浪漫的な作家だった。

 五味康祐の筆の重厚さは、そこに起因する。剣の話、剣豪の話、忍者の話をしながら、筆は日本の情念に迫ろうとしている。
 それは折口信夫が平田篤胤に仮託しつつ触れた「倫理」に近いものかもしれない。
(細かく検証する時間がないから、印象です)
 時代小説は近世・江戸時代に材を取るが、天皇の影の薄いこの時代をとりあげつつ、五味康祐は強く天皇を意識させる作品を書いた。「柳生武芸帳」も天皇暗殺を発端とする作品だ。

 林不忘(牧逸馬、谷譲次。長谷川海太郎)が昭和初期に書いて大人気となった「丹下左膳」も、終盤は特に天皇主義を濃厚にしている。隻眼隻手で人斬りを好む強烈な丹下左膳が、五味康祐に何らかの影響を与えている可能性もある。
 余談だが、林不忘と北一輝には親交があり、北一輝は丹下左膳の映画を好んで観ていたという。

「柳生武芸帳」は話が広がり続け、部分はあるが全体が見通せない作品となっていった。だが、それでも重厚さを保ち、読むものを惹きつけて話さない魔力を持ち続けた。
 五味の死によって未完となってしまったが、それは作品の意志であったかもしれない。


ああ、はいはい、またその話ですか、いいんですよ

 産経新聞のサイトに、【不破哲三・共産党前議長講演概要(1)】「共産党は絶対主義的天皇制の弾圧と戦ってきた」という記事があった。不破の7月19日(2017)の講演の概要を紹介した記事だ。
(リンクは↓)
【不破哲三・共産党前議長講演概要(1)】 「共産党は絶対主義的天皇制の弾圧と戦ってきた」

 この講演で不破は、
「安倍晋三政権下で国政全体が『ウルトラ右翼』の潮流によって私物化されている」と述べ、政権の打倒と野党共闘の推進を呼びかけた。
のだが、話は戦前戦中終戦直後の事ばかり、それで唐突に現政権の話に飛ぶ。この飛躍、耄碌というのか、まだらボケというのか、まあ、ありがたがって聞くような話じゃない。でも、共産党員とかは、不破の声を聞くと病気が治るとか、そういう摩訶不思議な現象が起き、信心を新たにするのかもしれない。

 しかし、共産党はズーッと、延々と戦前戦中の話を、そればっかり繰り返して来たんだね。その話、大抵嘘だからいくらでもふくらませる事が出来るのかもね。
 戦前の共産主義運動なんて、やっていたのは金持ちの子弟ばかりで、 ちょっとうるさいハエ程度のものだった。アナーキストを加えても、まったくたいした事はなかった。
 それが一時流行したにしても、留学帰りの外国かぶれでしかなく、流行は終わって行った。底が浅かったんだね。
 共産主義やアナーキズムにかぶれた層についてもう少し言えば、国権派の子弟で、転向後はそこそこいい所に職を得て行った。青春の遊びは終わったんだね。
 戦時中は、日本浪曼派の保田與重郎の方が、一兵士として招集されたりしてひどい目にあってる。陸軍は、身体の丈夫でない文学者とわかっていて招集したのだから、ひどいものだ。でも、保田は黙って招集に応じている。

 宮本顕治がずっと刑務所にいたのは、人殺しだったからでしかない。そして、戦後、宮本顕治を刑務所から出したのは、朝鮮人の暴徒であって、日本人ではない。みんな転向してしまっていて、日本人の左翼などどこにもいなかったからだ。

 GHQが三国人を支援したので、朝鮮人が幅を利かせていた時期、日本共産党は朝鮮人左翼の指導下にあった。朝鮮総連を作った金天海が日共のナンバー2だったが、それは実権を握っていたという事だ。

 日本共産党の歴史など嘘八百だ。戦後、GHQの傾向を見ても、こっちのが見込みありそうだと判断した者たちが、再転向したりして入って行っただけで、そこそこ続きはしたが、結局、一時の流行にすぎなかった。
 その流行の期間、シベリア抑留中に洗脳された兵士たちが帰還したのもあって、トラック部隊や山村工作隊といった暴力テロ部隊が活発に活動し、反対する者に暴行したり、殺したりしていた。共産党が力を持つと、徹底的に国民を弾圧する。

 そうして支持を失い、嫌われ者となった共産党だが、今になっても不破あたりが世迷い言を言っているのは、惨めというか、無残というか、老害というか、お迎えはまだかというか・・・

 日共って、結局、戦後のアダ花、アプレ政治だったんだね。
 戦後は終わるから、日共の存続理由もなくなる。良かったね。


2017年7月19日水曜日

蓮舫で小池の影が薄くなってるゾー

 小池百合子、都政を投げ出して国政に行ってくれないかな?
 自分の所の兵隊は置き去りでいいからさ、どうせあいつらと一緒に討ち死にする気持ちなんてこれっぱかしもないんだから、もうそろそろ国政に行かないと、ボロが出始めるかもしれないよ。

 もう後のない蓮舫を沈めて、小池が民進党首になって、ファスト党とか名称を変えて、やらないかなぁ・・・
 もう、有田なんか、副総裁にしてさ・・・



女子零零柒?

 蓮舫さんの国籍喪失許可証、台湾発行のものと色々違うようだけど、中共か、中国軍の情報部とかが偽造した書類だという疑いはないの?


バケツに水を張っとこうかね

 アレだね、マスコミが常軌を逸してるのは、従軍慰安婦の強制連行がなかったのが明らかになり、朝日新聞の捏造・虚報が確定したのが悔しいんだね。それで、朝日の捏造をはっきりさせた安倍の政権が憎くてしかたがない。こうなったら、韓国に永遠に謝罪したがっている進歩派野党に政権取らせたいのかもしれないね。
 韓国は、朝日新聞の捏造に国を挙げて乗ってしまって、持って行き場がないから、捏造をなかった事にして慰安婦問題でいちゃもんをつけ続けようとしてるし、そこに日本のマスコミが乗って、嘘と捏造の呉越同舟。朝日、毎日を先頭に、真実よりも、反日観念に凝り固まったワケのわからないプライド優先で、安倍内閣打倒、自民党打倒で頑張ってる。

 でも、ありもしなかった事で、韓国に謝り、金を出し続けるって、もう冗談じゃないぜ。そんな事したいのは、民進、社民、共産党とか、あ、小沢一郎忘れてた、そういう人たちだけだ。みんな反日カルトだ。

 マスコミと反日カルトは最後の戦いで粘っているが、なんだかなりふりかまわず焦土作戦やってる感じがする。

 おやおや、もらい火を避けながら、せいぜい、燃え尽きるのを見物させてもらおうかね。



ヒューヒュー

 蓮舫さんは、二重国籍問題を安倍さんのせいだと言って、文部省に文書があると暴露し、紙束に一万円札を乗せた百万円もどきを封筒に入れて安倍さんに渡しに行けば、マスコミは味方になってくれるから、次の手はこれだよ。


免許取ったから、前の無免許運転帳消しね

 蓮舫の二重だか三重国籍だかの問題は軽い方だ。

 日本共産党なんか、人殺しの宮本顕治を委員長だかにして祭り上げ続けた。
 宮本顕治は、敗戦のどさくさに朝鮮人が刑務所を襲って外に出し、そのままになっただけだ。それは、戦後の異様な空気、いや、異様な占領政策の圧力が、占領軍が政策のミスを曖昧にしたために続いたおかげでしかない。
 仲間の小畑をスパイだと疑い、リンチし、殺してしまった。
 これが宮本顕治の醜悪なリンチ殺人事件だが、宮本を正しいとし続けている日本共産党の法意識など下劣なものだ。日本共産党は(どこの国のも同じだが)、思い込みによって「正義」となり、忖度によって犯罪を無視・隠蔽して来ただけのカルトだ。

 だから、蓮舫の国籍問題など、殺人に比べれば軽い犯罪だ。
 でも、軽かろうが重かろうが、犯罪は犯罪だし、蓮舫が嘘をつき続けている事に変わりはない。
 自民党=悪で、反自民党だから、自分=善、正義なのだから、嘘や違法行為ぐらいは問題ない程度の頭でいるのだろうか。おっかない顔だけで世の中渡れると心得るほど、頭が悪いのだろう。

 なあ、日本国籍、返してくんないか。


2017年7月18日火曜日

入れ歯ミサイルもありかな?

 9条を守ろうって人たち、おそろいのプラカードとか見ると、動員で出てきてるって丸わかりだね。もちろん、嫌でやってるわけじゃないのはわかるけど、みんな同じでさ、ロボット護憲だ。
 9条教のロボット護憲か・・・共産主義にはふさわしいけど、まともな国には向いてないよね。

 しかし、護憲ロボット、自分たちの知っている昭和のSFみたいな古臭い危機意識で騒いでるだけだ。妄想を見てて、現実を見ていない。もう棺桶に片足突っ込んでるね。
 護憲ロボ、武器は加齢臭ガスてなもんだ。

 あ、ネジ落ちたよ。


9条を変えよう

 憲法9条って、自分から戦争を仕掛けないというだけの話で、防衛しないという規定ではない。防衛のためには先制攻撃もありえるから、
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
「国権の発動たる戦争」ではなく、国権の発動に条件付けられた「武力による威嚇」、そして、国権の発動と武力による威嚇に条件付けられた「武力の行使」でなければ、まったく問題がない。
 つまり、
「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」て、中東に完全武装した自衛隊を展開し、イスラム過激派、テロリストを殲滅する事は、現憲法にまったく抵触しない。
 もちろん、イスラム過激派殲滅のためにフィリピンの要請があれば、フィリピンに行く事に問題のあろうはずもない。
 支那に蹂躙されつつあるベトナムやフィリピンを守ってもいい。
「国権の発動」というのは、自国の都合を相手国に押し付けるという事で、そのために武力を使わない、利害の衝突を武力で解決しないというだけの話だ。
 核武装した北朝鮮が、日本の領海にミサイルを打ち込みまくっている時に、それをやめさせるのに武力しかない場合、これを9条で言う「国権の発動」とは言わない。

 9条を守れとか、9条を信心している人々は、自分の頭でものを考える事が出来ない人たちだろうから、9条はわかりにくいから、すっきりとわかりやすくして、誤解・誤読が国防の邪魔にならないようにしましょうというのにも反対するだろう。
 そういうのを9条の物神化という。宗教的に言うなら、物神化は悪魔信仰でしかないから、一神教ではこれを厳に戒める。
 憲法は人間が決め、書いたのがあきらかであるから、これを信仰してはいけないという事だ。もちろん、神の言葉ではないのだから、必要とあらば変更を加えるのに何の問題もない。宗教的にも、法的にも問題はない。
 共産主義者にたぶらかされて、悪魔信仰に走った愚か者たちだけが9条を崇め、国防を邪魔するため、本気でもないのに守ろうとしている。

 9条守ろう教は邪教である。


前のはギャじゃなくて、ミャーだったかな?

 トランプさんがアメリカ大統領になるのは、それほど不思議な話ではなかった。
 流れから言えば、オバマさんがかなりダメだったのもあって、共和党から人が出て当たり前という雰囲気が強かった。
 ただ、共和党でも型通りの、つまり、エリートの保守派という事でまとまると考える人が多かったのではないかと思う。
 ところが、型破りのトランプさんが強引なまでに前に出て来た。
 そこでみんなが慌ててしまった。
 トランプ阻止シフトが敷かれるようになったのは、ジェブ・ブッシュさんが早々と撤退した後ではないかと思う。

 ヒラリーさんは、年齢的に最後のチャンスだったので、これも強引にレースに参加した。資金は潤沢だったし、無理を通す自信もあったと思う。トランプさんの進出に慌てるエリートたちがヒラリー支援に回ったのも心強かっただろう。

 トランプさんが勝利した後、共和党のエリートがトランプさんにタガをはめ、暴れ馬を大人しくさせるだろうと期待する人たちがいた。
 暴れ馬だから勝ったのに、大人しくなる必要などないと、本人が考えるとは思わなかったのだろうか?

 洗練されていない、粗野なアメリカ人丸出しのトランプさんは、言葉は乱暴だけど、心は良い人かもしれないのに、外面のいいエリートに慣れきった人々は嫌悪を恐怖を感じるようだ。
 医療ドラマのドクター・ハウスが実在したら、トランプさんのようかもしれない。

 エリート共が小便をもらそうがどうしようが、とっととイスラム国のクソどもをぶち殺す方がいいに決まってるだろ。次は支那か、北朝鮮か、ロシアか? 早いとこやっつけて、家に帰ろう! どんどんやっちまおうぜ!

 って、この方が良いと思う人がいて当然だろう。

 何、言い方が下品だって・・・ああそうかい、庶民を馬鹿にするのかい。あんたの魂胆はわかったよ。多様性ってなあ、ずいぶんと上品なんだな。他でやってくれ。

 なんて感じ、わかる?

 俺が唐丸籠だった時、あいつは子守唄だった・・・わかんねえだろうな・・・


ギャ

 東京新聞社会部の望月衣塑子記者、ここで名を売って、そのうち国会議員になろうって人生設計してるんだろうね。記者会見は踏み台だね。
 東京新聞だから、中日か・・・名古屋の出? チギャア? ・・・ギャ?

 丈夫そうな女みたいね。雑だし。丈夫で雑って、女政治家には向いてるようだね。
 もういっこ、馬鹿だって所も政治家向きだね。

 え、名古屋じゃないって? ギャ? 東京ダギャ?

 まあいいや。で、出るならどこかな?

 民進に行くほど計算出来ない女じゃなさそうだけど、社民も話にならないし・・・日共かな・・・どうでもいいけど。

 しかし、ジャーナリストって、男も女も、何か馬鹿でみっともない奴ばっかだな。ヤだな。

 望月衣塑子記者、いや、もう先見の明で、先生って呼んじゃおう。望月衣塑子センセだ。

 そうだ。政党ごときで悩む必要なんかない。もう、こうなったら、妙な馬鹿左翼を糾合して、新党・中国共産党日本を作ればいいんじゃないか。
 ねえ、望月センセ。




達人の話で己を誤魔化すせこ初心者譚

 日曜日、久しぶりに軽い稽古に行った。歩法と槍の稽古をした。
 軽い稽古なのでゆっくりやるし、延々とやるような事もしない。
 まあ、回数をやる稽古はヘトヘトにさせて、疲れきって無理がきかなくなった身体が楽に動き始めるのを狙っているから、疲れ切っても、すぐに回復できる年齢か、翌日、翌々日に持ち越しても問題ない時にやるものだ。翌々日から疲れが出るようになったら、回復する前にお迎えが来ちゃうかもしれないので、やらない方がいい。
 古武道の達人の爺さんたちは、もう力が抜けているので稽古できる。ただ、脳は稽古できないので、ボケの来た達人は家族や弟子たちが往生するようだ。一人や二人、簡単に吹き飛ばせるからだ。ボケた達人のカメハメ波は困るどころじゃないらしい。

 で、普段、まったく身体をつかわない生活なので、ふわわーと動いただけなのに、月曜日は寝てばかりいた。
 そして、起きてから見たら、何だかワケのわからない書き込みをしていた。
 出したものは引っ込められないから、そのままにしておくべきか・・・
 そこでこんな言い訳を追加しておくけど・・・

 うーん・・・・






2017年7月17日月曜日

後数秒で寝る

 うとうとしたり、寝てしまったり、少しして起きて本読んだり、気だるさに負けきった1日を過ごしている。
 日頃、貴様、腹を切れと言っている奴がいるのが、よくわかる気がするが、痛い事は嫌いなので、きっと一生そんな事はしない。

 あ・・・半分起きてるのに、寝言だ・・・


パレート理論だと3%とその他大勢なんだけど

 マスコミの異常な倒閣運動は報道としては自殺レベルだ。
 この倒閣運動に煽られて騒ぐのはプロ市民だけだから、とりあえずそこらは影響ない。

 韓国は、北朝鮮の情報工作とも言われる真偽のよくわからない疑惑で朴槿恵大統領を引き釣りおろし、冷静さを欠く状態で文在寅を大統領にしてしまった。
 韓国メディアは、今になって、文在寅の不見識、嘘を指摘しているが、もう遅い。
 苦しい時期を朴正熙政権下で乗り越え、発展の礎を築いた韓国だが、その上で咲いた繁栄の花は、後継者によってすべて手折られ、枯れてしまった。
 韓国は小さな事で大騒ぎし、大局を見失った。これを再建する指導者は現れそうもない。なるほど亡国とはこういうものかと感じる。

 マスコミは自民党の支持率が下がって嬉しそうだが、支持率が下がっているのはどこも一緒だ。
 この6月、7月で、

 自民党は、   36.4% から 30.7% に落ちた。
 民進党は、    7.9% から  5.8% に落ちた。
 公明党は、    4.2% から  4.1% に落ちた。
 共産党は、    2.7% から  3.3% に上がった。
 日本維新の会は  1.2% から  1.2% で変わらず。

NHK調査


 これは自民党云々の話ではなく、全体的な傾向と見た方が良さそうだと考えるべきところだ。
 7月で夏枯れしたと見る見方もありえるし、政治不信と見る事も出来る。
 せめて9月ぐらいまで動向を見て行かないと、何も言えない。この数字から予測を立てたというなら、そちらを出して何か言うべきだね。鬼の首は取れてないな。

 まあ、自民党はざっと6%の支持率低下で、これが他だったら支持率なくなる。ないから6%減少できない。そう見ると大きいと言えば言えるかもしれないが、しかし、小さいと言えば小さくもあるんだし、ここで騒ぐのは後で恥をかく可能性の方が高い。

 で、当面、日本が韓国と同じ道を歩む事はないから、北朝鮮の工作員諸君、作戦失敗で処刑される事を恐れなさい。



2017年7月16日日曜日

辻元だって逃げて有耶無耶に出来たと思ってるじゃんか

 蓮舫さんは、民進党よりも、日本の法律よりも、物事の筋道よりも、日本の国益よりも、日本人よりも、日本の水準よりも、日本のありとあらゆるものよりも、自分が大事なんだから・・・もしかしたら、支那も・・・国籍選択の証明なんか出さなくていいんじゃないかな。

 国籍がどうだろうと、人気はなくなる一方だし、民進党も凋落の一途をたどるしかないし、今更、国籍がどうだろうと、影響はない。蓮舫の政治的冒険は終わったんだから、約束なんかすっぽかして、知らん顔すればいいよ。

 もう、わかったよ。


 しかし、日本は女性を権力ポストにつけるのが下手だね。



テロに報いを

 こないだIS(イスラム国)の指導者バグダディが死んだらしいけど、トランプ大統領になってから7ヶ月でISはかなり追いつめられたね。
 あの馬鹿げた気違い集団の勢いが続くわけなかったけど、やっぱり良い方向に向かってると、少し安心する。
 しかし、ここまであの野蛮人どもを増長させたのは、オバマ大統領って、本当に何にもしなかったんだね。

 ともかく、バグダディが死んで良かった。イスラム国の消滅を!


2017年7月15日土曜日

七色仮面は無駄に変身してた

 二重どころか、三重なんじゃないの?


もう死刑囚の脳みそをつけた饅頭を病人に食わせたりしてないよね

 支那の民主化活動家・劉暁波が死んだ。中共によって殺害された可能性が高いが、よしんば病死であったとしても、病気の過程は殺人と同じだったと想定できる。
 中共にとっては、支那には民主主義は必要ないのだろう。そして、ノーベル賞など取っていようがいまいが、活動家など殺したとしても、すぐに人は忘れてしまうと判断したのだ。そもそも、支那には、劉暁波を知らない人民が何億もいるだろう。彼らが劉暁波を知る事はないかもしれない。

 どう横暴にふるまっても、民主主義よりは経済を取る人々は知らん顔をするし、人権を持ち出して騒ぐのが得意な進歩派も、相手が支那だと権力を支持する。劉暁波の死はきっと無駄死にに終わる。
 また、権力内部にいるはずの劉暁波の支持者は、彼を守れないほど弱かった。現状維持派の強硬さは凄まじいようだ。

 支那も毛沢東の時よりははるかに良くなったし、支那人を統治できるのはとりあえず中共だけだ。漢民族が誰からも嫌われる存在だという事が中共の権力を支える。
 中共は、馬鹿で傲慢で無知で未開な漢民族には、永遠に民主主義など無理なのだから、永遠に自分たちが支配すると考えているのだろう。
 中共は、誰にとっても迷惑な支那という問題の、現実的な解決策というわけだ。

 でも、当面の解決策が、長きにわたる、根本的な解決策として支持されるかどうかはわからない。

 劉暁波の死で、どうしてか宋教仁を思い出した。
 北一輝が行動を共にし、孫文に暗殺された辛亥革命当時の革命家だ。同じ革命派の同志だったはずだが、孫文は粛清した。宋教仁が生きていたら、蒋介石のような人望のない馬鹿と違って有能だったから、国共合作などせず、毛沢東に支那を取られる事もなく、辛亥革命を推進し、支那人を幸せにしただろう。
 殺すという下策を取ることで、後々自分の首を絞める結果になるかもしれない。中共は、いまだにそんな下策に走るほど愚かで虚弱なのか、まだまだじゃな。


南千住と山谷、そして・・・

「南千住は」で記事に触れさせていただいた 将門web さんが「何度も笑っています」という記事で応答してくれています。

何度も笑っています
   目森さんが書かれたことで、何度も何度も笑っています。この内容です。
南千住の電柱には、「路上で酒盛りをしない事」などと書かれていました。
 でもそう書かれてもやるのだよなあ。私もやってしまう側です。ここにはいくつもの画像を入れてみました。警察も困っているのだろうなあ。

 画像は本家で見てください。楽しそうに路上で酒盛りしています。
 山谷はガラが悪いし、左翼もいるし、ヤクザもいるし、面倒臭くて警察も嫌だと思います。
 路上で酒盛りだけじゃなくて、昔は冬に銭湯の入り口の前で寝ている人もよくいました。銭湯の排水はお湯ですから、その上の道路が温まるのだろうと推測しましたが、確かめてはいません。
 玉姫神社の前の玉姫公園に行ってみると、ベンチの前に地下足袋が脱ぎ捨てられていた事もありました。そこで履き替えたのでしょう。片方が立っていて、履いていた人の気配が残っている印象で、しんとした冬の朝、そんな光景に遭遇するのは、とても嫌でした。

 山谷のドヤは、バブル景気の時に高級化して(なぜ、この場所のまま高級化するのか不思議でした)、料金が上がったとかいう話を聞いた事がありました。バブル崩壊後、そういうドヤの一部が外国人旅行者向けの低価格ホテルになり、成功したようでした。

 土木作業などの仕事がなくなったのでしょう 、隅田川両岸の美しい遊歩道が浮浪者の臨時テントで埋め尽くされた時期がありました。
 ブルーシートの住人の収入源はアルミ缶のようです。資源ごみで出た物をアパッチし、集めます。図々しい者は、どこで手に入れたか町内会のチョッキを着て集めています。連中も必死です。いや、必死なのは彼らだけですから、この際「も」は間違いで、「は」でしょう。連中は必死です。
 集めた缶は潰して小さくし、集積場にでも持って行くと行政が買い取るのでしょう。中間業者がいるのかもしれません。
 今、テントが減っているのは、追い出されたという事もあるでしょうが、仕事があるのでしょう。解体作業の現場には、爺さんや露助まで混じっています。
 
 南千住は荒川区ですが、山谷のドヤ街そのものは台東区にあります。区の境に泪橋があるのでわかる通り、ここで差配が分かれていました。
 南千住で山谷を引き受けたから、反対側の不忍通りというか、道灌山で台東区が譲り、荒川区と文京区が境を接している所があると勘ぐっている知人がいました。

 確かに微妙な区割りになっています。
 道灌山は荒川区にあるのですが、どうしてだか、不忍通りを境にして荒川区と文京区とはなっていません。不忍通りを越えて荒川区側に文京区が食い込むような形になっています。いや、そもそも、荒川区は道灌山の分はみ出しています。荒川区は山手線の外側までで、山手線の内側は文京区か台東区の方が自然です。
 道灌山側の住民は、もうすっかり文京区意識でいます。道灌山には開成がありますから、それも文京区意識に拍車をかけます。オホホホホ。
 昔、山の手と言ったのは文京区の事です。縮めて「のて」とか言ってました。今では、山の手の対語のように使われるようになった「下町」は神田の事です。山の手のある所に下町はありません。
 山の手というのは台地の上という意味ですから、道灌山の住民が、荒川区民であっても、文京区(山の手)意識を持つのは、その浅はかさも含めて不思議ではありません。
 しかし、文京区は、その荒川区が不忍通りまで来るのは許さず、道灌山通りから動坂下までの荒川区がせり出した部分に、文京区を敷設しています。不自然に路地一本分だけ文京区です。路地一本の片方、不忍通り側が文京区で、もう片側は荒川区です。
 薄皮一枚の文京区と呼ぶ人もいますが、荒川区を防ぐ緩衝地帯と見えるのも確かです。
 道灌山通りの向こうは台東区ですし、動坂下から向こうは北区ですから、本来なら台東区がしっくり来ます。そこで、山谷の借りを道灌山で返したのではないかという、まったくの邪推が出て来ます。

 北区にも、不思議な場所があります。
 北区豊島五丁目は、隅田川が折れ曲がる所にあります。赤羽で分岐した荒川との距離がとても近くなります。対岸の上流側は足立区新田で、下流側は足立区小台です。
 ここの不思議は、北区と足立区の区界が隅田川ではない事です。堤防土手を越えて荒川の真ん中まで、北区が飛び出しているのです。
 飛び出している所は、土手と河川敷しかありません。ここが北区である理由は最初に線引する時に手が滑ってしまったか(「鉄腕アトム」の御茶ノ水博士の鼻は手塚治虫のペン入れの手が滑って大きくなってしまったそうです)、何か他に理由があるのか?
 ここで知人が邪推力を発揮しました。
 足立区の首都である北千住と新田を直付けしないために、北区がカットに入ったという説を発表しました。
 新田出身者としては、実に面白くない説でした・・・

 南千住は荒川区ですが、北千住は足立区です。千住とだけ言うと、北千住を指します。
 南千住と千住の間には隅田川があり、千住の向こうに荒川があります。荒川は大きな川です。初めてこっちに来た人が、川をふたつ越えるので慌てたと聞いた事があります。千葉に来てしまったと思ったというのです。心細かったと言います。
 そういう話は何回か耳にしました。足立区民は憤慨していました。
 足立区は、荒川から向こうが広大なのです。しかも、交通機関がない。
 埼玉に向かう東武伊勢崎線も、千葉に向かう常磐線、京成線も、足立区の隅っこを走っています。足立区の真ん中を走っているのは無人の舎人ライナーだけです。
 そのため、足立区民は自転車をこぐスピードが凄まじく早いとか、色々と都市伝説はありますが、せっかく話が南千住に戻ったあたりですし、別の機会にしましょう。



2017年7月14日金曜日

前稿補足2

 たかだか戦後の問題を、日本近代や日本論、日本人論にまでひろげるのはよくある話だが、主観的な立場はどうあれ、進歩派モデルの継承でしかなく、有効性は期待できない。
 このあたりは、他では冴えている人が調子を崩したりするので、けっこう鬼門なのかなと思う。勉強が出来る人が苦手な所なのかもしれない。


「差別」と言えば、無理が通り、難題は解決しない

 蓮舫さんが、
「差別主義者に言われて戸籍を公開することはしない」
 と言ったって本当かな。だとしたら、戸籍を公開しろと言う事は差別だと言ってる事になる。
 あの、一般人じゃなくて、権力のある地位にいるという事がわかってないようだね。

 まあ、蓮舫さん、あんまり色々と理解できる女性じゃないようだから、言ってもしかたがないのかもしれないけど・・・

 で、実はこれって、民進党党内に向けての、「差別」を盾にとった統制の開始なんじゃないかね。

 だとしたらザマぁ見ろだね。

前稿補足

 戦前=悪という進歩派モデルが需要されたのは、占領政策にとって都合が良かったという理由と、もうひとつ、国民の側に「負けちゃったからなぁ」という混乱があったためだろう。一度需要されたこのモデルは、ひとつの物差しとして超越的に使用された(気取って言うならば、ふるまいはじめた)。
 この基準の寿命がつきかけているという話なのだが、その現実的な理由は、草の根レベルでこの進歩派モデル=基準を支えて来たのが、シベリア抑留された旧日本兵だった事だ。ソ連は、国際法に違反して、捕虜とし、捕虜を虐待し、洗脳した上で帰国させた。日本革命のためだった。そして、その謀略が失敗した後、彼らは共産党支持者やシンパとなって行った。そのため、彼らと彼らの子供までは進歩派モデルの影響が強かった。だが、三代まで洗脳の影響が続く事はないらしく、よほどの例外的存在だけが三代目進歩派になっているように見える。この場合、外れ値は放っておくのが情だろう。

 戦前=悪という政策と教条の結合が日本人の精神のくびきとなっている。欠点ばかりの多い人の歴史なのだから、丸ごと善ではありえないし、丸ごと悪という事もありえない。ただ、きちんと処理しなければ、時間が経つだけでは次に行った事にならない。とどめをさし、供養してやらなければ、亡霊がそこらをうろつきはじめる。
 だから、日本はいつまでたっても敗戦後のままにとどまっている。
 共産党は、最も適した生存条件がそこにあるから、いつまでもとどめておきたいだろうが、それを考慮しなければならない義理は誰にもない。

 戦後に過剰適応してしまった人々も、システムの老朽化を認識しなければならない時が来る。だが、それまでの時間は無駄だ。不効率を累積させる浪費に耐えるいわれも、誰にもない。


 戦後も、ここまでくだらなくなったら、もうお役御免だろう。硬直した教条でしかない進歩派モデルも、もう使い道はない。


何でも正規分布に寄せる上司がスタンと言い出したら、羽交い締めにした方がいい

 蓮舫の国会質問を見ていると、警察の取り調べってのはあんなじゃないかと感じる。
 犯人はお前だと狙い定めて、後は落とすだけという事で口を割らせようとしている。
 警察は行政機関だから、法律に従ってやっているだけだが、それは立法府でやる事かと違和感がある。

 まあ、警察は拳銃をつきつけたり、拳銃を口に突っ込んだり、道場に連れて行って絞め技で気絶させたり、たたんだパイプ椅子に座らせ、スネをいためつけたり、逆さ吊りにしたり、近所や家族周辺の「捜査」で生活しにくくしたり、メディアへのリークで親しい人々を精神的に追いつめたり、色々とやるらしいから、そういう具体的な事象に重ねてではなく、抽象的に言ってるというのはご理解いただきたいところですが・・・

 いや、蓮舫に限った話ではない。革新系野党、それにマスコミも警察まがいの落としを繰り広げている。
 実際の取り調べで似ている事象を出せば、殺人事件などで、霊を弔うと取調室で延々と経を唱えるなんていう、心理的に圧力をかけるやり方がどこか似ているかもしれない。

「メディアでこう騒がれてますが。本当ですか?」
「違います」
「じゃあ、何で騒がれてるんですか?」  (騒いでる方に聞けよ)
「騒がれているような事実はありません」
「騒がれてるこの件はどうなんです?」(一緒に騒いでるのお前だろ)
「事実ではありません」
「こっちはどうなんです?」 (全部最初に言ってるだろが。違うよ)

 みたいな・・・どうしてこうなるかと言うと、安倍が悪いと最初に決めつけてから考え始めているからだと忖度できる。
 可能性を絞るというか、ひとつにしてあるから、結論が最初にあるという事だけど、その上で、結論に合致しそうな事実を集め、その後、事実と結論の関係を逆転させ、これだけ事実があるのだから、結論はこうだ! とする。一般的には、こういうのは飛躍とか、感情論とか、前提が間違っているとか言う。
 でも、安倍=悪と決定してしまったから、反安倍=反悪=正義という事で、正義に邁進する。マスコミも味方だし、極めて気持ちがいい。

 安倍=悪と、どうして決まるのかというと、自民党=悪という前提があるからだろう。雑な前提だが、進歩派にとって使い勝手のいいモデルだから手放せないようだ。
 自民党=悪モデルは、自民党=保守=戦前といった連想ゲームを可能にする。進歩派にとっての悪をつなげるだけだから簡単だ。
 このモデルに異を唱える者は右翼と規定すればいいから、断罪基準としても使える。

 でも、現実は、モデルに反して、進歩派=現状維持となっている。何か問題があって、これを変えなくては良くならないという時に、進歩派が邪魔になる事例が多い。

 学校のいじめは教員の手抜き、無能、心得違い、性格異常がきっかけになっている場合が多い。場合によっては教員が先頭に立っている事もある。あるいは、小学生に暴力を振るう教員もいる。こうした教員は解雇されるべきだが、解雇は出来ないので人事異動のたびに学校を転々とさせる。ここでは、子供の人権をさしおいて、教員の人権を守る事だけが行われている。教員には進歩派の組合が後ろ盾についているが、子供には親がついているだけだからだ。こんな事をしているから、無理難題をもちかけて横暴にふるまうモンスター父兄の対処が出来ない。その場しのぎの現状維持が至上命令だからだ。
 町で子供を殴れば、暴行犯として逮捕だが、学校で殴っても何もない。文部科学省はこんな事を知っていて知らん顔している。天下りに血道をあげる進歩的な役所だからだろう。学校は「聖域」だ。

 進歩派が腐っているのは、本質的には馬鹿だからだが、なぜ馬鹿かというとモデルを固定して、考えなくなるからだ。
 このモデルを提供したのは、共産党と共産党系知識人だったろう。戦後の一時期、共産党は物凄い影響力を持った。勢い余って日本で暴力革命を起こそうとしたほどだ。
 なぜそれほど影響力を持ったかと言えば、占領軍が日本を弱らせるために共産党の増長を許容したからだ。日共が調子に乗りすぎたので、もう許容範囲を超えたよという流れになったのを、日共史観では「逆コース」とか言うらしい。馬鹿だ。占領軍の政策につけこんで、日共を増長させ、一方で、ニセ将軍金日成をたてて北朝鮮を作ったのはソ連だった。
 歴史的に言うと、このあたりに進歩派モデルの原点があるだろう。
 この時期は、戦前の社会システムがまだまだ残っていた。当然だが、この時に成立した進歩派モデルはそれを前提としている。
 問題はその後、現実に合わせてモデルを拡張したり、更新したりが出来なかった事にある。そうなると、これは因習に転化する。進歩派が因習にとらわれているのは、こういう理由だろう。
 モデル更新が出来なかった理由は、進歩派モデルが時代の流れと合わなくなった時に現実よりも、モデルを選択したためだろう。その後、たかだかモデルにすぎないものが教条に押し上げられ、信仰されるようになった。

 このモデルは、時期的に、戦前=悪というところから始まったと考えられる。そして、共産党=善(正義)なのはもちろんだろう。党員だったり、シンパだった進歩的知識人も、善の側だ。で、反対する者は悪だから、戦前とつながる。
 このモデルは、モデルがモデルそのものを善だとしている独善的モデルだ。しかし、独善的だからこそ使い勝手がいいのだろう。

 こんなモデルが何となく受け入れられて来たのは、一時期、共産党の勢いが強かったためだろう。影響力の残像だ。だが、この進歩モデルが現実を無視したために、モデルを信奉する進歩派は現実への対処能力を持てなかった。おそらく、今後も持てないだろう。
 現実への対処能力、つまり、システム構築能力を持てないという事は、何なのそれ?という存在だという事だ。
 で、日共と協力しあったりする政党は、みんな、何なの? なのは、そういう理由だ。

 実際には、自民党=保守という風には分布していない。自害した江藤淳などは、自民党は戦後空間に適応したものと見ていただろう。その上で保守を構築する事を考えていたと考えられる。そうだとすると、自民党=戦前という分布もありえない。
 実は、自民党も、進歩派モデルを共有しているところがあり、違うのは、システムを動かさなければならないという要請によってやっている点ではないかと思われる。現実に向かい合い、対応しているという事だ。

 進歩派モデル=戦後を共有したが、一方は現実に向かい合い、一方はモデルを教条とした。
 日本はシステムを作らず、悪い意味での職人技でやりくりし、つぎはぎだらけでここまで来てしまった。それは、戦前システムがよく出来ていたため、新しく考えないでやって来られたからだ。それを戦後と呼ぶならば、やりくりでは対処が追いつかなくなったら、戦後は終わらざるをえない。

 システムの更新は、戦前システムのいい所を率直に認める事から始めないと失敗するので、政治に邪魔されて失敗させられる可能性がある。だから手をつけられないで来た。だが、国防目的以外の国外での軍事行動は、国際的な合意の上での警察活動に限定するとし、それを履行すればいいだけと考えれば、国際的には問題がない。共産党などは、国防目的の国外での軍事行動を問題にするだろうが、無視できる。

 システムの再構築はじっくりと順序を踏んで進めねばならない。それだけの手腕を持つ人材は、日本には自民党以外にいない。それは、民進党の前の民主党が、政権を樹立した時期にさらけ出した無能によって証明した事だ。



2017年7月13日木曜日

黙って寝ればいいかも

 汗をかくので布団を干した。昼間、太陽にあてるとふかふかになるが、暑くて寝られたもんじゃなくなる。夜、外に出すだけにした。少しでも空気にさらしたいと思ったからだった。
 失敗だった。汗まみれになって起きた。Tシャツは湿っていた。
 冬は、布団に入ってくるのや、掛け布団の上で寝るのやで、睡眠は猫まみれなのだが、今は互いに距離をとって暮らしている。それが夏というものだ。
 ぼんやりとそんな事を思い、息をついてからシャワーを浴びた。

 今夜は、いつもより遅くまで起きている事に決め、布団を冷房にあてる。冷やしながら、乾かせるといいのだが・・・

 夏用のひんやり布団乾燥機なんて、誰か作らないかな・・・



2017年7月12日水曜日

Jake La Botz 聞いて、元気だすかぁ

 蓮舫の二重国籍疑惑、やっと民進党内で明らかにしという声が出たようだけど、遅いよ。
 今までそんな事も言えなかったのなら、そんな統制のきつい政党はおかしい。殺されるわけじゃないんだから、言えない政治家も根性がない。その程度で国政に関与できると思ってるのがナメてる。

 もう、バカバカしくて、力もなくなる。頼む、死んでくれ。


偉そうにしても空虚だなぁ・・・

 民進党が嫌なのは、さも大事かのようにあげつらう事が、どれも見当違いなところだけど、もうひとつ、凄く嫌なところがある。
 民進だけじゃなく、まだ残ってるのが現在の七不思議に入る社民とか、最初っから今まで幽霊のままの共産党とかも同じだけど、あいつら、国会ですさまじく細かい事を言って、国会を息苦しくさせてる。共産党なんか、党公認じゃない発言をしたら査問されるから、議論なんか出来ないんだろう。だったら議会になんか出て来るなよ。

 あいつらの勢力が増したら、世の中息苦しくなるのが予想できる。ホント、嫌。

 いや、国を守ろうというのを邪魔するんだから、あいつらに力を持たしたら、日本が支那や北朝鮮に支配されて、息苦しいどころじゃなくなるのか? 息苦しいなんて、そんな自由はなくなる・・・

 支那や北朝鮮が日本を支配したら、原発はガンガン稼働させ、軍隊も増強して、自分たちが侵攻したい所に尖兵として送り込み、自分たちが手を汚さず虐殺させるだろう。共産党なんか、そういう時、コロリと言う事を変える。
(原発の稼働自体はあたりまえの事で何も悪くないんだけど、強硬な反対派が一瞬で手のひらを返すにきまってるところが汚いと思う次第)
 あいつらは、何がではなくて、誰がを問題にしているだけだからね。
 ここのところの彼らの動向は、やっぱりそういう所が変わっていないのがよく表れている。
 かつて、ソビエト・ロシアが他国に侵攻、占領し、支配下に収めるのを革命で進歩だとして来た。そして、日本が国家などなく、ヨーロッパ列強の植民地だったところに進撃し、ことごとく駆逐し、東南アジアを解放した事は、アジア諸国への侵略だとした。
 共産党にとって、嘘は本質的な部分なのだろう。

 そういうものと手を組める野党は、危険でしかたがない。自分たちに利すると見えれば、嘘でも何でもいいのだろう。

 とにかく、国会では、あまり細かなんじゃなく、大きな話をしてくれよ。野党、本当にみみっちい。それも、反日工作か?



してもいいけど

 #私は萎縮しない というツイッターのハッシュ・タグがあるそうです。

 どうも、婆さん共の勢いにタジタジになった爺ィのチンポのためのタグではないようです。


2017年7月11日火曜日

比較研究: 友からの手紙

 友人がメールをくれた。

 加計学園という事業体のどこに問題があるのか、どこも報道しないのは調べていないからか、何もないからかだろう。
人手も金もあるマスコミが調べもしないのか? 調べたけど何もなかったんで、それじゃ格好がつかないから騒ぎに乗るだけにしてるのか?
根拠のない文書、詐欺師、失脚した官僚のカッコ付け話の恨み節(どこかの飲み屋でやってろ。金のためなら相手にしてくれる店はあるだろう)に簡単に乗せられるマスコミ・・・
加計学園はしょせん村おこしと言う人もいるが、村おこしのどこが悪い?
加計学園のように、何も出ないで、解釈があるだけの話は事件でもスキャンダルでもなくて、宣伝合戦だ。詐欺師と見栄っ張りに煽られて、マスコミ、国会が宣伝合戦で時間浪費して、喜ぶのは北朝鮮と中国という構造だ。
マスコミが、問題を明確に出来ていない時点で、これは事件ではない。同じ事を繰り返し言いつのる事で事件であるかのように振る舞っているだけだ。そんな事はマスコミの仕事ではない。

 まったく同感だ。
 森友だ、加計だと、マスコミの倒閣運動を見ていると、その知能の低さ、能力のなさに呆れる。これに苛立って、マスコミ批判をする人が多くいるのもあたりまえの事だと理解できる。
 しかし、あの人たちに苛立つのも嫌なので、まともに受け取るのをやめた。そうすると、森友も加計もなくなり、残ったのはマスコミの無能と馬鹿だけになった。

 そこで、無能と馬鹿を見せるだけのマスコミと、昔あった三馬鹿大将を較べてみる事にした。

 三馬鹿大将の方が、はるかに高級で、知的で、人を楽しませた。彼らは意図的に馬鹿を見せ笑わせるという芸をやっていたのだが、今のマスコミは、報道芸がなく、本当に馬鹿で無能なので、笑えもしない。
 表にすると、


 三馬鹿大将   マスコミ  
 芸  ある  ない
 知能  高い  低い
 能力  高い  ない
 笑い    おおいにある     ない


 以上のようになる。
 マスコミが仕事なんか、まるっきりできない連中だという事がはっきりする。
 三馬鹿大将と比べるのは、マスコミには酷だったかもしれない。
 でもまあ、マスコミ、せめてお金だけはあって良かったねぇ。君たちが危機意識を感じるのは、もう打つ手がなくなっている、終わりの時だし、それはかなり迫って来ているから、依拠できるのは、君たちの能力ではなく(ないからね)、お金だけだよ(会社があるからね。毎日なんか、不動産あるもんね)。

 ラリー、モー、カーリー、つまんないもんと較べてごめんね。


















迂遠さの正義 権力の吐息 終節

 前に土井たか子が「政治」と言う時、音声は「性事」になっていた。若い女の子は「彼氏」を「枯死」のイントネーションでしゃべるのと同じで、標準語の発音から言えば間違っていた。
 でも、国会は正しい発音の場ではなく、全国から、訛のある政治家も出てきている。間違いを正す礼儀があると同時に、一々あげつらわない礼儀もある。
 読みの間違いも同じだ。多文化だの多様性だのと言わない人であっても、間違いを正す事が礼儀にかなうだけ関係の距離が短い人に対して以外は、あげつらわない礼儀を守るべきだ。
 礼儀もない者が、他者を尊重するなど出来ない。表現をあげつらったりする者も同じだ。人を尊重できない者に政治は出来ない。政治は議論であり、その議論は落とし所を詰めるための議論であり、論争ではないからだ。
 人の言論を妨害する行為も、政治行為ではなく、ただの妨害であり、破壊活動にすぎない。北朝鮮や支那で同じ事をやろうとしたら、やる前に連行され、帰宅する事などないだろう。ロシアも、まだそんな状態のようだ。

 極端だが、わかりやすく、ある意味では清々しいかもしれない考え方として、こういう考えがあるかもしれない。
 正義のためには何をしてもいい。早急に正義を実現するためには、積極的に何でもすべきだ・・・その正義がみんなの嫌いなユダヤ人撲滅だとしたらアウシュビッツになり、共産主義だとしたら収容所群島になる。カンボジアの大虐殺も正義のために行われた。
 政治的正義だけではない。ISISやタリバン、アルカイダが行って来たテロ、虐殺、残虐行為も宗教的正義のために行われている。

 正義ほど危険なものはない。いい歳をしてそんな事もわからないのは、正真正銘、心底薄ら馬鹿だが、若者は馬鹿でなくても正義にとり憑かれやすい。

 正義に絶対性はなく、相対的なものだが、正義を推し量る物差しはない。政治的には、利害の調整によって正義への接近を近似するしかない。これは、とても有縁で間接的な方法で、これ以上ないほどまどろっこしいのだが、他に方法はない。

 一党独裁だのと馬鹿げた方法は失敗すべくして失敗した。1つの利害だけを採用し、他をすべて切り捨ててしまうのは、一見効率が良かったが、要するに大きな手抜きをしただけで、実は正義に接近する事が出来なくなってしまい、悪に転落した。計算が複雑だからと、変数をひとつだけ残し、他を捨ててしまうのと同じだ。算数嫌いの中学生(大学生もかな)は喜ぶかもしれないが、目的は達成できない。

 本質的には、すぐに答えの出る事など、もうやってしまってある。残っているのは、いつ答えが出せるか見当もつかないような事ばかりだ。

 戦争も、日本は処理してしまった。やめたのだからそれで終わりだった。しかし、支那や北朝鮮という好戦的な軍国主義国家が近隣に存在しているし、友好国のはずの韓国も、竹島を占領するという、宣戦布告に等しい領土侵犯を行っている。

 やめてしまった戦争だが、しかけて来ようという国がいる時に、やめましたでは済まない可能性が高い。そこで、防衛のための軍事力を整えなければならない。そのために、多くの法整備をしなければならない。また、憲法も変えなくてはならない。
 丸腰でいたら侵略される。それならば、侵略をさせないために武装しなければならない。悲しい事にそれが現実なら、いやいやであっても武装する以外の選択肢はない。武装以外に戦争回避の可能性を高める方策は見あたらない。
 戦争回避のための国防の充実をすべきではない、円滑な国防のための法整備をすべきではないという人は、丸腰になって、侵略を誘えと言っているのと同じだ。
 護憲だ、9条だと言っている人たちは、まったく信用できない。

 正義への接近を幾重にも間接的に近似するという、利害調整法は正義に到達できないかもしれない方法なのだが、色々試した結果、他に方法はなさそうでもある。
 ただひとつ、この方法のいい所は、もし正義が存在しなかったとしても、機能し続けるという点にある。

<了>

2017年7月10日月曜日

ヌルく、曖昧な結末に向かって 権力の吐息 5

 国家の世界からの分離独立とプロテスタントの成立は軌を一にした。
 カトリック=世界が空間的にヨーロッパであり、教会が階層的にここに君臨している状態から国家が独立する時、信仰もカトリックから分離したのだった。正教、イスラムといったルーツを同じくする宗教に行かず、カトリックから別れたプロテスタントとなるのは、同じ文明に留まるという意思だったと考えられる。
 ここで起きたのは、国家がカトリック世界に所属するのではなく、ヨーロッパに位置するという認識の転換だった。さらに言葉をつぐならば、世界の読み替えが行われた。

 この過程で、英国は重要な役割を果たした。英国内で集めた税金を教会に上納するをやめ、英国の税金は英国で使うとして、引き渡しを拒否したのである。
 自らは王侯に戦費を用立てる金貸し業、十字軍の時に為替システムを作り上げ(テンプル騎士団がユダヤ人のやっていた送金手法を大きくシステム化した)といった銀行の原型を営み、ユダヤ人たちには小口の金貸しの免状を売っていた教会は、許認可権を持つ、独占体の税務署兼銀行だった。
 英国が税の上納を拒否し、世界に対抗しえたのは、海によって大陸と隔てられている島国だったからだろう。
 英国教会の信仰は、教皇ではなく、王を頂点にいただくという以外、儀式などカトリックと変わりがない。他のプロテスタント諸派とはその点が違う。信仰で揉めるよりも、スムーズに移行する事を優先し、あまり変更を加えず、既存のものに手を加えて使う方が違和感もなくていいと考えたのだろう。根源的に神学を吟味検討する気などなかったろうし、そんな事をしても決着はつかず、無意味なわりに深い遺恨を残す争いが生まれるだけだと判断したとしたら優秀な合理性だ。

 宗教戦争はほぼカトリック側の有利に推移して終わった。しかし、その後、第一次大戦では教会の正規軍・ハプスブルク家の帝国が崩壊し、第二次大戦後もカトリック世界は衰退の一途をたどる。 

 中世教会が保持した強大な権力は、ゴチックとも言うべき古色蒼然としたものとなって行った。そして、ゴチック権力にとって代わって行くのが調整的権力だった。
 だが、ゴチック建築につきものの亡霊は、権力にも出現した。壮大で権威のある、人の情動を揺さぶる権力のイメージは残った。
 ゴチック的な権力観を持っている人はまだまだ多いようだ。だが、そんなものはイメージでしかなく、ゴチック的権力など、先進国にはなくなってしまった。政治権力に過大な期待をするのは、それを理解できず、亡霊にたぶらかされている人だ。
 それは何も復古的な考えばかりではない。進歩的という自意識を持っている考えであっても、政治の力で社会を良くしようという考えにも、もしそれが過大な権力を妄想した上で可能だと想定しているなら、亡霊が宿っている。
 あるいは、反権力を掲げる考え方であっても、それが権力の見積もりに失敗し、過大な権力を想定した上で反対しているとしたら、まったくの見当違いになってしまうが、その原因は、彼らに宿った亡霊だ。
 もちろん、教条から反対を引き出し、見積もりなどまったくしていない反権力も同じだ。亡霊に惑わされ、ゴチック的権力をモデルにして現在の権力に反対しても、ノイズ発生以外何の効力もない。
 風車に突進する騎士は、まだ純真で胸を打つものがあるが、ゴチック権力の亡霊にとり憑かれた錯誤の姿に感動などない。

 権力の復古も反権力も、ゴチック権力の亡霊にとりつかれているという点では同じだ。取るに足らないという点でも同じだ。

 現在がどうであれ、物事はなるようにしかならないが、まあまあ何とかなるもののようだ。ただし、その過程では見過ごすことの許されない悲劇が生まれる場合が多々あるのは事実だから、これへの手当ては十分なされなければならない。
 その上で、政治程度の小さなものに達成できる良さなど、先進国ではほぼ達成されている。政治の役目は、邪魔にならない事と、利害の調整を円滑に行う事に向かうしかない。
 そして、利害の調整には、あまりタフではないネゴシエーターが向いている。誰からも「ヌルい」と思われる程度で丁度いい。恨まれるよりはいいからだ。
 実際の権力はそこにあるとされる行政だが、ここの人員削減と機械化は少しの間課題となるだろう。AIに切り替える事が可能な部分は多い。課題というのは、役人の抵抗があるという事だが、最もゴチック的な遺物である官僚の駆逐は、世界中で21世紀の問題となるだろう。

 邪魔という事で考えれば、法的に必要と決められた邪魔となる事で国家を円滑、安全に保つのが行政の役割と言えるかもしれない。例えば、摘発によって犯罪者の邪魔をし、国民の安全を確保するといった事だ。
 しかし、訳書には、もう必要がなくなっている邪魔を、いつまでもやり続ける傾向がある。これは、(邪魔をする)権限がなくなるのを嫌がるからだ。だが、不要な権限を与えておく事は、権力にとって老廃物の除去が出来ない事であり、権力の健全化を阻害する要因となる。
 また、これは日本に限った傾向だが、無能であったり、怠惰であったり、怠慢であったり、反抗的な職員の解雇が出来ない。これは早急に改めないと、その部門が本来の目的を果たせなくなってしまう。学校で、生徒に暴力を振るう教員を解雇できないといった本末転倒が起き続けている。

 行政の問題は、物事がなんとかなる過程の問題でもあり、行政官たちの利害とのバランスの問題でもある。過程で起きる個々の問題に対処しながら、行政の姿を良くして行く事は、権力の最後の課題かもしれない。そこが整えば、権力は十分機能的になり、小さなものとなる。

 権力は、みんなの大好きな、巨大な悪である事をやめてしまい、面白みのない、小さく、散文的なものとなる。

 政治なんて、つまらねえよ。


他人のどんな言動でも参考に・・・ああなっちゃいけねえよ

 凄いね。石破茂。こういう時、つまり、まったくそういう発言をするタイミングじゃない時に安倍批判してる。やっぱり人望のない人はそういうもんなんだなと納得させてくれる。こういうのは、もって他山の石とすべしだね。

 で、おめえ、イシバのくせして何言ってんの?


2017年7月9日日曜日

事例研究: 硬化全体主義者と小心なメンター

 森ゆうこ(森裕子)という参議院議員がいる。自由党の所属だ。
 この人は2003年7月25日の参議院外交防衛委員会でイラク特措法案の採決で暴れ、他の議員(大仁田厚)を殴った。
 森は、暴力の理由を、
「多数決の原理だけで強行採決するのは、民主主義を無視したやり方だ。これでは民主主義ではない」
 と語った。
 自由党党首・小沢一郎は森を「我々の闘士」と持ち上げた。
 暴力で意思を通そうとするのは民主主義だと考えているようだ。この人は、自分の思い通りになる事が民主主義だと認識していると仮定できる。小沢一郎、何が「闘士」だよ。薄ら馬鹿だな。
 2004年6月4日、参議院本会議で、年金制度改革関連法案の成立を阻止するため、国井正幸厚生労働委員長解任決議案の提案趣旨説明に立ち、3時間1分に渡って長時間演説による議事引き延ばし抵抗戦術を行った。
 趣旨説明の内容は「身の上話や議事録の棒読みで時間を稼ぐなど中身の薄いもの」(朝日新聞社説)だったらしい。当時の参議院議長・倉田寛之から何度も「簡潔に、常識の範囲でやってください」と注意された。
 終了後、記者団に質問されると、
「これから本題に入るところだった。まだ数時間やるつもりでした」
「選挙で一日マイクを握ってても大丈夫ですから」
 と語ったという。
 いくら記者団でも、心配して質問したんじゃなくて、非常識だから批難する意味の質問をしたはずだ。それに対してこういう応答をするってのは、かなり自分勝手だとも仮定できる。
 小沢一郎は何か言わなかったのかな?
 2006年10月11日には参院予算委員会で質問当日に初めて目にした週刊現代の「安倍晋三は拉致問題を食い物にしている」という記事を紹介し、これを元に安倍首相(第1次安倍内閣)に質問したが、安倍首相に、
「私はそういう記事はいちいち読んでいません。拉致を食い物にしているとか、そういうことをこの委員会で言うのは失礼じゃありませんか」
 と、一蹴された。
 読んだばかりで、真偽も確認していない週刊誌を元に質問する神経は凄い。無神経であり馬鹿だと仮定する事も可能だ。
 この質問の前に、拉致被害者家族が北朝鮮の国民と家族に向けてメッセージを放送する短波ラジオ「しおかぜ」を支援するように参議院で提案しているが、せっかくいい提案をしておいて、これだから、北朝鮮による拉致被害者支援を政治利用する悪質な政治家と仮定する事もできる。
 議会はちゃんと、この提案は了承し、政府からNHKに「しおかぜ」を援助するよう要請がなされた。
 いい事は冷静に聞き、やるべきと判断したらやるというのは、第1次安倍内閣の議会はきちんとしている。ここに暴力や妨害行為、政治利用は一切ない。また、小沢一郎に「闘士」と賞賛される人物も一人もいない。
 自分の思い通りになる事が民主主義だと認識し、暴力も辞さない、自分勝手で無神経で馬鹿で、北朝鮮による拉致被害者支援を政治利用する悪質な政治家と仮定できる森ゆうこだが、まだ活躍している。
 2010年10月21日の参議院厚生労働委員会で、三原じゅん子が子宮頸がんの予防ワクチンと子宮頸がん検診の無料化を訴えた。
 三原じゅん子は、子宮頸がんの影響で子宮摘出した経験から、
「女性にとって最も大切な、子供を産むという機能を失ってしまった」
 と語った。
 森ゆうこはこれに噛みついた。
「女性は子供を産むためにあるような表現で不適切だ」
 こう批判したという。
 森ゆうこ、自分の身の上話はいくらしても大丈夫なのに、三原じゅん子はダメなんだね。
 女性にとって子供を産むという機能が大切だというのは真実だ。どうして異論があるかわからないが、三原じゅん子の言葉を「女性は子供を産むためにあるような表現」と受け取るのは、受け取り方が歪んでいる。無理やりにでも批判したかっただけにしか見えない。この森ゆうこのの批判は、与太者が因縁をつけるのと同じだ。難癖でしかない。
 三原じゅん子が、森ゆうこの批判する内容の発言はしていない事ははっきりしている。
 国会は非常識な発言でもないかぎり、その表現を云々する場ではない。そういうのは思想学習の場で行えばいいのであって、国会は思想学習の場所ではないからだ。
 そして、万が一、森ゆうこの難癖のような内容、つまり三原じゅん子が言っていない内容である「女性は子供を産むためにある」と考える議員がいたとして、それが一定の民意を代表しているならば、これは、そうした考えを持った人々がいるのだから、その人々の利害を尊重するのが民主主義だと理解しなければいけない。森ゆうこは、そんな民主主義の基本もわかっていないらしい。
 民主主義を理解していない(あるいは、日本共産党のように、日本共産党に味方する事が民主主義だと理解しているかもしれないと仮定できる)森ゆうこは、三原じゅん子の考えを批判したいわけだが、それは、人の考えを支配し、型にはめようという姿勢だ。これを別の言い方で表現すると全体主義となる。
 森ゆうこは全体主義者である。これは仮定の話ではない。しかし、これまでのいくつかの仮定を参照してみると、本人に自分が全体主義であるという自覚はないかもしれない。これだけ柔軟性がなく(仮定ではない)、傍若無人(仮定ではない)なのは、かなり硬化した信念(妄念と表現すべきかもしれない)を持っているが、本人に自覚する知能がないからだと仮定できる。あるいは、サイコパスの可能性もある。とりあえず周囲が柔らかく自覚を即すべき対象に思える。
「闘士」などと煽るのは一番いけない。無責任きわまる行為だ。小沢一郎、小心者なのは知っていたが、悪質でもあった。

神の普遍と歴史の遷移、あるいはその逆 2 権力の吐息 4

 中世の間に、ヨーロッパ=世界の各地が国としての形を整えて行った。ローマ帝国の時代には蕃地でしかなかった地域に国家が成立した。この文明化はキリスト教と紛争・戦争によってもたらされた。
 そして、それにつれてカトリック教会の権力は徐々に小さくなって行った。
 カトリック教会の権力の根拠は、内面の支配だった。もちろん、教会籍がなければ生きて行く事が出来ない。中世人に移動の自由はなかったが、教会籍のない者の通行を許される道はなかった。また、どこかの町に留まる事も許されなかった。宿を乞う事もできず、食べ物を手に入れる事もできなかった。
 さらに、異端とされてしまうと、最悪は焼き殺されるのだが、死んだ後、墓地に埋葬はされなかった。

 領主や王が破門されたとしたら、領民・国民も同時に破門される。王や領主の一族郎党としては、国民はさておくとしても、自分たちの迷惑はこの上もないという事で、王、領主を暗殺しただろう。その時に神父が何か耳打ちするかもしれない。

 教会の要求は、すべて地上に神の国を作り上げるためのもので、女郎屋に入り浸った教皇の浪費のためだけではなかった。あるいは、何とか夫人を妊娠させたので、新しい屋敷を買ってやるためだけでもなかった。
 神の王国がなかなか現出しないうちに、国家の力が増して行った。そして、教会内で各地の学僧たちが教会に対して疑問を持ち始めた。
 もちろん、神の現世における身体である教会に疑問を持つ事は、神に疑問を持つ事と同じだから許されていない。神の采配に矛盾を感じるのは、神の意思の大きさ、深さを理解できないためであって、自らの思慮が浅いだけでしかない。反省すればいいのであって、疑問を表明するなどもってのほかだった。

 時と場合によっては、新しい修道会を作らせる処遇で済ませられる事もある。だが、勢いというものは止められないもので、教会批判を激化させる者たちがいて、処刑か破門か、何らかの決定をしなければならなかった。
 破門が行われ、批判者は分裂教会を作った。

 教会の支配に不満を持っていた王・領主がプロテスタントを支援した。当然、国民、領民は同時にプロテスタントとなる。
 この時、すでに教会の権力は小さくなりはじめていた。

 宗教戦争の後、教会の直接支配が終焉して行く。ヨーロッパ各地で、国家が世界から分岐しはじめたためだった。
 以後、教会の力は時代を追って小さくなる。現在でも途方もなく大きな力を持っているとはいえ、中世時代に世界そのものであった力はもうない。
 多くの権力が国家に移り、国家は個人に分けてしまった。信仰の自由という途方もない権利が、神を冒涜していないかどうか、見当もつかない。

 権力は、教会=世界から国家に移り、権利という形で個人にまで降りてきた。権利の保証は国家が行うから、疑似権力でしかないが、一度認めた権利を取り上げるなどという下策に走る事はありえないから、その国家の法の通用する範囲内において、権利は権力と同じものとして流通する。

 支那の法輪功弾圧に見るように、信仰の自由を認めていない国家もまだある。原理主義的信仰も無神論も、信仰の自由を認めない。
 無神論もまた、不寛容という点では宗教原理主義と違いはない。


2017年7月8日土曜日

神の普遍と歴史の遷移、あるいはその逆 権力の吐息 3

 ローマが君臨した時代を古代と呼び、ローマの支配域をヨーロッパと呼ぶ。そして、ローマを継承する格好になったカトリック教会がヨーロッパに君臨した時代を中世と呼ぶ。
 ヨーロッパ各地の領主、王たちは領土の確保と拡大のために戦争をしなければならず、その費用を作るために借金に追われた。
 王侯に金を貸すのは教会で、欧州全域で徴税権を持っていたため、金があった。
 カトリックは強欲だったのか、欧州全域に総取りを要求し、かなり成功していた。
 カトリックの支配域を世界とも呼ぶ。これもローマから継承している。世界と言う時のモデルは、今でもこれだ。この世界で教会は大きな権力を築き上げていた。

 ローマは文明としては、エジプト経由でギリシアを模倣したものだから、多神教だった。色々な神を各々の集団が信仰していた。拝火教系のミトラ教が大きな力を持っていたともいう。キリスト教徒は嫌われており、競技場でキリスト教徒の処刑ショーが行われた時期もあった。格闘見世物よりも、キリスト教徒処刑の方が安上がりに市民を興奮させ、喜ばせたのだという。キリスト教は嫌われていたから、ローマ市民たちはそれが処刑される爽快感を満喫した。残虐で恐ろしい話だが、歴史にはこうした人間性の暗黒面が時々噴出する。
 そのキリスト教が市民権を得て勢力を拡大し、他の宗教を駆逐して行った。そしてローマを掌中に収めると、ローマ教区が他の教区から独立してしまった。そして、カトリックと名乗った。他の教区はオーソドクスを名乗る事になる。

 随分と後になるいが、近世に興るプロテスタントは、カトリックからの枝分かれだ。プロテスタントの諸派は、教会1つにその教会のあった町という小さな分派まであったようだ。教会の司祭の人柄と考え方でプロテスタントと見なされる事となり、運が悪ければ宗教戦争で町ぐるみ皆殺しにされた。この頃には、もう、カトリックは殺す側となっていた。その災難を避け、町ぐるみアメリカに移住する例もあった。
 アメリカの田舎で教会が1つ、住民のつながりが深い町は、そんなプロテスタントの落人村の歴史が秘められているなんて事がある。

 中世に戻って、アジア(中東)で、ユダヤ教から破門されたマホメットが興したイスラムが広がり、大きな勢力となると、ヨーロッパ・カトリック世界を外側から脅かすようになる。
 摩擦のきっかけは、王侯がイスラム商人から買った物の代金を踏み倒したからだとか、教会が異教徒にひどい通行税をかけたためとも言われる。ありうる話だが、もっともらしすぎるかもしれない。
 また、正教勢力がイスラムの後押しをしたという説もある。
 イスラムは、時期や場所にもよるが、キリスト教徒やユダヤ教徒(ユダヤ人)とうまくやっている事も多かったので、様々な勢力が味方についた可能性はある。

 イスラムが強大になり、カトリック教会は十字軍の派遣を号令するが、理由は現在でもわかっていない。わけがわからなくても歴史は大きく動くというだけだ。そして、曖昧に終わった。

 十字軍戦争のカトリック側の大きな収穫はリベリア半島だったろう。イスラム勢力からここを失地回復した教会は、スペインとポルトガルという新しい2つの国を作った。そして、子午線で世界を2つに分割し、2つの国に分け与えた(後に、大帝国を形成した英国は、ポルトガルから支配権を買ったかもしれない)。

 このスペイン、ポルトガルの建国によって、イスラム支配時代に住んでいたユダヤ人が困った立場に追いやられた。キリスト教徒はユダヤ人を嫌い、弾圧した。この時、ユダヤ人はイスラムと一緒に退いたユダヤ人を追ってアフリカに行く者、イタリアなど、ヨーロッパ圏内に移る者、そして、キリスト教に改宗する者とに別れた(後に宗教改革に対抗してプロテスタントと果敢に戦ったイエズス会は、この改宗ユダヤ人によって設立された)。

 後に、マルタ騎士団が、スペインにユダヤ人の奴隷市場を作ったのも、スペインがカトリックの独裁帝国だった事が理由かもしれない。ユダヤ人は、スペインにユダヤ人奴隷の買い取り機関を設置し、マルタ騎士団から買い取っていたという。もちろん、奴隷市場はカトリックの許認可がなければ作れなかった。

 イベリア半島からヨーロッパに難を逃れたユダヤ人の中で科学知識のある者は、当時の科学者の別名である魔術師になった。天文学者は占星術が出来たし、化学者は錬金術師だった。医師には有名なパラケルススがいるが、これも占星術を医術に応用していた。科学と魔術が別れるのは、20世紀に入ってからの話になる。

 その結果、カトリックが魔術に熱中して行く。新しい技術は魔法であり、その技術を裏付ける知識は高等魔術だった。神学研究者である上位の修道士たちは、修道会の中でそうした知識に触れる権限を得て魔術に没頭しはじめた。
 後に恐怖の異端審問で名を馳せる事になるドミニコ会などは、一時期、魔術に浸りきってしまった。
 こうした傾向が顕著になり、見逃せなくなったのだろう、カトリック教会は魔術を異端とする。火刑に処される修道士もいたし、生涯、牢獄につながれる修道士もいた。ただし、牢獄の生活が修道院生活とどれほど違っていたかわからない。
 この結果、異端を出したドミニコ会は急転回し、異端審問を担うようになる。同会は今でも、カトリックの憲兵のように言われる事のある存在となった。

 ハインリヒ・ハイネがある地方の異端審問で名を馳せる修道院が、実はギリシアの異神を信仰する教団に乗っ取られていたという短編を書いているが、ギリシアからローマを経て、カトリックに流れ込んだそのようなカルトがあっても不思議ではない。ハイネは誰かからその伝承を聞いたのかもしれない。

 カトリックの内部粛清だった異端審問が始まった後も、魔術はカトリック内にはびこり続けた。これを徹底的に批判し、糾弾したのがマルティン・ルターだった。
 バチカン内では、ルターの占星術を行ったという。もしかしたら呪いの魔術をかけたりしたかもしれない。その結果がプロテスタントであり、宗教戦争だった。

 

分配と総取り 権力の吐息 2

 トランプ大統領を批判するのは、評論であり、政治的行為ではない。政治的行為というのは、相手が誰であろうと交渉し、自分が代表する側(つまり、代表する利害)に少しでも有利な方向に持って行く事だ。トップに立った側が他の利害関係を無視して総取りをしてしまうような事は、狭い範囲ではありえるかもしれないが、先進国の国家規模ではありえない。そんな事をすれば社会が不安定になり、トップの側の利益も損なわれるからだ。
 交渉には相手を尊重する事が必須だ。もちろん信頼も不可欠だ。信頼と尊重を損なう批判など無益だ。そんな事をしている時間もない。あるとすれば、政治行為をしているのではない。
 これが基本だが、相手を力で押さえつけねばならない場合は、交渉の余地はないという事を示すために批判が行われる。もちろん、力を行使している間に、裏で交渉を行う事はよくある。

 元々不安定で、不安定である事から利益を引き出しあっている地域では、利益を総取りにすべく敵を皆殺しにする。その利害とは、ひとつの、あるいはいくつかの部族の利害であり、他の部族を殲滅する事が利益になると信じられている。
 共産主義の一党独裁というのもこれと同じで、他の党派、政治潮流を「反革命」として断罪し、存在を許さない。こうして共産党が利益を総取りし、独占する。彼らエリートの腐敗は、様々に語られて来たから繰り返さないが、共産党幹部や政府官僚など、エリートは腐敗しきっていた。これはロシアに限らず、東欧圏、支那、キューバ、ベトナム、北朝鮮も同じだ。野蛮丸出しだ。
 マルクスが「原始共産制」と読んだのは(エンゲルスだっけ? 宇野弘蔵じゃないよな)、こういう事ではないと思うが、読んでいないので知らない。もちろん、読む必要も、知る必要もない。

 共産主義は共産党が代表する利害以外は退けるので尊重も交渉も信頼もない。効率的なようだが、すぐに停滞する。無残な失敗が累積していたが、世界中の共産主義者、進歩派リベラルが失敗を隠蔽し、嘘を喧伝した。彼らはそれが良心的行為だと思い込めたからだ。良心というのは、時々、こうした暴走をする。良心が理性や知性よりも感情を優先する。理性や知性は、感情に負ける事が多い。
 良心をこのように発動させたタタリは理性、知性の劣化として現れる。多くの知識人が歪んだ良心のせいで知性を劣化させ、残骸として生きている。反原発だとか、脱原発だとか言って復興の脚を引っ張っている知識人たち、頓珍漢な護憲憲法学者たちは知識人の残骸でしかない。無用だからとっとと廃棄した方がいいが、廃棄場がない。

 日本の国会では、幼稚な野党が、幼稚なマスコミの筋の悪い騒ぎを国会に持ち込んで、立法機能を麻痺させようとしたが、無理だった。当然だ。
 立法府に議員となって奉職しておきながら、機能麻痺を目論むというのは破壊工作だ。そんな事をするのは、潜入工作員も同然だ。ただ、あまりにも能力が低いので雇ってもらえないだろうけどね。

 互いを尊重しあいながら、対立や違いを、できるだけ現在を反映した政策に落とし込む努力が大切なのに、感情や予断に左右され、言葉尻や重箱の隅ばかり突いているようでは、あまりに馬鹿馬鹿しいから、さっさと多数決で決めてもらった方がいいと思えて来る。バカバカしさの原因は野党にある。
 多数が少数の意見を尊重しようとしている時に、少数は多数の意見など無視している。これは歪んでいるし、おかしい。野党の人たち、気がついて・・・無理か。
 こんな事をしていると、野党は日本共産党のフロントにしか見えなくなる。本当にそうなのかな?

権力は、法律、規則、手順で縛られているし、それは極限化する。超越性などどこにもなくなって行く。権力はきらびやかな宮殿ではなく、殺風景な事務所で運営されるものとなった。征服者から事務屋の手に渡り、絶対的で絶大なものから、相対的で小さなものとなる。
 色々な人の間で、権力観がズレている。その権力観のズレが、時に歪みを生み出すのはしかたのない事だ。その歪みが政治を後退させる事もある。それは、歪みを正すために後退が必要だっただけだ(都民ファーストの話だけど、間違った権力観を体現している毒吹き女の事なんか、わざわざこれ以上は言わない)。

 権力の超越性の度合いを大きさとしてとらえると、時間とともに権力は小さなものとなる。QHGよりも、今の政府の権力の方が小さいのは、日本が属国だからではなく、権力が小さくなったからにすぎない。
 権力の大きさを固定しておいて考察するのは、簡単のためにはなるかもしれないが、特殊な操作をしている事を忘れてはいけない。また、高度な考察は出来ないので、予備的な考察に留めるべきだろう。

 ISISやタリバンの指導者の方が、アメリカ大統領よりも大きな権力を持っている。また、ロシア大統領や、支那の首席、北朝鮮の最高指導者の方が大きな権力を持っている。この大きさとは、それが影響力を持つ範囲内での絶対性、超越性の事で、それは同時に閉鎖性でもある。
 アメリカ大統領は大きな影響力を持っているが、閉鎖性はより少なく、絶対性、超越性はかなり卒業出来ている。
 この大きさを、総取りのパーセンテージで数値化できる。小さなパイでも全部取れば権力としては大きい。大きなパイであっても、いくつかに別けると権力は小さくなるという風に考えられるかもしれない。

 この事は人類にとって、とても大きく、重要な意味を持っている。


2017年7月7日金曜日

多様性って、外国人に我慢する事だぜ 権力の吐息 1

 三権分立と言うが、それは権力を司法、立法、行政に分けるという考え方だ。立法機関としての議会があるという事で、議会制民主主義に即した制度という事になる。

 議会を持たない王権だと、王様が一人で超法規的存在として、臣民を思いのまま支配する。これだと、戦争をするのに軍隊に困る。臣下とその指揮下にある騎士や傭兵で軍隊を構成しなければならなかった。傭兵には支払いをしなければならなかったし、臣下には褒美をやらねばならなかった。そこで、都市を占領したりすると、軍隊に略奪を許し、褒美代わりにした。
 金品は強奪され、女は強姦された。修道女も同じだったという。
 それでも、王様は常に借金をし、困っていた。臣下も、貴族だ領主だと言っても金欠で、王妃だ、領主の妻だと言っても、畑仕事をさせられていた。彼女たちが夜会だ舞踏会だと着飾るのは、若い騎士たちを惹きつけるためで、畑仕事の合間に上品なふりをして騎士に微笑みかけると、うまくいけばその騎士は躊躇せずに死地に赴く。
 これが恋愛というものの始まりだそうで、王だの貴族だの言っても、女房にしてみればロクでもない亭主にすぎないから、若い男が自分にのぼせ上がってくれるなら、可愛いだろうし、なびく事もあっただろう。つまり、お血筋なんてアテになるものではない。
 ロシアのエカチェリーナも、愛人関係を通じて軍隊を掌握し、夫を殺害し、女帝となった。
 絶対権力を持つ王権は、権力のイメージとして最も一般的かもしれない。業務で権力を運営する普通の人というのは、わりと想像できないようだ。そこで、議員になったりすると、王様気分で威張り散らしたりするが、頭の悪さと器の小ささを際立たせるだけだから、面白い。

 現在では、行政が最も権力を持っていると考えていいと思う。
 官僚がかなり勝手に行政を運用しているのが、各国の問題のようだ。官僚の権力は歴史的にも大きな問題で、小さな政府などという考え方も、行政権力の抑制が目的だ。
 トランプさんがメキシコ国境に塀を作ると言ってアメリカ大統領になった背景に、行政エリートが「多様化」などと言いながら、一方的に南米移民を優遇した事に対する不満の蓄積があったと見る意見もある。
 最近、日本でも「ダイバーシティ」とカタカナ化した「多様性」推進議論が普及して来ているが、これ、各国で失敗してる話だから、気をつけた方がいい。
「カルチェラル・ダイバーシティ」というと、文化的多様性という事で、移民にこちらの文化を強要するのではなく、移民の文化も同等に扱おうという立派な考え方なのだけれど、移民の方は、それだったら自分たちの文化だけでいいとなり、多様化しない。
 相互性のない多様化は、理解にもつながらず、対立と不満しか生み出さない。
 英国もそうなってしまったし、アメリカも不満が蓄積している。
 この多様性の失敗が、ISの影響によってテロの下地となってしまった。テロはめったやたらと移民を受け入れようというメルケルだけの失敗ではなくて、多様性などを掲げていい顔をしたがったリベラル・エリートの責任でもある。

「君たちを受け入れよう、認めよう。多様化だからね」
 と言っておいて、それじゃ、受け入れられたと認識していたら、言葉が出来ないと仕事をさせてもらえない。会話は出来るからいいだろうと思っていたら、読み書きが出来ないから雇えないと言われる。
 それじゃ、最初の話と違う。多様性でも何でもないと不満を持つようになる。

 一方、受け入れる側は、
「柔軟に、多様性で行きましょう。心を広くもって、労働力なんですから」
 と言われ、そんなものかと思っていたら、相手はまったく柔軟性がなく、自分たちの文化に固執して、押し通すだけだ。住み着いた一帯は貧民街になるし、働きもしないで犯罪者ばかりになる。働きたいと言うが、言葉もわからないのだから無理だ。それに、怠け者で頭も悪く、勝手なことばかりする。こんなもの多様性でも何でもない。あいつらに身勝手をさせてるだけじゃないかと不満を持つようになる。

 こんな感じだろうか、英国のどこだったかな、パキスタン人移民の若者たちが、地元英国人貧困層の娘たちを長期間に渡って、常習的に強姦虐待していたのだが、多様性政策の時期で、警察も見てみぬふりをしていたのが発覚したなんて事があった。
 イスラムは女権など認めないから、多様性と女権は相容れなくなる。多様性などという言葉で、管理を放棄するとそういう悲惨な結果になる。

 いくら口当たりのいい言葉だろうが、軽率に多様性などに乗って、後で我慢に我慢を重ねるなんて愚の骨頂だ。わざわざやるような事だとは思えない。

 行政エリートの失敗は、こういう形で取り返しのつかない結果になる可能性が高い。失敗のツケを払うのは国民だから、不満が蓄積すると、反エリートの色彩が強いトランプさんのような人がトップに立つ事になる。
 トランプさんをポピュリズムだとする批判があるが、その反対側にエリート主義がある。大衆対エリートの対立が、選挙で決着するというのは平和でいい。結果に不満で、暴力を奮ったり、暴言を吐いたりしている人たちは、わがままで思慮が足りない。
 トランプさんが完璧だというのではなくて、トランプさんをトップにさせたシステムが立派だと言いたい。そのシステムがオバマさんを大統領にもした。残念ながら、オバマさんはあまり評価できる大統領ではなかったけれど、でも、オバマさんを大統領に出来るシステムは立派だ。
 そのシステムがトランプさんを大統領にしたのだから、それはそれで尊重するのが、平和を重んじるという事につながる。


2017年7月6日木曜日

ふーん、凄い事考えるんだね。どっかの馬鹿議員みたいだね

 北朝鮮が原発をミサイル攻撃する可能性があるとして、大阪府内の住民が、福井県高浜町にある関西電力高浜原発3、4号機の運転差し止めを求める仮処分を大阪地裁に申し立てたという。

 あの、北さんとしても、高浜原発を狙うよりも、大阪府を狙った方がはるかに楽で攻撃効果が見込めると判断すると思いますよと言っても、こういう人は説得できないだろう。
 この人の頭の中では、原発が最も危険なのだと推測出来る。そこで、確率計算などしないで、そして、原発へのピンポイントのミサイル攻撃の難しさなどまったく考慮しないで、ミサイル攻撃の可能性があると思い込み・・・まあ、妄想というとカドが立つだろうから・・・仮処分申し立てをしたのだろう。

 原発も含めた核施設の攻撃というと、イスラエルが実際に行っているが、ミサイルを撃ち込むといったやり方ではなく、攻撃戦闘機部隊による空対地小型ミサイル攻撃を行っている。ビル・クリントン大統領時代に米軍が、ビンラディン処刑のため、アフガニスタンにミサイルを撃ち込んだが、爆発すらせず、地面に転がっただけだった。クリントンさんは、ホワイトハウスで女の服に精液こすりつけてただけじゃなく、ちゃんと、軍事行動にも取り組んでいたのである。
 イスラエルの攻撃目的は、核兵器開発のための施設の破壊で、相手国に打撃を与える事ではないから、こんな細かく、面倒な事をやっている。ただ、相手に打撃を与えるのが目的だったら、やはり東京、大阪といった都市の攻撃になる。点ではなく、面のどこに着弾しても損害だけでなく、精神的衝撃を与えられる。
 
 仮処分申し立てをした人、これに共感する人、もしかしたら出て来るかもしれない共感するマスコミ、こうした安心教に何を言ってもはじまらないだろう。
 安心カルトや進歩カルトは、無知丸出しにして、阿呆陀羅経を唱えるだけだから相手にできない。残念ながら、理解しようとしなければ、言葉は通じないからだ。

 彼らと、彼らの発する雑音の相手などしなくていい。阿呆陀羅は無視して、私たちは、目の前の危機と現実を直視し、耐えるべきは耐え、冷静に行動する必要がある。














実に見下げ果てた振る舞いだ

 左翼って古い。今でもマルクスとか、ロシア革命とか勉強したりしてるのかな?
 マルクスはロシア革命までマイナーで、ロシア革命をちょろまかしたレーニンのボルシェビキがマルクス主義派だったせいで一躍革命思想の主流に躍り出た。だからマルクス主義は、ロシア・マルクス主義の事だとしていいと思うけど、もう崩壊している。
 ロシア革命の過程をいくら研究しても、レーニンがドイツから金もらって、その金で革命派を皆殺しにし、革命をちょろまかしたなんて話はお勉強しないんだから、役に立つわけない。
 第一次大戦中のドイツが、対仏と対露の二面作戦をやめ、西部戦線に専念するためにレーニンに資金提供し、レーニンは、金でかき集めた与太者を使って、フランスと協調して戦線を維持しようとした革命政府を襲撃し、「反戦」の美名のもと、ドイツを利するために奮闘した。そして、レーニン派にとってはめでたく、人類にとっては不幸な事に、革命政権乗っ取りに成功した。
 ロシア革命そのものは、アナーキストがやり遂げたものだったが、その後、マルクス主義が革命思想とされた。まあ、おかげで、世界の革命はロシアによって抑止された。

 ソビエト・ロシアは国際組織コミンテルンを作り、各国の支部を共産党と名乗らせた。下部組織間の独自連絡はさせず、縦割りでガバナンスした。
 ボルシェビキがロシア革命を成功させたという嘘はそうやって定着した。
 でも、本当は、ロシアが軍事的に併合する事が「革命」の正体で、各国の共産党は、政治宣伝や、秘密党員を政府に送り込むといった工作活動を担えば良かった。独自に革命でも起こされては困ると考えたのだろう。

 革命の総本山、ソビエト・ロシアの指導により、ロシア革命を成功体験と見なし、革命志願者たちは、それを追体験する事が革命運動だとして、実践修行によって高い境地に到達しようとしたが、残念な事にその成功は嘘で固められていた。こうなったら、もう共産党はカルトだ。

  フランス革命の無残な経過を見ると、ジャコバンというか、アナーキストも虐殺やるだけだからポルポトと変わりない。まあ、ポルポトはフレンチ・マオイストだけども、ともかく、そういうんじゃ話にならない。
 フランス革命後、フランスの労働団体から英国に派遣された人たちが、英国の労働者の方がはるかに権利を勝ち取っている事に驚いたという話があるが、革命などあっても足しになっていなかった。

 人民の幸福、民主主義、社会の進歩といった目的なら、日本はどの共産主義国よりも先進的にやりとげている。そんな事も認識できないから、時代とズレてしまう。今の日本で戦前への回帰を望んでいるのは、日共と、プロ市民も含めたその支持者たちだけだろう。
「戦前に近いものを感じます」
 てな寝言を言ってるのは彼らだけだ。きっと、彼らはいつも戦前を考え、夢見ているのだろう。

 共産主義カルトがお呼びじゃないというのは、そういう事だ。現実の課題は、彼らが思い込んでいる教条の、いくつも先を行っている。

 ロシア革命の時点から、マルクス主義は暴力、破壊、支配、絶望、嘘、強制、圧政、監視国家、戦争、抑圧、差別、富と権力の独占、隠蔽、陰謀といったものしか生み出して来なかった。このリストはもっと引き伸ばせるが、うんざりするだけなのでやめておこう。
 共産主義者たちが、取りざたしたがるこうした悲惨は、彼らの背後で、共産主義国家においてこそ、最大化され、固定した。それでも、彼らが考えを改めず、共産主義を支持するなら、それは、口で言っている内容と裏腹に、そうした悲惨を肯定し、悲惨を生み出す側に立つという事に他ならない。

 恥ぐらいは知れ。















2017年7月5日水曜日

情勢が不穏だと、色んなものがわいて来るね

 安倍政権が「1強」と言われるほど強く支持されているのが問題だと思うのはおかしな考え方だ。支那海軍が領海侵犯行為を繰り返し、北朝鮮が核爆弾とミサイルを保持してしまう緊迫した近隣情勢の中で、この人なら頼りになる、この人の話なら聞いてみようという人が他にいないだけだ。「1強」ではなく、「全弱」なだけだ。
 もちろん、問題は強い方ではなく、弱い方にある。まともじゃないんだもん。

 金大中(きんだいちゅう)の太陽政策も、文在寅(ぶんざいいん)のプロポーズ大作戦も無様な結果になっているのを見れば、北朝鮮の気違い相手にソフト路線などありえない事は、リベラル派でも理解できなくてはおかしい。保守派であっても、戦争など嫌に決っている。それを、好戦的な北朝鮮にきちんと対応しようとすると、まるで戦争をしたがっているかのように言って回る行為は、北朝鮮に味方しようという反日第五列のものだ。

 なぜそのような馬鹿げた行動がとれるかというと、鈍感で馬鹿だからなのは確実だが、それに加えて自分が人道的な善行をしているという意識があるからのようだ。
 そんなものは幻覚でしかない。進歩主義というのは覚醒剤効果があるようだ。

 戦争になるかもしれない現実に向き合う者の足を引っ張ったり、罵詈雑言を投げつける事が、戦争を防ぐ道ではない。平和のために、戦争を不可能にする以外なくて、軍備を整えねばならない場合もあるのを理解できなくてはいけない。ロシアがクリミアで何をしたのかもう忘れたのか? (あ、ロシアじゃなくて、親ロシア派って事になってるんだった。ロシア製というか、ロシア軍の武器を使う、ウクライナにいるロシア人の事を親ロシア派というだったね)。弱ければそこにつけこんで攻め込んで来る敵もいる。相手に出来心を起こさせないためにも、スキを作ってはいけない。

 残念ながら、人類はまだそんな所でウロウロしている度し難い種のままなのだ。

 






Joyce Cobb って凄ゲェいい

 アメリカとか(フランスもかな)、21世紀なんだし、女の機嫌をとろうとして「愛してる」とか言う野蛮な風習はもうやめた方がいいんじゃないかな。
(でも、本当にそんな事してんのかな? 移民が来ないようにする都市伝説かもしれないな)







2017年7月4日火曜日

きっと、流刑地の冬は寒い・・・

 ちょっと信じられない馬鹿な発言をした原田泰・日本銀行政策委員会審議委員だけど、早いとこ更迭して、今後はどこが引き受けてもとばっちりを食う事になるから、豊田真由子に秘書として引き受けさせたらどうかね。原田なんか、死んだっていいんだから。
 豊田真由子は議員としての未来はないから、今後は流刑地として、問題ある馬鹿を秘書にするのを仕事にして行けばいいだろう。

 原田は、経歴だけで内容のない人間の典型だ。ちょっと、爺ィ共、全員に国際常識試験とかした方がいいんじゃないか。他にも低能がいそうだぞ。

 豊田流刑地で原田が過酷な日々を送っているのをビデオ撮影してサイモン・ウィーゼンタール・センターに送り、あの男はこうしてありますと報告すれば、許してもらえ・・なわけねえな。

 原田の馬鹿は、本当に一刻も早く更迭すべきだ。





やっぱ、アロマとヨガかな

 トランプ米大統領が、金正恩(きんせいおん)の事を、
「あの男は、他にやる事がないのか」
 と言ったという。
 同感。






猫のお爪を切らないと、痛くてしかたがない

 本を読んでいたら猫に邪魔された。しかたがないのでナデナデして可愛がった。猫に負けて遊んでいるのは楽しい。

「革新でござい」と言っている革新陣営(「ござい」という言葉で「革新乞食」だと揶揄しているわけではありません)は、無意識にだろう、「新しい」と「良い」を混同している。新しいからと言って良いわけではないし、古いからといって悪いものでもない。

 ドイツ観念論系の考え方だと、政治は理想を達成するための方法だが、英国経験論系の考え方における政治の役割は利害の調整になる。
 ナチズムだって、あれはあれで理想を追求する革新運動だったのだから、問題なのは理想の内容なのはあたりまえだ。
 経験論系の利害の調整という考え方に対して、日本では嫌な顔をする人がいる。金権的な汚らわしい権力を想像するのかもしれない。
 利害という場合、誰の利害なのか、どういう利害なのかが問題になる。労働者の利害もあれば資本家の利害もある。南の地方の利害もあれば、北の地方の利害もある。利害の調整を通じて、その関係者に政治的利益をもたらすというのは、それほど悪い考えではない。
 特に、政治の限界をわきまえる事は権力の暴走の抑止につながる。
 これが理想追求型の権力の場合、歯止めがない事は、20世紀の経験で明らかだ。

「改革」もいいかどうかは内容と結果による。浅い考えで、何でもかんでも改革すればいいと思いこんでいる人というのはいるけれど、迷惑なだけという事が多い。

 支那武術では、変化というのは物事が満ちた時に自然と変わる機があるから、そこで変化をする。変化は同じであるために行う。敵との関係で優位にいたら、変わる必要はない。しかし、敵が動いて優位になろうとしたら、こちらも変わらねば優位を保てない。それが同じであるために変わるという事だと教えてもらった。
 変わる事を自己目的化してしまうと、自ら優位を崩してしまいかねない。読みが浅かったり、考えが浅い者は信をおけないのはこういう理由だ。

 内容のいい革新であれば結構だが、戦後の日本共産党を家元とする「革新でござい」が良かった試しはない。日本をソ連に売り渡す事ばかりを考えていたのだから良いわけがない。表向き何を言おうと、それを真に受けてはいけない。
 日共の言う事は真に受けて、自民党の主張は裏を読もうとするというのは馬鹿げている。

 憲法改正は革新だ。「テロ等準備罪」も革新だ。自衛隊の国軍化も革新だ。これはとても良い革新だ。「革新でござい」とは違う、本当の革新だ。これが革新だと理解できない人は、骨の髄まで反動だと思う。
 昔の流行作家が「テロ等準備罪」成立で日本が孤立すると言った。
 おいおい、これを成立させないと孤立するんだよと呆れた。嫌なものを見せられたもんだ。情弱劇場の出し物は本当に出来が悪い。

 猫はもう眠っている。






消えたマドンナたち あるいは、消えるべくして消えたおばさんたち

 昔々、土井たか子という人がいました。アニメの「笑うセールスマン」に出てくる喪黒福造によく似た顔の婦人で、憲法学者でした。社会党(現社民党)の党首になって人気が出ました。それで選挙に女性候補者を沢山立てました。沢山当選しました。マスコミはこれを「マドンナ・ブーム」と呼んでもてはやしました。
 土井たか子さんは「山が動いた」と意気込みましたが、そこが頂点で、その後の社会党は凋落の一途を辿りました。

 そんな事はよくあります。







都民、やっちゃったね

 小池百合子が強いのは、他が真面目にやっている時に、私利私欲で抜け駆けをするからだ。ズルのいいとこ取りをした後の誤魔化しは雑だが、今のところはマスコミの能力が低いのと、反自民なら何でもいいというシフトになっているので格好がついて来た。
 これを勝負強いと勘違いしてはいけない。内容のない嘘は結局バレる。だから、自民党は動揺しないで再建に取り組めばいい。演出やマスコミ操作などは枝葉の事だから、そんな事に血道を上げる必要はない。そこで苦労しても、あまり成果が上がらないのは経験済みだと思う。

 小池は、築地の移転でやったように、人質をとって人を困らせながら点数を稼ごうとする。オリンピックは人質だし、東京そのものも人質となった。まあ、我慢して失敗するのを傍観するしかない。結果は無残でも、都民の選択なのだから引き受けるしかない。

 しかし、まあ、やっちゃったね。





2017年7月3日月曜日

手応えのあるウンコをすると、俺も男だと感じる

 湿度と低気圧・・・参った。降参だ・・・

 ののしり議員の豊田真由子、ああいうのは他人にやっちゃいけない。女房だったら、あのくらいいくらでもいる。家庭内豊田だ。

 豊田真由子の亭主はどうやりくりしてんのかな?

 男をゲンナリさせる女ってのは、沢山いるというか、実は全部そうなんじゃないかと思うようになった。

 女に権力を持たせると、大抵はダメだね。残念ながらね。本当に頭のいい女は、政治家なんかになろうとしないのかね。馬鹿馬鹿しい仕事だからね。

 自分の指揮下で仕事をしている人間を使用人と間違える人ってけっこういるよね。区別がついてない。馬鹿の典型だ。

 昔、クレージーキャッツの桜井センリがよく割烹着着て女房役をやっていた。亭主はハナ肇で、名前は野々山さんだった。これはハナ肇の本名だ。ザ・ピーナツは野々山さんの娘だったから、母親は桜井センリになる。
 桜井センリは楽しい時に「ケケケ」と笑うのだけれど、これを聞くと何だか色々と嫌になった。でも、今、女というものは、本質的に割烹着の桜井センリだと思うと、とても納得ができる。
 これは、救いもないし、好ましくもないが、否定しきれない認識のように感じる。

 男ってのは、女の気にいるようには出来ないものだ。女房に頭があがるようじゃ、男とは言えない。






共産党、マルクス主義は、人類に対する反動なんだけどな・・・

 日本共産党をはじめとする左翼は、自らを「革新陣営でござい」と称している。そして、共産党が敵対する自民党を「保守反動」と規定して来た。
 保守というのは、現状維持で、反動というのは前時代に逆行しようという事だから、「保守反動」というのは矛盾している。これはそんな事を言っている側の考え足らずが恥ずかしいのだが、単なる悪口で「お前の母さんデベソ」と言っているのと同じだから、矛盾などどうでもいいのだろう。「革新陣営」さんたちは感情が理性に勝っている。

 ファシズムは反動思想だと思われているが違う。イタリアとドイツというヨーロッパの出来事なのでいいだろうと判断して、ワイマール期と言うが、イタリアのファッショにしても、ドイツの国家社会主義にしても、ワイマール期の革新思想であり、革新運動だった。内容的にもロシアのボルシェビキ・マルクス主義とそう変わらないから、ロシアのマルクス主義を入れてもいい。
 イタリアン・ファッショはサンジカリズムの展開だったし、ドイツ・ナチズムは未来の第三帝国に向けての革新運動だった。ナチスが第二帝国復古を言ったのなら反動だと言えるが、第三帝国だったのだから革新になる。
 ドイツにおいて、共産主義とナチズムは革新競争をし、ナチスが勝ったために、共産主義者の多くがナチスになった。これは転向者にとって革新運動の乗り換えに過ぎなかっただろう。

 ソ連のスパイ、ゾルゲ機関にいたドイツ人たちにも、ナチスへの転向を考える者が続出していた。ソ連は捕虜交換を断る事で日本にゾルゲを殺させたが、露探の末路などそんなものだ。

 日本の明治維新の「王政復古」「尊皇攘夷」も、江戸時代においては革新思想だったのは誰にでもわかる事だと思う。
 これに対してフランスの王権派は革命に対する反動勢力になるだろう。
 ナポレオンはどうだろうか? ジャコバンの目に余る恐怖政治を経た革命フランスをまとめたという風に見ると反動とは言えないかもしれない。フランス革命の内容があまりに悪かったから、ナポレオン支持者にはそれなりの説得力があるかもしれない。

 ヨーロッパはローマ帝国に対する独特な深い敬愛があり、反動の根元がローマにあるように思える。ローマ帝国がヨーロッパを支配した時代が古代であり、カトリック教会がローマに陣取り、ヨーロッパを支配した時代を中世と見なせる。カトリック教会もローマ帝国の延長だ。ブルボン王朝は、カトリック教会に色々とちょっかいをかけていたから、フランス革命の前には、イエズス会が反王政の陰謀を画策していた。
 カトリック教会の積極的な部分は反動だろうし、穏健な部分は現状維持だと考えられる。これは一般的モデルを適用しただけだから間違っている可能性がある。
 教会を反動だと見ると、ブルボン王朝は相対的に革新的な役割を果たした場面もあった。また、ナポレオンは、抵抗するマルタ騎士団修道会を撃破した後、武装解除を行ったが、イスラム軍ですら、マルタ騎士団に武装したままの投降を許したのを考えると、厳しい対応だった。

 これらをまとめて反動と規定すると、反動の中に対立があったですませられるが、そうしてもいいかどうかは疑問だ。ヨーロッパでは法律に関して今でもローマ法、ナポレオン法典が参照される。つまり、このあたりはかなり深いところまで考察しなければならないし、ラテン語の力も必要とするかもしれないので、とうてい無理のような気もする領域だ(おそらく放置するだろうが、これは一応宿題としよう)。


 もっと近いところで言えば、ロシアでボルシェビキ権力復活を目指したら反動だ。東欧圏でソ連圏再建を目指したら反動だ。これはわかりやすい。

 チベット人が中共帝国主義に賛同し、支配を賞賛したら売国奴の反動だ。これもわかりやすい。

 色々と書き連ねて来たが、日本共産党は保守も反動も革新も、こんな風に、歴史に照らし合わせ、実情に鑑みと手間をかけて考えてはいない。彼らはこう思っているだろうと考えられるのは以下だ。

 自分たち=革新
 自分たちと遠い=保守反動
 自分たちに近い=革新陣営

 こういう相対的な位置関係を、あたかも絶対的なものであるかのように考えているだけだと考えても、おそらく少ししか間違っていない。
 その革新が、ソ連や支那によって保証されていたにすぎないのはもちろんだ。

 そういう事だから、何をするかではなく、誰がするかが問題だった。
 物事を改め、良くして行こうとしても、自分たちとは遠い自民党がやろうとすると反対して来た。言葉の本当の意味での革新を、彼らは邪魔して来た。
 そして、彼らがやろうとしたり、やって来たのは、自分たちに近い者の利益になるような政治的誘導だった。公務員の革新陣営支持者の利益、朝鮮人、支那人を優遇を誘導して来た。
 彼らは日本国民の利益を差し置いて、いや、不利益になっても、公務員の既得権益、利権、外国人の優遇を保守し、拡大しようとして来た。
 彼らの感覚に即して、その理由を言えば、日本人はマルクス主義によって浄化されていない、汚れた者たちだからだ。

 自民党は、色々な手合がいて怪しい者たちもいるが、本筋として、物事を改革し、刷新して来た。言葉の本当の意味での革新は自民党が担って来た。
 それに対して、共産党などの「革新」陣営は、言葉の正確な意味での「革新」ではなく、偽革新であり、自民党の革新を阻害する、(そういう意味で)「反動」であり続けた。

 共産党は看板だけの「革新」であり、実際は最も反動的な反動だ。
 反動の仲間の民進党も反動だ。

 今、自民党と維新の会は革新的だが、おそらくそうした自覚はあるはずだ。ただ、一般的に「型」として流通している「革新」と「保守」の区分けがあるため、自らを保守とするしかないのだろう。実に馬鹿馬鹿しい事だ。