2017年6月11日日曜日

進歩派って、停滞や反動を生み出すだけだし、自分たち自身一度も進歩した事がない

 今時、共産党をはじめ、左翼というか進歩派というか、そういう連中の言う事を真に受ける方がおかしいんだけど、年寄りは自分の知ってる(と思ってる)事で朦朧と感想を持ち、テレビから仕入れた「意見」を持ったりする。
 新聞を読むのは年寄りだけなので、年寄りの知らない(あまりにも多くの事)はない事にして、新聞は年寄りが知ってると思ってる事を、知ってると思っている通りに「報道」する。
 左翼には、まったく内容がないが、その形骸は年寄りが知っていると思っている事に適応する。ここから何か役に立つ内容を引き出すには、病理の症例として見る以外にないかもしれない。
 今のメディアのザマは、高齢化社会の社会的脳軟化の症状みたいなもんだ(これ、比喩だからね)。



 左翼が情報弱者、高齢者に対象を絞るのは、行き場を失った結果にすぎないのだが、他にない戦略だ。指導者の高齢化と、組織の若返りに失敗した結果、依拠する層は高齢者しかいない。ビジネス・モデルとして見れば、最も切羽詰まったリアイアメント・ビジネスとして、左翼政党・集団、マスメディアは同じ市場でコラボレートする事にメリットがある。ただし、これは焦土作戦でもあって、未来はない。
 高齢者をメインターゲットとするのは、短期的には他にない戦略だが、長期はもちろん、中期的にも、展望がない。寄生虫が宿主とともに死ぬ結果になる。
 もっとも、それで困るのは本人たちだけだ。

 内容なんかすっからかんなのに、形骸を信心する教団があり、信徒がいて、その周りに何かあるだろうと思っている人たちがいる。これが左翼の状態に見える。こんなものは、内側の空洞に向かって消滅するのがオチだが、教団や信徒は運命を共にするのが幸せかもしれない。ま、どうでもいい。
 何かあるだとうと、怠惰に思っている人たちの多くは寿命で死ぬだろう。ま、これも一般的な事柄だ。で、問題としてはこれで終わる。残りは、自分の事は自分でするという、どんなつまらない人生訓にもある指摘に属するだけだ。

 若い人で、珍しく頭を使える人が、こんなものを相手にしていてもストレスがたまるだけで時間の無駄だ。死の行進が全体を巻き込む事はない。こちらは、天もあんなものを召すんじゃたいへんだなとでも思っていればいい。