2017年8月29日火曜日

文章入力にエディタというのはDOS時代からの習慣だね

 ATOMというエディタを使い始めた。サブライムとアトムの2つが、今、旬のエディタのようだ。
 プログラムを書くわけではないが、リナクスで使えるエディタでいいのを探していた。文章入力のためだ。サブライムもアトムもいい感じだ。ちょっと使って行ってどちらがいいかを決めるのがいいだろう。他にマイクロソフトのビジュアル・スタジオ・コードというのも使っている。
 今のところアトムが気に入りそうだ。
 理由は、行頭に空白を入れた時の処理の好みだ。日本語で入力をしている時に、アトムとビジュアル・スタジオ・コード(長い名前で面倒臭いな。ヴィジュアル・ストゥディオ・コードなんて、絶対に書かないけど、それでも長い。ビスコとかでいいんじゃないかと思う)は、全角の空白をとってくれる。でも、サブライムは全角でも空白を半角に解釈する。これは困る。
 長らくリナクスのエディタになかった機能で、ぜひ欲しかったのが、行間の開き具合を設定する機能だった。これはアトムもサブライムもビスコも出来る。行間がくっついていると読みにくいので、この機能は嬉しかった。
 ウインドウズで長く使っているのは秀丸というエディタだが、本当を言うと、秀丸と同じエディタがリナクスでもあると一番いい。
 でも、そうはいかないので、ウインドウズとリナクスの両方で使えるエディタで、なおかつ、欲しい機能を持っているものを探し求めている。
 今のところ、アトムがいい感じだ。



古い感覚の、ゆかしさも深みもない話

 天ぷらも蕎麦も好きだが、天ぷら蕎麦は駄目だ。天ぷらで蕎麦のつゆがにごるのが嫌だ。つゆの切れがなくなってしまう気がする。
 これがうどんだったら気にならない。うどんは女か病人の食べ物という意識があるからだと思う。いや、あったと言うべきだろう。今はうどんも食べるようになったからだ。風邪をひいた時にカップ麺のうどんを食べたのが原因でそうなってしまった。
 こんな話をしてもわかってくれるのは、関東の古い人間ばかりになってしまっただろう。川口松太郎でも読んで寝るのが無難かもしれない。


2017年8月27日日曜日

正義の毒

 良いことをするのはとても難しい。良いと思ってやった事が悪い結果となってしまう場合があるからだ。
 例えば、ナチス政権下のドイツで行われたユダヤ人とロマの虐殺だが、ドイツ人たちは、悪いことをしようと思ってあれをやったのではなかったはずだ。悪をなそうとしたのなら、あれほどひどい事はできなかったはずだ。良い事をしようとし、良い事をしていると思ったからこそ、あそこまで徹底した悪事を行えたと考えるべきなのだ。
 ドイツ人たちは、ユダヤ人やロマが悪いから、絶滅させた方がいいと考えたのだ。
 それは、革命後のロシアで「反革命」を絶滅させようとしたのと同じ思考だ。
 悪をなくせば、すべてが善になる。そういう考え方は自然なのだろうと思う。しかし、誰が悪を決定するのかという問題は解決されていない。
 悪も、そして、善も、定義されるにいたっていない。ある人にとっては疑問の余地なく正しい事が、別の人にとっては悪い事になる。別の人の正しさが違うからだ。だが、ふたつの正しさの甲乙をつける正しさは存在しない。
 こうして、正しさを巡って私利私欲を越えた争いが勃発する。その争いが一方的な攻撃であっても同じだ。これには妥協がない。徹底的な破壊が行われるしかない。
 それがドイツやロシアの収容所で起きた事だ。正しい事をしようとした結果があれだった。
 正しい事をしようとしたというのは、だから、弁明にはならない。自分が正しいと思い込み=信じ、強い信念を持っていたという事は、別の角度から見れば、自覚を持たずに狭い視野の中で思考を放棄していたというだけの話だからだ。
 正しさには、人の思考を占領してしまう毒がある。正しさの中にある人は、自分で思考していると思っていても、正しさの枠の中で、その正しさが発する思考の木霊を聞いているだけになる。
 思考を放棄せず、自覚を持ち続けるにはどうすればいいのか、つまり、正しさの毒を避けるにはどうすればいいのか。
 とりあえず正しさはほどほどにしなければいけない。そのためには、私利私欲を越えたりしない事も大切だろう。常に妥協できるようにしておくのもいい。
 つまり、優柔不断でみみっちい、あいまいな大人になる。少しくたびれているともっといいかもしれない。
 毅然とした態度で、明快に物事に取り組むなんてのは、あまりいただけない。
 正義は悪よりもはるかに残酷で容赦のないものだ。悪よりも、正義をこそ、人は警戒していい。




2017年8月24日木曜日

解説:女子アナ占い以下

 東京新聞、中日新聞2012年12月27日付朝刊掲載の安倍内閣特集記事が批判されているという。「最低」「便所の落書き」といった言われ方をしているらしい。
 企画と制作は東京新聞のようだ。

 特集の画像や内容紹介を見ていると、三流週刊誌の女子アナ占いレベルである事は確かだ。
 女子アナ占いというのは、各局の人気女子アナにこういう性的嗜好があるとか、いかがわしい事を書き連ねる企画だが、もちろん取材など一切なし。記事の内容は、たまたま占ってみたら出て来た事で、文句は占いに言ってくれという無責任極まりないスタンスでやる企画で、まあ、酔っぱらいのサラリーマン相手の企画だ。アサヒ芸能とか週刊大衆がよくやってた。

 どうせなら占いでやればよかったのに、東京新聞、識者というか評論家というかに電話取材でもしたらしい内容で記事を構成している。
 確かに、一般紙もここまで来たかという感じはあるが、末期症状というものはこういうもんなんだなと冷めた感じの方が強い。
 いまさら、東京新聞相手に「最低」とか、「便所の落書き」とか、怒る気持ちにはならない。
 そう、東京新聞、中日新聞は最低だし、便所の落書きなのだ。森加計で騒いだ時から、もう落書きだった。だから、この安倍内閣特集を見た時に、少し炎上商法かなと思った。

 唯一批判があるとすれば、東京さん、これじゃ酔っぱらいも面白がらないよという一点だけだ。

 進歩派って、本当に不毛な人たちだ。ハイエクが、マル経の人たちとは「残念ながら前提を共有できない」と上品に言っていた言葉の辛辣さを思う。



2017年8月21日月曜日

small talk:晩夏の戯言

「猛暑の後に台風が来て、雨が続き、気温は上がらないが、湿度がやけに高いなんて、異常な天気が続いている」
「湿度が高く、気圧が低いのはこたえるな」
「ひどい夏だよ」
「天気にかこつけて言うが、日本も現状維持が許されないのをひしひしと感じる」
「湿度に中国漁船団や北朝鮮のミサイルが関係してるってのか。それじゃ脱原発派なみのこじつけだ」
「ダツゲンパツはカタカナ表記にした方がいいかも」
「エコロは前からカタカナだな」
「カルトもだよ」
「アカも表記として強調する時や、口語の雰囲気を出す時などはカタカナを使って来たな」
「それじゃ、これからあいつらをカタカナとでも呼ぶか」
「一般性はないけど、いいかもしれない。ニンピニンでもいいけど」
「きっと文字にすると読みにくいぜ」
「それじゃ、脱原発派(人非人)はどうだ。脱原発派=人非人でもいいけど」
「ともかく、テレビ朝日の特別番組『ザ・スクープ スペシャル』「ビキニ事件63年目の真実」副題「フクシマの未来予想図」に対しては、カタカナ連中からこそ批判があるべきだったと思う」
「そんな事が出来るだけの常識も知力も見識も、あのカタカナ連中にはないって事だ。いや、それどころか、きっと番組と同じように考えているんだろうよ」
「そうだろうね。だから黙っていたんだ。どうしようもないな」
「放射線が心配なら、北朝鮮の出す放射線でも計ったらどうかね?」
「支那の大気汚染は本当に日本に来てる」
「支那と言えば、ドブから食用油を再生するエコロな技術も持っているし、プラスチックの米を作る技術も持っているし、真っ黒な農業用水を作る事も出来るんだから、海産物なんて乱獲する必要なんかないだろうにな」

「支那は経済成長を続けているが、軍備拡張には莫大な金を使っているし、中共と軍部の幹部が私服を肥やすのに余念がない。金持ちになる民間人は、実は政府要人の子弟だ。それでも都市籍を持っていればまだいい。そうでなければ、待遇がまったくちがう。また、無戸籍の人間はそれ以下だ」
「牢名主って知ってるか?」
「江戸時代の牢屋の親分だろ?」
「そうだ。その牢名主は、牢屋の畳を独り占めして、一人だけ全部の畳を積み上げた上にドテラを着て座ってるんだ」
「他の囚人は、みんな畳の下の板の上で生活するんだよな」
「支那の経済成長は、アレさ。成長と言ってるのは、独り占めして積み上げた畳だ。他は、本当なら自分の分があるはずの畳をとられ、板の上で寝てるんだ」
「共産主義国家は、みんな同じだね。マルクス主義はそういう専制国家を生み出す思想だからな」

「それははっきりしているが、北朝鮮や中共のような、死すべき体制が往生際悪く残っている」
「始末が悪いというヤツだな」
「周りもこれ以上悪くなるよりはいいと現状維持を容認して来た」
「その結果、どんどん悪くなっている」
「現状維持を目指した結果が、事態の悪化か」
「ナチス・ドイツの行動を容認した結果が世界大戦だった」
「アンドレ・グリュックスマンがヒトラー一人の責任であるかのようにしているが、みんな自分の従順さに従ったではないかと言っているのは、何もドイツ人だけに向かっての言葉ではない。イギリスなどがドイツの行動を見て見ぬふりをしたのもそういう事だ」
「グリュクスマンはドイツ観念論を問題にしているんだが、彼のモチーフはそういう事にもなる」
「彼については、そのうちきちんと取り上げていいだろうね」
「軽く流せる程度の人ではないからね。ただいつになるかな」
「ハイネもとりあげなきゃならないしな」



八極拳の李書文は神槍と呼ばれたという

 今日は稽古だった。月2回しか行ってないのに、八極拳槍術の凄い技を教えてもらってしまった。問題は、教えてもらってからといって出来るわけではない事。うーん、豚に真珠というやつだ。
 槍は動きが大きくて面白い。気持ちのいい武道だ。



2017年8月19日土曜日

湿度が高いって、眠い・・・

 ザディコとケイジャンを聞きながら、本を読んでだらだらと過ごしてしまった。
 散らかってまとまりの悪い頭の中が整理される事はなさそうだから、そのままにしておく。

 福島の原発事故そのものの被害と、脱原発で騒いでる連中が引き起こした被害のどちらが大きいのか数値化する手立てはありそうだけど、そのうちに誰かがやるかな?
 人的被害は、自殺者がいるから、脱原発派が引き起こした被害の方が大きい。あいつら、本当にひどい奴らだ。最低のカスだと思う。

 シリアでアサド派がまた毒ガスを使ったみたいだ。アサドもひどい奴だし、アサドを支援している露助もイラクもロクでもないけど、反アサド派をデッチ上げたはいいけど、その後、曖昧な態度を取り続けたアメリカのオバマもカスだった。反アサド派には、各国から戦闘集団が集まったみたいだけど、反アサド派で戦闘に参加すれば武器と資金が手に入るという感じで、アラブの春バブルがあったんじゃないかという感じを受ける。そこからイスラム国集団が出て来た。反アサド派から、また別のテロ集団が現れる可能性だってある。アサドも、アサドの支援者たちも、イスラム国集団も、反アサド諸派も、みんなロクでもない。本当に嫌な話だ。

 中共は最悪最低だけども、中共が倒れると、その後に、もっとひどい権力が出て来る可能性が否定出来ないので、中共とつきあって行くしかない。支那人はその場限りの浅い国民性だから、信用できないが、他の奴が信用できるわけではないので、今目の前にいる奴と取引するしかない。
 支那は支那人にとっても、支那人以外にとってもストレスでしかないけれども、今の価値観ではどうにもならない。
 昔々、そうすれば支那が良くなると思って、清を倒す手伝いをした人々がいたが、国民党政権がだらしなくて、共産党に負けて、ひどい事になった。良くしようとしたら、悪くなる。よくある事だ。経済で言う下方弾力性は色々な所にある。考えが浅いと、これが罠となってしまう。先の事はわからないし、なかなか身動きが取れないものだ。そうして、人は座して死を待つしかなくなる。
 後付けで批判する事は出来るが、する価値のある批判はわりと少ないものだ。



2017年8月15日火曜日

2つの情報工作と日本 3

 二重の工作によって歪んだ日本の思考を見直す時、民主主義も含めて、戦後の諸制度、諸思想は自分で獲得した自前の思想・制度ではないため、日本に合っていない部分がある事に気が付かざるをえない。
 比喩で言えば、良い品だこれを着ろと与えられた服に身体を合わせようとして来たのが戦後だった。
 だが、もちろん、本来なら身体に合わせて服をしつらえるのがあたりまえだ。

 戦前、民主主義につながっていく可能性のある動きとして、民権運動=国粋主義という十分に根付いたものがあった。薩長国権派に対抗して、選挙を実現するなど、堂々とした歴史のある動きだった。だが、占領軍は、これを悪者にして、改めて「戦後民主主義」という枠組みを移入した。日本にとって無理のある移入だった。
 日本の民主主義、ないし、民主主義の萌芽だった民権=国粋主義が、アメリカの民主主義と対決し、日本が負けた。それだからと言って、日本の民主主義が間違っていて、アメリカの民主主義が正しかったとするのは無理に決っている。
 だが、その「真相」工作を、「総連/日共」工作は小躍りして喜んだだろう。日本には民主主義がないとして、彼らの言う「民主化」に邁進した。もちろん、彼らの「民主化」とは、左翼化であり、さらに言えば「総連/日共」を盲目的に支持する事だった。彼らが「主体的」にと言う時には、自分から進んで盲目的になれと命令しているだけだ。
 日本を丸ごと「悪」にしてしまうより、国粋主義を悪とする方が簡単だったし、便利だったのだろう。それは国権派と「総連/日共」にとって非常に都合が良かった。

 今でも「極端な国粋主義」といった言い方がある。これは「激しい排外主義」と言っているか、あるいは、「極端な国家主義」と言っているように思える。
 まず、国家主義は国権派のものだからこの意味合いは当たらない。
 また、国粋主義は、元々、国権派の極端な欧米かぶれに対する批判から始まっているもので、日本にも沢山いいところがあり、いいものがある。日本人はこれを出発点にして、自分の力で国を良くし、豊かにし、やって行く以外にない。欧米先進国のものを取り入れるにしても、日本人の間尺に合うか合わないか吟味し、合わないものは合うようにしなければならないだろうという考え方で、排外的な国粋主義者がいたとしても、それは例外的な存在だ。また、そうした例外なら国権派にもいたと思う。

 国粋主義というのは、わざと言っているのだが、民権主義と言い換えても同じ事で、どこの国にもいい所も悪い所もある。一方がすべて良くて、一方がすべて悪いなどという事はない。それでは、先人の努力をあまりにないがしろにしているという事を言っているだけだ。互いの美点を認めようという事のどこにも排外などない。
 何でもかんでも欧米がススンデいて、正しく、日本は遅れていて、間違っているという考え方、これを自虐史観などと言うらしいが、ここでは拝外主義、あるいは排内主義とでも言おうか、排内主義の方がはるかに異常だろう。

 日本がすべて悪いとされた時に、国粋主義は沈黙を敷いられ、すべての責任を負わせられる事となった。だが、戦時軍部は、統制派が支配していたのだ。国粋主義の影響下にあった皇道派は粛清されていたのだ。

 自前の草の根民主主義であった国粋主義が沈黙した事で、制度の部分は国権派が、思考の部分は「総連/日共」が独占した。こうして、戦後民主主義は上から押し付けられる、何だか気持ちの悪いものだが、逆らえないものとしてあり続ける事となった。

 自分で思考するのではなく、規格化された思考に自らを合わせようとする無理を続けた挙句、左翼などに見るような極端で異常な思考に至る人々が現れるようになった。
 これは、戦後民主主義が基盤として来た、歪んだ戦後パラダイムの破綻を示している。

 私たちは、ここで国粋主義=民権思想について再検討を行ってもいい場所にいる。日本の何もかもを否定し、欧米、あるいは、共産主義国からの輸入ですませた方がいいというのでは、すべてが意匠の問題となってしまう。そうではなく、自前の理想、自前の思想を未来につなげて行くのでなければ、日本は日本たりえず、日本人は日本人たりえない。



2017年8月14日月曜日

2つの情報工作と日本 2

 宣撫工作は、占領した国や地域で必ず行うものであって、アメリカがとりわけひどい洗脳をしたという見方はできない。日本だって宣撫工作はやっている。宣撫工作そのものはあたりまえの行動だが、「真相」工作は戦前の悪魔化が強すぎたとは言える。また、ソ連の「総連/日共」工作も重なったため、より強烈になった面もあるかもしれない。
「真相」工作で日本の悪魔化が強いものとなった理由は、戦時中の日本軍の強さだったかもしれない。結局、日本は列強をことごとく打ち破った。負けたのはアメリカにだけだ。あの時点で、日本の強さは不要だと連合軍は判断したのかもしれない。列強は、日本がいなければ、まだアジア植民地を維持出来ると思っていた。フランスなどはすぐに戻って来たが、戦時中、アメリカの工作員だったホー・チ・ミンが独立を願い、残留日本兵を顧問として独立軍ベトミンを結成し、戦争を開始した。

 ソ連の工作とアメリカの工作による情報操作を除くと、戦争の否定が日本の否定につながる見方=考え方はほぼ根拠をなくす。

 大東亜戦争で、日本は東南アジアに侵攻したが、そこは欧米列強の植民地とされていた地域だった。日本が欧米列強を東南アジア域から駆逐したため、戦後、東南アジアが植民地から脱し、建国して行った。
 大東亜戦争において、日本国内の諸潮流には、それぞれ思惑があり、アジアの解放を目指した人々がいるかと思えば、ただ欧米列強から植民地を奪い取ろうという腹でいた者もいただろう。
 何らかのモデルをあてはめて大東亜戦争を説明する事は出来る。モデル化はつまり単純化だから、単純でわかりやすい説明が適切でいい場合は多い。しかし、あの戦争を単純化する事そのものが適切であるかどうかは目的によって変わって来る。
 あのような戦争を起こさないためというならば、あの戦争を細部まで追求し、様々な機微、思惑、行為が重層的に折り重なった中に分け入って解きほぐし、解明し、分析すべきであるのはあたりまえであるように思える。単純化が役に立つとは考えられない。
 すべて悪意と欲望で出来ていたなら、こんなに簡単で解決しやすい問題はなくなる。しかし、そんな風に都合よく出来上がっている現実はない。
 だが、「総連/日共」工作が流布した、戦前の日本が悪意と欲望で出来上がった悪の帝国であるというポンチ絵並に単純化した物語の前に、本当に何がどうなっていたのか、何が悪かったのか、どこが間違っていたのかを明らかにする努力はなおざりにされた。
 おそらく、そうした努力をすべき者たちは、正しい共産党がすでに結論を出しているのだから、もう手を加えるべき所があるはずはないと、馬鹿げた考えを持ったのだろう。あるいは、臆病な彼らは、共産党の正しさに怯え、その時代ごとの「正義」に敵対する可能性を自らに禁じ続けたのかもしれない。ともかく、必要な事はなされず、神国史観から取って代わって、「マルクス主義唯物史観」が神棚に飾られただけだった。

 アメリカの「真相」工作に影響された勢力と、「真相」工作に寄生した「総連/日共」工作の影響下にあった勢力が、戦後日本を2分した。
 世界的にも、西側と東側に別れ、西側諸国にはソ連の影響下にある人々が存在した。東側、つまり、ソ連と東欧諸国は、マルクス主義によって統制されており、思想・言論の自由がなかったため、西側の影響はほとんど及ばなかった。
 戦後の歪んだ枠組みは世界的な規模で蔓延し、世界を呪縛した。



2017年8月13日日曜日

2つの情報工作と日本

 太平洋戦争、大東亜戦争について、いくつかの見解がある。
 まずこの中から、ソ連=朝鮮総連/日本共産党系の見解は省こう。なぜなら、スターリンがアメリカ共産党を使って、日本を追い込む形で日米戦争を仕組んだ経緯があり、なおかつ、それを隠して戦前の日本を批難し続けるという、謀略があったからだ。日共系の見解は謀略の一部でしかなく、真摯な見解とみなすにはあまりに資格を欠いている。
 ソ連=朝鮮総連/日共系の見解は党派的謀略的な工作のための見解であり、それを検討する事で謀略に巻き込まれるたぐいのものとして、その内容は検討すべきものではない。この「総連/日共」工作とでも言うべきものは、謀略としてなら検討素材としえるかもしれないが、内容を真に受けるのは無意味だ。

 では、「総連/日共」工作以外はどうだろうか? 戦後、連合軍として日本を占領したのは実質的には米軍だった。米軍は戦後、左翼系インテリたちがやっていた「真相」という雑誌に当時入手困難だった紙を供給するなどして支援した。これと「真相はかうだ」「真相箱」などのNHK放送とも軌を一にした宣撫工作ととらえられるだろう。ここではこれらを「真相」工作としてまとめてとらえる事とする。
 この「真相」工作も宣撫工作のための情報操作にすぎないから、これ以上の検討には値しない。

 これらの工作は、日本の否定を目的とした宣伝であり、言説だった。思想としてとらえるほどの内容はなかった。
 しかし、この無内容な工作と占領統制から日本の言論・思考空間の戦後は始まった。
 占領統制は、日本の言論に大きなキズを残した。占領政策に沿わないとみなされた言説が禁止された時期があったが、それが日本の言論機関を萎縮させ、占領が終わった後も、統制に適応した言論空間は残った。この枠組に適応した言説は主流となってもてはやされ、外れた言説はかえりみられなかった。一度定着した枠組みは定着を根拠として生き延びて行く。その枠組に適応した言説も、内容とは関係なく主流商品となり続ける。
 現在の日本の言論の妙な傾向はこのようにして形作られたように見える。
 そこでは、日本を悪とし、日本の戦争を悪とし、日本の戦前を悪とする事が正しい解答であり続けている。もし、日本が悪で、戦前が悪なのだったら、どうして戦後の日本が悪ではないのかといった疑問は、極めて偏った形で現れ、用意される解答も偏ったものだ。
 戦後日本が悪いのは、共産化されていない事だ。自民党が勢力を持ち、日本共産党をはじめ、進歩派野党の勢力が少ないのは、日本が進歩的ではないからだ。これは良くない。良くないのは、日本に戦前が残っているからだ。戦前がなくなれば、日本は共産化し、良くなる・・・これが「総連/日共」工作の用意した解答だ。
 アメリカは、日本の独立と同時に、日本=悪という宣伝工作を終了している。もう日本は悪などではない。だが、「真相」工作の終了は、「総連/日共」工作が単独で継続される事を意味した。それは、「総連/日共」工作による言論統制、歪んだ言論空間の枠組みを維持する努力だった。歪んでいない言論空間においては、「総連/日共」工作の言説など、バカバカしくて相手にもされない代物だったからだ。
「総連/日共」工作は、終戦直後の時代環境でだけ生きて行ける。「真相」工作の寄生虫だった事がわかる。



2017年8月8日火曜日

small Talk:異常の素

「東京新聞・中日新聞の長谷川幸洋論説委員が「加計報道の真相 安倍政権打倒が目的」と特別コラムニストをやっている四国新聞のコラム ニュース裏読み で書いた」
「もっと早く書いてくれれば良かったのにね。それに東京新聞はそれこそ政権打倒で暴走していた。社内で何とか出来なかったのか」
「出来なかったから、今になって、四国新聞で書いてるんだろうね」
「東京新聞の暴走グループは、論説委員では止められないという事か」
「うん、社内事情を想像してしまうね。常識が押しのけられる異常な空気があるんじゃないかね」
「そうだろうね。加計で内閣打倒って、ありえないけど、それを目的にしたって、報道する人間たちが、異常な妄想にとり憑かれたって事になる。それは異常な空気がなければそうはならない」
「熱にうかされた報道だったんだな」
「あの東京新聞の女なんか、トランス状態に陥ってたんじゃないかね」
「巫女体質か。記者会見では質問してたんじゃなくて、お告げのご託宣をしてたんだ」
「うん、カケ神様のお告げだぞよーてなもんだ」
「だったらわかる。そんなのの相手じゃ菅官房長官もかわいそうだった」
「しかし、報道で内閣打倒運動をすれば、国民が立ち上がって、民主的な選挙で選ばれた代表で構成された議会と政府を破壊し、選挙で安倍さんの演説を妨害した連中や前川を中心にした臨時政府を樹立するとでも思っていたのかな。頭の悪さも限度を越えてるぞ」
「いや、何しても考えがあったんじゃなくて、感情や空気、妙な熱気が醸成されたんだろうよ」
「野次馬や暴徒と変わりない水準だな」
「韓国では、それで勢いがつき、大統領の罷免まで突っ走ってしまった」
「国民性が違うだろう。向こうは国家間条約の約束を履行するどころか、まるっきり反故にしながら、こっちが出した金だけ流用しているような、信義などまったくない国家だし、国民性だ。北朝鮮も、やらないやらないと言っていた核兵器開発をやり、今ではそれでこっちを脅して来るありさまだ。韓国・朝鮮人は嘘ばかり言う裏切り民族だろう」
「北朝鮮をそういう風に教育したのはソ連だったろうし、韓国人を教育したのは北朝鮮に通じた左翼の連中だと思うよ。それを放置したのは韓国政府の責任だけどね」
「まあ、日本の教育は左翼が牛耳ってる分野で、おかげで問題が山積してるね」
「韓国は父親の方の朴正熙大統領が最高の指導者で、あれ以上の人間が現れる可能性がない事が悲劇だね」
「朴正熙か、日本の左翼は嘘ばかりついてあの人を批難していたね」
「『韓国からの通信』を掲載した『世界』の安江良介編集長は「日本人には朝鮮人を批判する資格は倫理的にない。すべて日本人が悪い」という考えを持った異常な人間だったが、その異常さが岩波文化人のスタンダードとなり、マスコミに影響を与えという風になって行った」
「『韓国からの通信』は大きな影響力を持っていたが、それは岩波の影響力でもあった。文化人連中は岩波からお座敷がかかると大喜びで尻尾を振ったもんだ」
「ソ連を収容所群島ぶりを知っていて隠蔽したフランスの指導的知識人を批判したのがミシェル・フーコーや、フーコーの弟子のアンドレ・グリュックスマンだったが、同じ事をした日本の知識人は知らん顔をして口をぬぐっただけだったね」
「日本共産党と朝鮮総連は頭がふたつで胴体はひとつという関係だ。そんな中にいると、安江のような歪んだ良心が作られるんだろうな」
「グリュックスマンなどは、元々が倫理的な人なのか、そういう問題を掘り下げて行ってたね」
「狂信につける薬はないなんて、掘り下げるまでもないだろう」
「それでも、哲学だから掘り下げるんだよ」
「まあ、哲学は、教会の外で神学をやるためのものだからね」
「良心の歪みが安倍内閣打倒運動をやらせたわけだからな。それが収容所群島の隠蔽をやらせたのと同じ型の良心だという事に気がつくのは、そんな風に良心を形成していない人だという所は、越えられるかどうかわからない問題だろうね」
「知識でも、良心でも越えられて来なかったね」
「知識や良心は、越えられないという事に耐えられない面がある。それで、すでに失効しているのに、いつまでたっても知識があれば、良心があれば、良くなる。良く出来ると主張するし、それを信じる人たちがいる」



small talk:常識の大切さ

「イスラエルがアル・ジャジーラのイスラエル支局を閉鎖し、放送を遮断するようだね。6日に発表があった」
「治安部隊の暴行場面やイスラム教徒の主張を繰り返し放送し、パレスチナ寄りの報道を続けたためという事だね」
「ネタニヤフ首相は ”アルジャジーラは暴動を扇動している” として、アル・ジャジーラをイスラエルから追放する法整備を行うと明言した」
「サウジアラビアがアル・ジャジーラの支局を閉鎖し、放送を停止したが、それに続く動きだね」
「ジャジーラが問題のある放送をしていても放置しておくといった余裕は中東にないだろうね」
「法整備をするという点は重要だね」
「法治国家であり、まずジャジーラを違法とする手順を踏むという事だ」
「日本は森加計で時間を潰しているマスコミを容認しているんだから、世界一言論が自由な国だな」
「うん、支那なんか、共産党を無能だと出力したAIを停止したそうだ」
「きっと、中に入ってた者を出せと捜査したんだぜ」
「中東に近いペルシャでは、アメリカの新たな制裁対象となったロシアとイランが軍事関係を強化するようだ」
「今でも軍事関係は強いが、それを拡大深化するというのか。イランの春は遠いな」
「アメリカ議会がロシアのクリミア侵攻・併合に対する制裁を決議した。これに対してロシアは在露米大使館員700人の追放を発表した。イランは核開発に絡む制裁だ」
「核兵器開発に関しては北朝鮮も制裁対象だね」
「イランは、ロシアの武器輸出のお得意様だ」
「武器輸出には軍事訓練サービスもセットになるが、イランとロシアは共同軍事演習をやっている」
「それに、ロシアはイランで原子力発電建設をやっている」
「去年始めたんだったね。産油国で原発か・・・時代だね」
「クリーンで効率がいいからというならいいけど、核兵器を作るためだから困ったものだ」
「北朝鮮の核開発の言い訳と一緒だ」
「半月刀で翻訳家を殺す連中は、北朝鮮なみに嘘つきだってか」
「イランとロシアは、シリアでアサド政権側で一緒に参戦している」
「イランは、パレスチナのハマスの資金源になっていたね。PLOはロシアとの関係が深かった。PLO傘下のPFLPの一部はKGB(現FSB)が作ったと言われていた」
「イランはテロ組織のヒズボラにも資金提供している。色んな所に関係しているね」
「ロシアも同じだ。中東の不安定要因を作っている」
「まあ、それは昔からだ」
「残念ながら、中東はここしばらく安定しないね」
「イスラエルの裁判所が、有罪となったテロリストの市民権を取り消したけど、その理由が市民権を濫用してテロ活動を行ったというものだった」
「英国のテリーザ・メイ首相が、テロから国民の生命安全を守るためなら、人権諸法を改正するとツイートしたけど、テロの深刻さが増している中で、命か権利かという話になって来ているのが流れかもしれないね」
「いい流れではないけれど、やむを得ない所かもしれないね。何となく人権で来たのを立ち止まって考える機会だ」
「人権というと非常識がまかり通る時代ではなくなるといいね。今までが幼稚すぎた」
「非常識と言えば、2人の支那人観光客がドイツ国会議事堂の歴史的建造物の前でハイル・ヒトラーの敬礼をして逮捕された」
「ナチスが違法だと知らなかったのか?」
「ドイツは支那と違って、何をしても自由だと思ってたんだろ」
「で、どうなった?」
「違法組織のシンボル使用容疑で起訴され、それぞれ500ユーロの罰金で保釈だ」
「無知でお灸をすえられた。支那だったら死刑もありうるね」
「天安門で蒋介石万歳とやるとかだな」
「孫文だとどうなる?」
「ダメだろう」
「林彪なんかどうだ」
「いい所を突いたつもりか。ダメに決まってる」
「ともかく、常識は大事だな」




2017年8月5日土曜日

small talk:鳩よとどまれ

「鳩山の阿呆は、支那にいて寝言を言ってるな」
「唐人の寝言というヤツだな」
「あの男は、劉暁波が疑惑の死を遂げたのをはじめ、中共が国内で情報統制・人権侵害を行っており、近隣諸国には武力で威圧を与えている軍事国家である事を容認している」
「いや、積極的に加担していると見るべきだろう。市井の人間ではなく、長らく日本の権力ポストにいた人物だ。無垢ではない。確信犯の全体主義者であり、軍国主義信奉者だ」
「そして、今や中共に飼われている犬というわけか」
「ああ、日本の権力者の中でも最低、下の下だ」
「タチの悪い野郎だな。民主党は、そろいもそろって、そんな人間ばかりが集まっていた。民進も同じだ」
「解党的出直しとか何とか言ってるけど、消滅的消滅が世界のためだよ」
「別働隊解散で、日共に戻る人間は戻ればいい」
「それはそれでいいけど、問題なのは、行政内と自民党内の別働隊だ。獅子身中の虫だよ」
「見えにくいだけにやっかいだな」
「連中が偽情報を流し、マスコミがそれに乗る。頭が悪いし、裏取りをする能力がないから、裏工作している連中にしてみれば、入れ食いだ。さぞや面白いだろう」
「日本の問題点を突いて来るから、点検をしてもらってると思って、強くなって行くしかないね」
「とりあえずはそういう事だ」
「鳩山は、向こうも迷惑だろうから、いつまでもあっちにいてもらいたいね」
「進呈だ」
「唐人になってもらえば、寝言の首尾も整う」




small talk:民進党の仕事

「民進党は日共別働隊みたいなもんだが、支那の意を受けて、よく国会を空転させたね」
「防衛論議は出来なかったし、たいしたもんだった」
「北朝鮮がミサイル発射してる時に森加計だったもんな」
「支那が北朝鮮支援をしていて、ああした軍事的威嚇が可能なわけだし、民進党が大騒ぎしたのは、支那や北朝鮮のためになった」
「安倍内閣は、議会制民主主義の規範をよく守り、丁寧に対応していた。これは日本の議会制民主主義のためにはなった」
「ガセネタで騒ぐ連中とは誠実さが違ったよ。民進党を始め、野党は民主主義の破壊者だってのがはっきりしたね。日本の議会制民主主義を破壊し、最後は日本を破壊しようという人たちだ」
「次は枝野が来そうだけど、何やらかすかね」
「原発事故を拡大させかけた菅直人内閣を思い出す人だね」
「ああ、原発事故男だった」
「二重国籍を代表にした党が、次に誰を持って来ようと関心を持てないな」
「芯がなく、目先の利害でコロコロ変わる連中だからな。お互いを信頼しあってないし、何なのかね、あいつら」
「さあ、どうでもいいね。ただ、加計問題で、文部省の官僚がどうしようもなくひどい事をしてたのがわかった。この官僚どもをどうにかしていかなくちゃならない」
「足を引っ張る奴らだな」
「許認可を始めとする役所の権限を天下りに利用するってのは、悪代官のタカリ行為だ。税金を食い物にしているのと変わりがない」
「行政の権力が大きくなるのは、どこでも、どんな時代でも起きている事で、これを克服出来た例はなさそうだ。官僚は議会を嫌っているし、見下してもいる」
「山県有朋がそうだったね」
「山県、選挙落ちたりしてたからな、憎悪したろうね」
「山県の遺伝子は日本の官僚に受け継がれているか」
「前川のやってた事は、明治の国権派藩閥官僚と違いはないぜ」
「マスコミは国権派御用か」
「倫理感がないからね」
「マスコミは頭が悪く、仕事が出来ず、倫理感もないか・・・」
「日本語もよく出来ないしね」
「日本のテレビを見るぐらいなら、ネットフリックスとか、動画を見る方がはるかにいいよ。ニュースもチグハグな選択で、肝心な部分を調べてないものばかりだし、だらだらした低予算丸出しのバラエティーも飽きるし・・・」
「新聞なんか、もう少ししたら、見た事のない子供が出て来ると思うよ」
「レトロでかえって新鮮と、新聞が子供たちに人気とか言ってテレビの話題にとりあげられるかね」
「ああ、その後、消える。新聞を読むような年寄りが図書館通いできなくなるから、図書館でも置かなくなり、終わりだ」
「民進はマスコミの終焉にも一役かったね」
「だとしたら、そこだけは褒めてもいいかな」
「本当にそこだけだな」





2017年8月3日木曜日

未来は憲法改正の先にこそある

 安倍内閣、一番の敵は自民党で、二番目は官僚だったけど、これからその一番の敵との戦いに入る。本当に本当の仁義なき戦いが始まる。

 枝野は強いだろうけど、民進が弱体すぎる。蓮舫を代表にしたセンスのなさが大きな後遺症を残す。枝野じゃ、蓮舫ほど非論理的に森加計で騒げなかったろうけど、その方が傷は浅かったろう。

 興味がある人に面白いのは自民党内の暗闘だろうけど、そんな下らない事よりも、改憲が潰されるとしたら、暗闘に走る者たちは、私利私欲で国を誤る国賊だ。
 安倍内閣がこの程度で食い止めた政治不信が、改憲の行方次第では修復不可能になる。

 マスコミや野党が嫌いなネットで発言する人々が政治を見限ったら、左翼の焦土作戦は成功だが、日本の未来は暗くなる。

 九条信仰信者が日本と未来の足を引っ張ろうとしている。九条は邪教だね。



2017年8月2日水曜日

small talk : テレビ朝日ご乱心! 加速するマスコミの凋落

「テレビ朝日が「ビキニ事件63年目の真実~フクシマの未来予想図~」という番組を放送するらしい。その告知で、「ネバダ核実験公文書館で衝撃的な機密文書を多数発掘。ロンゲラップ島民たちを避難させなかったのは人体実験のためであり、その後も内部被ばくの影響を継続的に調査するため、わざと汚染された島に帰島させていたというのだ」とやった。ネットで批判が相次ぎ、福島からも批難の声が上がった」
「ビキニの水爆実験と福島を一緒くたにするのか。福島ではなく「フクシマ」という意図はどこにあるのか。福島県民の気持ちを踏みにじるつもりか。風評被害を撒き散らすのか・・・といった、至極当然の批判だったね」
「そこで朝日は「~フクシマの未来予想図~」というお気楽な副題を削除した」
「謝罪はしていないぞ。上っ面を取り繕っただけで済む話じゃない。放送を辞め、謝罪すべきだ」
「そうだな。副題を削除しただけで、未練たらしく番組放送というのはいただけない」
「題名から察すると、ビキニ水爆実験が人体実験だったという、すでに否定された説を蒸し返す内容のようだ。根拠のない陰謀論だな」
「太田龍が死んで、阿呆な陰謀論はなくなるかと思ってたけど違ったな」
「虎は死んで皮を残すが、太田龍は陰謀論か」
「太田龍なみに非常識か・・・太田龍はアジテーターだったから、社会的責任なんてまったくなく、デタラメでも何でも言って、言ったそばから忘れてたけど、テレ朝がそれじゃいけない。この番組は色々な面で非常識すぎる」
「変な番組作って、実は日米間に隙間風をふかせ、支那や北朝鮮に利するつもりじゃないのか。反米番組に福島を乗せ、煙幕に使った。馬鹿のフリして、すべて計算の上、悪質な工作を展開している」
「それも陰謀論だな」
「そうだな、削除用の副題でもつけとくよ」
「しかし、今さらビキニ水爆実験というのが頭悪いな。人体実験を言いたいなら、ソ連東欧圏諸国が延々とやり続け、あたりまえの感覚になってしまっていたから、ソ連崩壊後も相変わらずで、東欧のある国が、無力化ガスの実験に子供を使い、映像を西側諸国に軍事関係者に見せて引かれてしまったなんて話もある。無力化ガスは代謝の早い催眠ガスで、子供を使ったのは売り込むために代謝の早さを見せようとしたんじゃないかと思う」
「頭が戦後だから、そういう現在の話は理解できないんだろう。年齢は若くても、脳は老化している」
「脳老化か・・・考え方がどうこうより、病気と見た方が的確かもね」
「あいつら試験にだけは強い人種で、試験に強いというのは、出題者の年長者の意を汲むのに長けているという事だ。自分の答えを考えるんじゃなくて、出題者の意図を考える頭の使い方をして来たあげく、年寄りの考え方をするようになってしまったなんてね」
「AIで言う過学習というヤツだ。AIの方は、過学習にならないような方策がとられているけど、人間は過学習じゃないと出世しないから、どんどん過学習になる」
「それは破綻まで止まらないな」
「人材が流動しないと閉鎖的な中でそういう事が起こりやすい」
「従軍慰安婦強制連行の事実無根、脱原発報道の無内容、森加計の無根拠、二重国籍問題での頓珍漢な蓮舫擁護と、朝日新聞が頑張って血迷ってるんで、テレビも日々の偏向だけじゃ足りないと思ったのかね」
「この番組は偏向じゃすまないよ。放送テロだ。そういう感覚がまったくない。人を傷つけるという事の理解がない者たちが、大きな影響力を持つ権利を得ているんだ。その権利が大きいから殿様気分になり、これ庶民、福島の庶民、これがそなたたちの未来だぞよてなもんだったんだろうよ」
「福島をカタカナで「フクシマ」とするのは、外人になったつもりなんだろうな。それで自分は一段高いところに立って、人を見下している」
「お偉い事だな。それでこちとらが、ハハーッ、アサヒ様ーっとでもなると思ってるのか? まったくの馬鹿だな」
「脱原発は、左翼や新興宗教といったカルトが人につけ込むためのものになった。だから理性を持たれては成り立たないんで、デマを使って人の恐怖心を煽り続けている。オウム真理教とTBSのつながり以上に、脱原発カルトとマスコミの関係は常軌を逸しているように見えるよ」
「あの時は、日共と朝日は反オウムで、TBSがオウム側だったが、今は、オール脱原発、オール反安倍だ。みんなそろって硬化に邁進している。機械学習なんて、可愛いもんじゃないぞ」
「自分だけはご安泰だと思っているあいつらの船が沈んで、死んでいくのは勝手だが、脱原発とかでこっちを巻き込まないでもらいたいのと、死ぬ過程を見せないで欲しいよ。汚いし、みっともない」
「そのうち、マスコミの女どもが松居一代と化して、この恨みぃーと、動画でやり出すかもな」
「そりゃ見るに耐えない」


禁欲

 今、我慢しているので映画やテレビドラマの動画をほとんど見ない。少し見なくなると、ちょっと億劫になるのでちょうどいい。
 行き詰った時には、動画を見て息抜きもいいのだが、行き詰まっていない時には邪魔になる事もある。
 見るのは基本的に馬鹿アクションが多いというか、アクション以外の映画はほとんど見ない。頭の中がターザン言葉になって「敵、悪い、やっつける」というぐらいで、後は、バリバリ、ガーン、ダダダダでいい。
 恋愛とか、面倒臭いのがないのが一番いい。



2017年8月1日火曜日

ゴルフボール

 荒川の河川敷に都民ゴルフという名のゴルフ場があった。小学生の時、ここでボール拾いをしている子供たちがいた。上級生も同級生もいた。
 池に落ちたゴルフボールを拾うのである。一度だけやらせてもらったが、まったく拾えなかった。それで一度だけになってしまった。
 ズボンを脱ぎ、パンツ一丁になって池に入る。足で池の底を探りボールを見つける。先に針金の輪を付けた棒を水に入れて、ボールを輪っかに乗せ、引き上げる。
 そんな手順でボールを拾って行く。
 慣れた子は次々とボールを拾い、何十個ものボールを、自分の場所に転がしていた。
 ボールはキャディーが買い上げるのだと聞いた。キャディーは客に売っていたのだろう。
 沢山拾っていた子は数万円の札をポケットに入れていた。目端の利く少年だったのだろうと思う。要領の悪い私などは仰ぎ見るような上級生だった。同級生の兄だったが、同級生も怖がってか、あまり声をかけないでいた。
 小学生に何万円も稼がせていたのだから、キャディーはかなりの副収入を得ていただろうと想像できる。しかし、一度きりで一個も拾えなかった身では、その経済システムの成り立ちを知る事などできなかった。

 その後、ゴルフとはまったく縁がない。



small talk : 嘘ニュース

「マスコミがタガを外してしまったのは、脱原発からだと思うんだ」
「ネットでも嘘ニュースが続いているが、マスコミも無知をさらけ出して不安を煽り続けているね」
「脱原発のコアになっているのは、反核運動からの活動家だ。あの馬鹿ども、相手になど出来ないぞ」
「大震災の衝撃と混乱で、あいつらにつけこまれてしまった人が沢山いる」
「左翼と新興宗教が渾然となってデマを撒き散らしたからな」
「新聞もだろ」
「ああ、昔のマンガで言えば「バイオレンス・ジャック」の世界になるみたいな印象操作をしたな」
「脱原発はマンガと現実の区別がついてないってか、しかし古いな、せめて「北斗の拳」とか、映画の「マッド・マックス」にしろよ」
「もう、どれも新しくないだろ」
「原発事故の後は、終末的な事が起きると決めてかかり、探し回った」
「埋まっていたお地蔵さんが姿を現した、オソロシーとやっても同じだ」
「それじゃ川口探検隊だ」
「あれほど面白くはないよ。はるかに下等だ」
「取材を始める時には、すでに企画が通っているし、先入観もある。事実を集めて行って、先入観と突き合わせ、像になって行く。面白いのはそこだ。それが企画とズレてしまう事もありがちだ」
「そんな時、どうするんだ?」
「つまらない企画だから、こっちで行きましょうと持って行くとか、色々だ」
「企画優先という時もある?」
「どうでもいい話だったら、最初から企画に合わせた取材もある。先輩に、ほとんど自分でしゃべって相手に同意させ、それを記事にした人もいた。週刊誌なんて、荒っぽいものだった」
「そういうやり方を重要な問題でもやるようになっているんだな」
「そうだね。もっと昔だったら、トップ屋なんて人たちがいて、色々な人間とつながりがあってネタを取ってきてたという」
「トップ屋ね、何でいなくなったんだい?」
「ネタを使ってゆすりをする人たちがいたからさ。雑誌に持ち込むのは、ゆすりに失敗したネタだったりしてたようだ」
「ブラックだね」
「ブラックだね。昔の記者は凄かったみたいな事言う人は、ゆすりが困るんで、各週刊誌がトップ屋さんたちと縁を切って行ったのを知らないのかね」
「でも、ゆすりが出来るほど凄いネタをつかんで来る力はあったんだね」
「そういう見方も出来るね。普通では取ってこられないネタを取って来るんだから、普通じゃなかったって事だ」
「そういう人たちのネタが面白いのはわかる」
「いわゆるブラックは、情報誌と言われた小さな雑誌を企業総務相手に作っていた人たちという事だと思う」
「怪文書ではないのか?」
「所在を明らかにして怪文書を出したら、即刻訴訟だ。怪文書とは違うよ。ただ、怪文書が情報誌に送りつけられるなんてのは、当然あった」
「怪文書の出回り先でもあったのか」
「ブラック・ジャーナリズムなんて言葉を世に広めたのは「噂の真相」だと思うけど、あれをやってた岡留だって元々はブラックだったのが、喧嘩して飛び出したはずだ。それで、随分とトバシもやってたし、身びいきの嘘も書いてた。革マルとか、ああいうところから情報をもらってもいたようだし、あまり感心できるものではなかったよ」
「訴訟に負けるからって廃刊したんだよな」
「訴訟に耐える質を作れなかったって事だ。情報誌をブラックとかけなしながら、その水準にも行けなかったって話さ」
「費用と労力を考えると、訴訟を起こそうという人がいないっておかげで助かって来たのが、そうはいかなくなった」
「そうだ。せっかく貯金も出来たし、ここらが潮時と判断したんだろ。要領のいい人物だったんだな。それは悪い事じゃないがね。文章も上手かった。ほとんど一人で書いてた。文章を書けない奴もいたからね」
「小才の効いた小者で、面白い所もあったって事だな」
「情報誌は、新聞や雑誌にとっていいネタ元でもあって、情報誌発のスクープなんてのもあったんだぜ」
「スゴイね。それなのに、今はサエないね」
「情報誌がなくなったからさ」
「どうして?」
「警察が潰したんだ。警察が企業を回って、情報誌を購読したらいかんと言って回った」
「どうしてだ? 企業にしてみれば、防衛にも必要な情報収集だろうに」
「総会屋が資金獲得のために出していた情報誌と一緒くたにされたのさ。だから、反社会的勢力への資金提供を封じるという事で情報誌の購読に圧力がかかった」
「収入源をやられたら終わりだな」
「そう。それで情報誌がなくなって行った。情報誌は警察も情報源にしていて、企業には購読を禁止しておいて、自分たちはネタ探しに顔を出したりしていた。コピーまで使って行くと怒っている情報誌の人がいたよ」
「いかにもだな」
「で、情報誌がなくなったせいで、情報の流れが変わり、怪文書が妙に影響力を持ったり、メディアが官僚のリークに依存するようになった」
「中身が薄くなって行く過程を見るようだな」
「そして、マスコミは幼稚になった。今なら、インターネットでの発信を探した方が、よほど発見がある」
「マスコミの人間や、インテリ業の人間のように、党派性や感情に左右されず、論理的に考え、常識的な判断をしているのは、インターネットで発信している人たちの方にいるよ」



昭和30年代:アトラクティブな大人たち

 小学生の頃、子供相手の色々な商売がいた。
 有名なところでは、粘土と型、それに色付けをする粉等を売りに来る大人がいた。型屋と言われる商売だが、私の方では粘土屋と呼んでいた。
 紙芝居も来たし、プラスチックのシートを舟形に切って樟脳をつけたオモチャ売りもいた。吹き矢も来た。
 紙の筒にピカピカした紙テープを巻いて豪華にしたものに、紙で作った矢を付けて買うと、その場に的がしつらえてあって、遊ぶ事が出来た。楽しかったが、すぐに学校で禁止された。
 映画バスも来た。小型バスに上映設備と客席をしつらえたもので、十円か二十円だったのだろう、料金を払って乗るとマンガ映画を見せてくれた。お金を払うとグロンサン・ガムをくれた。最後に乗った時の料金は確か五十円だった。
 粘土屋は、型を取り、粉で着色した作品の出来がいいと点をくれた。公平ではなく、高い大きな型で沢山色を使っていると高評価だった。特に金銀の粉を使うと高かった。点数がたまると、そこに置いてある大きな型と交換してくれることになっていた。
 粘土屋のまわりには、その型をめざして制作に励む子供がひしめいていた。
 粘土屋は毎日来た。何日も、粘土を買い足したり、色粉を買い足したりしながら、制作を続け、点数をためた。
 みんなの点数がかなりたまったある日、粘土屋は姿を見せなくなった。
 粘土屋は、時々現れては、同じ消え方をした。同じ手口で同じく騙されるのは、遊ぶのが男子だけだったからだろう。女子のままごとで死ぬほど退屈な思いをしたり、女子に混じってゴムだんをするなど考えもつかない事だった。
 来なくなるというのは、紙芝居も同じだった。続きは明日のはずが、来ない。母親からの送金をくすねてしまうひどい親戚の家に預けられ、給食費も払ってもらえず、昼はお腹をすかせて一人で校庭にいると、優しい先生が弁当を分けてくれる主人公の運命がわからないままになった。どうしてくれる。
 紙芝居を懐かしがるのは、きっと最後まで見られた人なんだろうと思う。