2017年12月23日土曜日

small talk:カラオケ昭和歌謡

「ちょっと前の毎日新聞に柄谷行人のインタビューが掲載されてた。憲法9条の話だった」
「毎日新聞2017年11月27日、東京朝刊の「そこが聞きたい 憲法9条の存在意義 ルーツは「徳川の平和」 思想家・柄谷行人」というインタビューだ。ひどいもんだったね。柄谷行人て、ありゃ、馬鹿だったんだな」
「柄谷行人というと、こっちもちょっと構える所があって読んだんだが、この人、この程度だったのかと情けなかった」
「宮台あたりだったら、どうせチャラチャラしてるんだから読まなくてもいいかとなるんだけど、とりあえずこのくらいなら読んどかないととは思って読んだ。だが、いちいちあげつらう気にもならないような内容で、呆れるというよりも心配になった」
「わざと宮台なんかの名前を出すなよ。あれは誰でも馬鹿だと思ってるんだから」
「柄谷の憲法9条の存在意義のインタビューを読んで、東大全共闘を思い出したよ」
「あいつらの何をだ?」
「安田講堂の攻防の時、他の大学から来た連中が機動隊とぶつかっている時に、東大の連中は歌を歌ってたという話だ」
「ああ、外人部隊だった連中はよくボヤいてたな。いかにも東大生らしい話だ。で、柄谷の言ってる事は、その歌みたいなもんだと言いたいんだな」
「そういう事だ。それで考えてみたら、今は取っ組み合ってる連中はいなくて、みんなで歌歌ってるだけだと納得した」
「だったら、柄谷だけじゃなく、あいつら、みんなカラオケ教室にでも行った方がいいな」
「ああ、その通りだ。頑張って昭和歌謡を稽古するといい」
「昔は憲法なんて踏みにじって、天皇制打倒とか言ってたくせに、旗色が悪いとなると9条でございって、原則も何もない連中だ。何が「9条の会」だ」
「柄谷も含めて、めでたくやってりゃいいよ。もう邪魔ですらないんだからさ」



(毎日新聞2017年11月27日 東京朝刊)

2017年12月22日金曜日

一番腹減るのは何歳ぐらいかな???

僕は二十歳だった。 それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとは誰にも言わせまい。
 というのは、フランスの作家ポール・ニザンの作品『アデン・アラビア』にある言葉だけど、この言葉に触れてわざわざ

人生でいちばん美しい二十歳

と言った人がいそうな気がする。

そうだね、せいぜい7番目だね

なんてのもありだね。

 ポール・ニザンはエマニュエル・トッドのお祖父さんだけど、ちゃんと読んだ人は少ないらしい。
 まあ、青春が美しいとかどうとか言われてもね、ただ若いってだけで美とかあんま関係ないからね。



2017年12月14日木曜日

あの日の後

 震災の後ちょっとして、獣医さんからパニックになった犬や猫への鎮静剤の投与で忙しいと聞いた。
 当日、一匹だけでマンションの留守番をしていた猫が、怖がってマンションにいたがらないので猫を連れて実家に帰った女性の話は、別の所で聞いた。
 その頃飼っていたウチの猫は平気だったので、あの時、人が一緒にいたからだろうという話になり、あんたでも役に立つことがあるんだねと、女房に妙な感心をされた。

 福島の原発が停止に失敗した事故で、あれだけの大地震で事故はたったの一件で、他の原発は無事停止して安全を示し、しかも、事故を起こした福島でもその程度はさほどでもなく安心したが、難癖をつけて騒ぐ連中はいるだろうな、嫌だなと思っていたら、やはり左翼と新興宗教が騒ぎはじめた。
 驚いたのは、その騒ぎが影響力を持ってしまった事だった。犬や猫も鎮静剤を必要としたのだから、パニックを起こした人たちが、闇雲な恐怖心から馬鹿げた行動に走ったのも自然かもしれない。その影響力までは測れなかったが、そういう事が起きるのは予想できたという意味でも、あたりまえの成り行きだったのだろう。

 脱原発は、原発事故への反応というよりも、震災のショックに根を持つように思えてしかたがない。脱原発は、観念的に科学を否定し、文明を否定する考え方で、それを選択したという事は、日本では、非常に偏った情報空間に生きる事を選択したのと同じ意味を持った。情弱というのは、そうした選択をした人たちと言ってもいいかもしれない。
 脱原発をしかけた左翼は、日本を否定し、北朝鮮や支那の味方をしたい人たちで、支那や北朝鮮の核兵器や原子力発電、科学や統制社会、言論弾圧、軍国主義などは肯定しているから、情弱層を作り出さなくては嘘が通用しない。情弱の罠は脱原発が入り口だったと言える。そして、そんな罠に引っかかってしまったのは、震災の恐怖と、あまりに大災害で錯乱していたからだ。犬や猫までがパニックに陥ったのは、その恐怖や錯乱が根源的だったからだ。
 でも、実際は文明の中でしか生存できないのだから、いつまでも恐怖という自然に縛られているわけにはいかない。時間はこっちの味方だよと歌う "Time is on my side" は、いい曲だなと改めて感じたりもする。




311、あの日に 5

 東日本大震災の日・・・

 家にいた。グラグラと揺れはじめた時、あ、地震が来たなと思った。いつもなら、その思ったあたりで揺れが収まるのだが、そこから激しかった。
 ドンと縦に揺れた後、グラグラと横揺れがあったように感じた。
 驚いて、テレビをつけた。それから、数日間、インターネットとテレビに釘付けになった。
 余震が断続的に続いた。落ち着かないと言ったらなかった。

 その頃、群馬県の館林という所で仕事をしていた。東武伊勢崎線で通っていたのだが、数日間、電車が不通になった。電話も通じない。毎日、何度も電話をかけ続けた。
 勤め先の事務の女性は、あの日の夜、ご夫婦で牛丼を食べに行ったら、もの凄い人でかなり並んだと言っていた。
 群馬あたりだと車で出る。揺れが続く中、人のいる場所に行きたかったのかもしれないと思って聞いていた。
 その後、ガソリンが値上がりしたのか、地元の人たちは、どこでガソリンが買えるといった話をしていた。

 電車や駅で、どこかに届けるのだろう、沢山のヘルメットをかかえている人を何人か見かけた。そんな人をぼんやり見ながら、ああした物も売り切れになっているだろうから、買える所で買って、必要な所に持って行くのかもしれないなどと思っていた。のんきなヤツだった。

311,あの日に 4

 東日本大震災の日、あるガス設備屋さんは・・・

 セミナーで品川の東京ガスにいた。
 揺れた後、屋上に避難するよう指示され、屋上に出た。
 高速道路が見えた。火を吹いている車がいた。
 その後、解散になり、仲間と駅に向かった。
 途中の商店街では、どの店も無料で通行人に飲み物を配るなどしていた。
 電車には乗れなかった。ホテルに行ったが満室だった。
 カラオケに飛び込んだら、運良く入れた。
 家族に電話をしようとしたが通じなかった。
 朝までテレビを見て過ごした。

 翌朝、かなり遠回りすれば帰れそうなので電車に乗った。



2017年12月13日水曜日

311、あの日に 3

 東日本大震災の日、ある主婦は・・・

 掃除をしに実家に行っていた。
 揺れた後、これは家に帰ろうと決めた。
 バス停に行った。若い男が一人いた。
 バスは来なかった。
 しかたなく歩いて家に向かった。
 途中、隅田川が逆流しているのを見て、怖かった。

 

311、あの日に 2

 東日本大震災の日、ある呉服屋さんは・・・

 最初の揺れがおさまってすぐに、とにかく食べ物を手に入れようとコンビニに行った。
 もう何もなかった。棚が空になっていた。
 電車が止まったというので車を出し、従業員を家に送り始めた。
 道路は混雑しており、ほとんど動かない場所も多かった。
 朝までかかってみんなを自宅に送り届けた。

 コンビニの棚が空っぽになった光景が忘れられない。



 

2017年12月12日火曜日

311、あの日に

 東日本大震災の日、牛丼屋さんで働いていた人は・・・

 交通機関が止まり、帰宅できなくなっていた。店は営業を続けていたので、そのまま働いていた。どんどん客が来て、しばらくすると食材が底をついた。
 店を閉め、従業員全員で別の店舗に移動した。
 その店にも客がつめかけていた。その店でも応援として接客した。
 また、食材がなくなった。再び、別の店に行った。
 こうして、小さな店舗から大きな店舗に向かって移動して行った。客は切れる事なく、どの店もいっぱいだった。
 朝まで働き、電車が動くようになったので帰宅した。

 ある店で、みんなに慕われているおばちゃんが、若い店員を心配して、食べ物を持って、自宅から店に自転車でかけつけたという話を後で聞いた。



2017年12月11日月曜日

科学が到達していない場所

 東日本大震災の衝撃から抜けられない知人が、除染が進んでいないと、その進行の遅さを嘆き、安倍首相を批難していた。
 その姿は、古くからの庶民の像そのものであり、ある種素朴でもあった。
 少しうんざりしながら、安倍政権が批判されるとしたら、非科学的で無意味な除染を続けている事だと思った。
 除染などやめ、さっさと安全宣言を出し、こんな問題ですらない問題を終わりにし、原発を再稼働させればいい。それが最良の方法だというのはわかっているはずだ。
 そうでないとしたら、延々と除染を続け、何十年も、いや、百年以上も無意味な作業を続ける事になる。いくら馬鹿げていても、行政はやるとなったらやるだろうが、やったからといって意味が発生するわけではない。
 日本の足を引っ張る事にだけ血道をあげる日共にかぶれてしまった人たちのために、馬鹿な事を放置する必要はない。さっさとケリをつけた方が彼らが熱病から覚めるのも早いのではないか・・・
 などと、そんな事をつらつら考えながら、この私の考えは知人とは正反対に見えるのだろうなと、その事実にいつも通り少し困りつつ、話が終わるのを待っていた。
 その日は、色々なものが終わるのを待っていた。
 その後に期待しているものがあったためだ。
 震災以来、こんな場面が多い。



2017年12月9日土曜日

政治に関心があるなんて、不幸なだけの話だ

 東日本大震災時の原発の停止中断事故で起きた事のひとつに、多くの人が感情によって政治的になり、日共や左翼(つまり、マルクス主義カルト)や宗教カルトの勢力拡大に簡単に加担してしまうという現象があった。
 言い方を変えれば、政治は感情によって動いてしまうという事だ。
 とりわけ、左翼は二言目には「怒り」を持ち出して人の感情を煽ろうとする。彼らの政治運動の中身は感情とグロテスクな進歩意識から出て来るものだ。
 感情に左右されるというのは政治のありようとしては原始的というか、野蛮な状態と言える。感情に左右されてしまうと、政治は簡単に暴力を呼び込む。感情的になって、暴力に流れてしまうわけだ。
 そこを越えて、政治に理性を据えるとする。これは見方を変えると、利害の問題となる。利害の調整を政治の役割とするのはこの段階にあたる。
 感情に左右される、原始的な政治のありようを、別の見方から見れば、理想主義的な政治ともなる。政治に理想の追求を求めるのは、利害を度外視する事にもつながる可能性がある。この場合、利害は理性だから、理性を振り捨てて感情のままに振る舞う事を政治に許す結果となる。
 理想主義の究極は神聖政治で、造物主たる神のためには、被造物たる人間の生命存在など無に等しい事になって、いくら人間が死のうとも神のためには惜しくなどない。これは一神教にとって当たり前の話であって、実際、歴史にあって何度も繰り返されて来た。
 現在では、聖戦などと言ってテロを繰り返しているイスラム過激派が理想主義的な政治を実行している。
 このように考えて行くと、理想主義的な政治よりも、せせこましく、汚れた利害の政治の方が理性的であり、よりまっとうだと見るしかない。
 多数の利害に沿った政治が行われるのが民主主義だとすれば、そこに民主主義のいい所がある。そこに、組合などを通じて、党派的な理想などを持ち込んで利害をそっちのけにする行為は、共産党や社民党によって行われて来たが、理性的に見れば、そうした行為は民主主義にとってのノイズでしかない。また、理性ではなく、理想=感情に左右されているという意味では、政治の反動的なありようでもある。

 信仰や理想は、個人の自由の範囲にあるべきもので、それが社会性を持つところまでは許容範囲になりうるが、政治との区別を見失うと有害だ。

 今のところ、政治は感情で動いているようなので、こんなものにつきあうほど根気のある人以外にはオススメできる代物ではない。興ざめするほど馬鹿馬鹿しいものだ。
 若い人は、政治などに興味を持たず、恋愛や遊びや趣味に力を注ぐのがまともだと思う。不満の毒を吐き散らす妙な人たちは避け、嫌だなと感じながら避けているのが、人生の積極性だ。


2017年12月8日金曜日

ジャズと演芸、あるいは、電撃戦と比島決戦、そして、朝鮮戦争


 イメルダ・メイからメイつながりで、ウナ・メイ・カーライルを思い出した。
Una Mae Carlisle という綴りだから、ユナと読む人もいるが、ウナでいいと思う。
1915年生まれで、1956年死亡だから、41歳という若さで亡くなった事になる。
10代の時から、ファッツ・ウォラーなんかに引き立てられて歌っていたらしい。作曲もするし、ピアノも弾く。でも、やはり歌が抜群にいい。とても個性的な歌唱で癖になる。
「Blitzkreig baby」(電撃戦の可愛子ちゃん?)という曲が最初に気に入ったが、ドイツ軍をからかった戦意高揚の曲なのだろうか、

電撃戦ベビー、あんたは私を爆撃できないわよ
 こっちの言い分は当たり前なんだから
こっちが銃をとったら、あんたは目の前からいなくなっちゃう
電撃戦ベビー、あんたは私を吹き飛ばせないわよ
電撃戦ベビー、かわいいね
 みんなあんたのパラシュートを着て、
さあ、政治宣伝しよう
電撃戦ベビー、あんたは私を爆撃できない
そうだとしたら、日本ならさしずめ「比島決戦の歌」みたいなものだ。
 また、この話になるが、東京コミックショーは、出し物にまぎれて将校クラブで米軍相手に「比島決戦の歌」を口ずさんでいたという。
「これ聞いてたあいつら、みんな朝鮮で死んじまった」
 ショパン猪狩はこんな風に言ってた。
 笑えるけど、悲しくて、戦後の薄暗さを感じる、何とも言えない瞬間だった。

 話はかなり外れてしまったけれど、ウナ・メイ・カーライル、いい音楽家だから、機会を作って聞いてください。スポティファイに入っていて、無料で聞けます。

「una mae carlisle」の画像検索結果

イメルダ・メイの "Life Love Flesh Blood" がいい

商品の詳細
 前から好きだった歌手イメルダ・メイの新作(2017)「Life Love Flesh Blood」が素晴らしい出来だ。日本語に直訳すると「生、愛、肉、血」となるタイトルだが、「生命、愛、身体、心」という感じに読めばいいのかな?
 歌唱力は抜群で、特徴のあるいい声で注目していた。ロカビリーなんかやってて、凄く可愛かったのが、もうお姉さんになってしまった。
 それでだろうか、声の特徴は少し引っ込んでしまって残念だが、歌唱力は深みが出てきた。曲もいい。
 何だか嬉しい作品だ。


2017年12月6日水曜日

不可能は誰に対しても平等であって、努力する人にもしない人にも同じく不可能だ

 例えば、政治がうまく行っていれば、誰でもがフーリエ解析を理解できるようになるといった事は起きない。まったく別の系に属する事柄だからだ。
 ならば、どうして政治に、例えば幸せを求めるのだろうか、幸福という主観的な価値観は個人的であり、政治がそれをどうこうできるなどありえない。
 政治的な問題があって、国民が政治的不平等下に置かれているといった不幸に陥っているのならば、例えば北朝鮮や、ソビエト崩壊前のロシア、東欧諸国、あるいは、大躍進や文化大革命時代、毛沢東指導下の支那などを想起すればいいと思うが、その場合はソビエト崩壊に匹敵する変化が必要だが、ソビエト崩壊がKGB(現FSB)という巨大政府秘密機関が計画立案実行した行動だったように、政治的不幸に陥った国家において、その不幸を解決する方法は、必ずしも民主的な方法、つまり選挙によって解決できるものではない。いや、政治的不幸の状態にもよるが、最もその解消を必要とする状態であればあるほど解決方法も解決能力も、国家内のどこにも存在しない可能性すらある。

 肥大化した社会保障制度、産業の国有化による不効率、既得権確保にのみ走る組合といった問題で「病人」と呼ばれたかつての英国は、民主的な選挙でマーガレット・サッチャーが政権についた事で解決の方向を見出したが、あれは西側先進国だから出来た事であって、そのまま世界に広げて一般化できるものではないだろう。せいぜい、日本にあてはめる事が出来るくらいかもしれない。
 英国病は、北海油田の成功で英国が産油国に転じた事で解決したとされるが、今の日本でなら、稼働していない原発を再稼働させる事で経済に大きなはずみをつけられる可能性が高い。

 まあ、政治に出来るのはせいぜいそこまでだ。政治は政治・経済問題に対処する以外の事は出来ない。利害の政治的調整だ。これがひとつの考え方。

 これとは別に、政治は理想を実現する手段だという考え方がある。
 社会問題をはじめ、様々な問題を政治的に解決しようという考え方だ。これは立法によって法規制を行うという方向になるだろう。

 政治を利害の調整サービスと考えるか、理想追求の手段と考えるかは大きな違いがある。小さな政府を目指す立場は利害の調整サービスの側になるだろうし、理想追求の側は大きな政府になる傾向がある。
 政治に理想追求など無理だから、政府は小さい方がいい。これは原則だと思える。例えば、社会的な問題を政治的に解決しようとするのは、例え目的が良かったとしても、あまりいいやり方とは考えられない。
 何故かと言うと、良い目的であっても、それを法律で社会に強制する事になるからだ。権力で社会を統制するという事だ。目的が良くても、そのやり方では目的の良さを損なってしまう可能性が高い。しかも、目的の達成は不十分な水準にとどまるだろう。

 大きな政府が国民を丸抱えして、何でもかんでも面倒見ますなんて、うまくいくわけがない。いや、それ以前に出来るわけがない。それは社会主義が失敗するのと同じ理由だ。
 そういう次第で、政府は小さくして、法規制は少なくし、何から何まで行政が面倒を見るなんてことは考えない方がいいんだけれど、ここで戦う気はないから、大きな政府が好きな人たちが失敗して行くのを止める事はしない。

 お互いに、死にそうでも、助けないでいようね。


婆さんは象徴ではないけど・・・

 つい先頃、女房が歩いていたら、ヨボヨボの婆さんが、両手に大きなスーパーの袋を持ってヨタヨタと進んでいたのが、ついに息が切れたか止まってしまったという。
 慌てて近寄り、声をかけると、
「あたしゃ人の世話になるのが嫌いだし、まだまだ大丈夫なんだよ」
 と意地を張っている。それでも荷物を持つと抵抗するわけでもないので二つの袋を持ったところ、後から来た若い男が、自分が持つと言って持ってくれた。
 そこで、女房は婆さんを支えて歩き出した。
 この婆さんはすぐ近くの四階建てのマンションの四階に住んでいた。四階建てというのはエレベータがないという事で、婆さんは両手に大荷物を持ち、階段を登るつもりでいたのである。
 そもそも、どうしてそんなに沢山買い込んでしまったのか、浅い疑問は次々と浮かんで来るが、婆さんの思い込みの前では、そのような疑問など消え去るのみ。ともかく、その場が無事におさまったのをよしとする他なかった。
 老婆は、まだ、自分は歩ける。天皇陛下と同じ歳だが、陛下がまだ頑張っていらっしゃるんだから、自分も平気なのだと、飛躍した論理を口走っていたという。

 今日、女房と乃木将軍は偉い人で、奥様の辞世の歌もいいなどと話をしているうちに、ふと、その婆さんを思い出した。
 陛下の退位の決意は、私たちにその存在を強く意識させた。陛下の御退位と婆さんのむやみな自立心が重なり、わたしたちをはさみこむ。

救いがあるような、ないような

 菊池寛が
「代数は役に立たなかった。世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
 といったと、数学者の遠山啓が書いている。実に菊池寛らしい。
 遠山は面白いと感じ、苦笑いをしながら紹介しているのだが、こちらとしては、菊池寛は本当に馬鹿だなと、ガッカリしながら頭を抱えるしかない。遠山のような温かい目で菊池寛を見るだけの高みにはいないからだ。
 遠山よりは菊池寛にはるかに近い、低~いところにいるから余裕がないという事も大きい。
 という事で、実は自分にガッカリしているわけだが、今さらとりもどせるものでもない。それでも、
「世の中で役に立つのは小学校でやった算数だけだ」
 などとは言うまいと思う。
 そんな事を言う人は、代数などロクにやっていないに違いないし、算数だって、本当は怪しいものだからだ。
 数学をけなしても、自分が勉強をしなかった言い訳にはならない。勉強すべき時に勉強しなかったのは、怠惰だったからだと、いやでも認めるしかない。
 それで、自分の怠惰さを戒めるのが正しい道で、開き直って、怠惰を邁進するのは間違った道なのだが、ゆるく戒めて、時々、少し開き直る凡夫の道もない事はない。
 で、たいていは凡夫の道を歩むのかもしれない。




2017年11月2日木曜日

産経の整理部、無能なのか?

 産経新聞のサイトでよく記事を読む。ひどい文章がわりと多いのでちょっと気になる。内容ではなくて、日本語として違うという意味での「ひどい」だ。朝日などは内容がひどい。

 2017年11月2日の朝、7時台ぐらいに掲示されていた記事だ。

 まず、「嗚呼、絶望の党。「逃亡中の女王」と仏紙に揶揄された希望の党・小池百合子代表の進む道は」と題した記事。

 この中で「妙に演技がかったその仕草」
 とあるが、こういう言い方はない。正しくは「芝居がかった」だろう。
 整理部は何をしている? ネットの記事にはかかわらないのだろうか?

 次に、「勝てない韓国サッカー 中国にランクで史上初めて抜かれる体たらく 「恨」が炎上中」という記事。

熱狂的なファン5人が、韓国代表が帰国した10月15日に仁川国際空港へ詰め寄せた。
とある。
 おそらく「詰めかけた」と「押し寄せた」が混ざり合ってしまったのだろう。
 しかし、どちらも大勢の行動を表す言葉で、5人の行動を表しているこの場合の用法ではない。
「押しかけた」なら、一人でも使うが、この場合にはそぐわない。
 つまり、この場合、記事で「詰め寄せた」などと表現すべき内容はまったくないので、こういう無様な事になっている。
「韓国代表が帰国した10月15日に仁川国際空港で熱狂的なファン5人が」とすべきだろう。


 それから、これはいい所をついた記事なので惜しいが、日本語が出来ていない。
日本代表部の外交官につかみかかられた! 広報資料なのに「それ、内部資料でしょ。返しなさい」 報道封殺よりユネスコの審査改革を進めたらどうですか?」という記事。

「それ、内部資料でしょ。返しなさい」。日本代表部の外交官が、私が持っていた議案につかみかかった。
つかみかかるは、胸ぐらをつかむといった対人攻撃に使う言葉で、この場合の用法ではない。日本の外交官が暴力をふるったとしか受け取れない文章になってしまう。
 ただ「議案をつかんだ」とか、「つかみ取ろうとした」が適切だろう。

 産経の整理、何やってるんだ?


追記(2017/11/03):
「つかみかかる」だが、「つかみかからんばかりの勢いで」という言い方もある。この記事の場合は、これが適切かもしれない。だが、これを短縮して「つかみかかった」とは出来ない。



2017年10月30日月曜日

情報 2017.10.30

北朝鮮の韓国攻撃は軍事境界線からの長距離砲撃が中心となる。米韓が共同戦線で対峙する事となる。
米軍が陸軍を動かさないという情報が一部にあるようだが、奇妙な話。



物事の区別がつかない人がいるから・・・

香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(電子版)が、北朝鮮の核実験場、北朝鮮北東部豊渓里でこれ以上の核実験を行えば、山が崩壊して放射性物質が吹き出す恐れがあると、支那の地質学者が北朝鮮に警告していたと報じた。

北の核実験場で放射能漏れの恐れ、中国側が警告 (読売新聞)


北朝鮮の事だから、きっと、それでも、無謀で無意味な核実験を行う可能性がある。
馬鹿げた事をやめる知性があれば、今頃、こうなってない。

で、発電やめてるこっちと、核実験やめないあっちと、どっちが馬鹿なのか、判定がつけられない。
あっちが馬鹿なのははっきりしているが、こっちが馬鹿ではないと言えないからだ。



2017年10月26日木曜日

慰安婦問題問題

 あのさ、韓国、もう慰安婦像を国旗に描き込んだらどう?




2017年10月24日火曜日

鉄はあんたのツラの皮

 百合子さん、
「今回の総選挙で鉄の天井があると改めて知りました」
 なんて言っちゃって。
 こっちは、
「鉄面皮」
 を改めて知りました。

 今回の選挙、要するに落ち目の民進がどうなるかで、百合子にすがった方は敗北し、すがらせてもらえなかった方は、日共に面倒見てもらって立民で一応息をついた格好になった。百合子も日共も後が怖いが、日共の方がはるかに怖い。日共は、この選挙で影響力を拡大した。

 当面は、北朝鮮との関係をどうコントロールして行けるのかが大きな課題になる。一応、理解力の乏しい人向けに言っておくと、相手をコントロールするのではなく、関係をコントロールするんですよ。北朝鮮なんかは直接相手をコントロールしようとするけど、それは馬鹿げている。ロシアも、アメリカで変な人権活動家を利用して社会的な亀裂を深めようと工作したのが問題になってるけど、そういうのは関係のハンドリング能力、つまり、外交能力のなさの現れでしかない。まったく、いつまでそんな事やってんだか・・・
 日共も同じく、マルクス主義を保守する、硬直した組織だから、直接相手をコントロールする事しか知らない。古臭くて、面倒な人たちみたいだ。
 ま、元民の末路なんてどうでもいい。

 あ、そうそう、鉄の天井もガラスの天井もないですから。そこんとこ、いい加減な嘘を繰り返さないよう、お願いしますね。これからアイアン百合子と呼ぶから。



2017年10月22日日曜日

女ヒトラーではないけど、逃げ子だね

 百合子さん、旗色が悪くなったら逃げ子になっちゃったね。
 無責任で勝手な人だね。もう、都知事辞めてくんないかな。
 都議会の野党は、逃げ子に攻勢かけて辞任に追い込んでよ。お願いだよ。
 都議会の野党が本気だせば、都1が耐えきれるわけないんだからさ。





国家主義=国粋主義という間違い

 浜矩子という人が、毎日新聞に書いた意見で、
「民主主義対国粋主義」
 と書いている。
 困ったな、無教養だな。
 明治時代、薩長藩閥政府に対して、粘り強い活動を展開し、選挙実施にこぎつけた民権運動から国粋主義が生まれた。
 こうした流れを分けて見る場合、日本では、政府を国権派、民権運動を国粋派とするのが歴史を踏まえている。
 国権派は欧米に学べと、国費で優秀な者を留学させた。この人たちの中から、愚劣な欧米かぶれが出て来て、何だこの馬鹿はという反発から、国粋主義が生まれた。国粋主義は国家主義ではなく、日本文化を大切にする以外、日本人のありようはないだろう。日本人は日本文化を発展洗練させ、高度化するしかない。何でも欧米のものをありがたがるのは、さもしい後進国根性でしかないという考えだ。
 国権派も国粋派も、もちろん、愛国派だし、尊皇攘夷というところも共通するから、そのあたりで混乱があるのかもしれない。
 でも、愛国者、即反民主主義ではないのは誰でもわかると思う。
 尊皇攘夷だから、反民主主義という事も言えないのも理解できるはずだ。
 共産主義は愛国ではなく、尊皇攘夷でもないが、一党独裁の全体主義国家を形成するから、選挙で民意を問い、指導者を選出する民主主義ではない。共産党は民主主義という言葉を、「自分たちに都合がいい」という意味で使うだけだから、民主主義でも何でもない。民主主義的な選挙で、ほとんど選ばれないのはあたりまえだ。

 大体、今、国粋主義者っているの? 俺、自分を含めて2人しか知らないよ。

 国家主義=国粋主義というのは、戦後にはびこった大きな間違いだ。





SF 猫ベーダー

 地球侵略に面倒臭い事は何一つ必要ない。人類を支配下に置くには猫になるだけで十分だ。
 男は女に隷属している。だから女に愛されればいい。
 こうして、猫は地球に君臨し、カキカキやコロコロ、ガジガジやバリバリ、人を猫まみれにし、ウンチとオシッコをし、自分で決めた通りに好きなように毎日暮らしている。
 わざわざ空飛ぶ円盤を飛ばして、大々的な攻撃なんかしたり、陰謀を張り巡らしたり、宇宙人てな、ありゃ、馬鹿だぞ。

 さ、今日も猫のブラッシングしなくっちゃ。おいで、オブラシでちゅよ。いらっしゃい・・・




2017年10月19日木曜日

日本にヒトラーなどいない

 どこから出てきた話なのか知らないが、小池百合子をヒトラーになぞらえる言い方が色々な所でなされている。
 どういうつもりか知らないが、次のオリンピックの開催都市の知事がヒトラー云々される人物だと、その国の人間が言っている事になる。正気か?
 小池百合子は自分に対してヒトラー発言をした相手をすべて訴える必要がある。それは、東京都知事としてしなければならない事だ。ここで大人になるというのは、人を出まかせにヒトラー扱いするような行為は徹底して問題にされるという事の範を示す事だ。

 小池百合子は失敗した画家でもなければ、陸軍のスパイだった事もなければ(そもそも陸軍がない)、どこに起源があるかわからない共産主義くずれの右翼小結社に入会してもいない。全体主義というなら共産党は完璧な全体主義政党だが、希望はそうではない。ポピュリズムというなら、民主主義国家でポピュリズムと無縁な政治家など存在しない。
 小池は目端はきくが、結局はただの馬鹿で自分勝手な人で、豊田のように怒鳴り散らすような真似はしないというだけだ。小池の方が腹が黒いのだろう。だが、それでも、ヒトラーよばわりしていいなどという事はない。
 現在の世界で、人をヒトラーよばわりする事がどういう意味を持つ行為なのか、それは理解しておいた方がいい。

 ともかく、小池百合子は、ヒトラーを引き合いに出して小池百合子について語った人たちを訴えるべきだ。これは東京都知事として義務だ。

 そんな言い方が横行するようでは、文化程度が低すぎるだろう。




 

2017年10月17日火曜日

small talk:革新の尻尾

「民進が希望に合流すると決めたが、希望は入れる人を選ぶとした。それで選ばれなかった人たちが立憲民主を作った。無所属を選んだ人たちもいる。希望に入れた人たちはやれやれと安心したかもしれない。だが、メイク百合子がデタラメぶりを発揮しまくり、相手にされなくなった。百合子人気のなくなった希望は民進にとって、選挙で当選するための希望でもなくなった。そうしたら、選挙後に、民進を存続させると言い出す人たちが出てきた。何だこれは」
「長期低落で支持を失っているのが身にしみていたんだろう。それで選挙となり、目先の当落で取り乱し、後先考えずに百合子人気をアテにして「希望」行きを希望した。だが、百合子は嫌いな子は入れないと言うので、人気にあやかれないと追い込まれ、一度放棄したこれまでの立場に戻り、立憲民主を作った。元々人気がなかったのが、昔の政策で出ていますとやったら妙に人気が出た。この過程で政策のデタラメさもあって百合子人気は消滅した。都知事の仕事をまっとうしていないうちに国政に乗り出してしまったのが失敗だろう。面白がって支持していた人たちが、あれ、都は? と疑問を持ってしまった。私は愛されているとのぼせ上がり、移り気を丸出しにして愛想をつかされてしまったと思う。例えば、「しがらみのない政治」とか言ってのけたけど、都民ファーストというしがらみを自分で作っておいて、何言ってやがるんだという事だ。そういう事がひとつやふたつではなかった。人気なんか吹っ飛ぶさ。それで元民の合流組はまったく立場をなくした。この成り行きを見た参議院議員が合流してもいい事がないし、立憲にも行きたくない。このままがいいと、合流決定を反故にする事にした。すべて民進議員の目的が議員になる事であって、議員になってやりたい仕事などないからだろう。ただ議員になりたいだけですという人間や団体を支持する酔狂な人などそうそういないから、人気がないのは当然だ」
「政策というのは、こういう仕事をしたいという内容を示したものだと定義できる。それを実行するために議員になったのに、あっさりと反対の政策を掲げる党に入るというだけでどうかと思うのはあたりまえだ。お前ら何をしたいんだ? 本当はやりたい事などなくて、議員になりたいだけだとしか見られなくて当然だ。しかも、それで入れてもらえないとなったら、やっぱりこっちの政策に戻ると言って、別の集団を作った。信用できない。それは立民も存続派も同じだ」
「自民党反対しか政策がなくて、国や国民のために何ひとつやってないのに、議員にだけはなりたくて、その上政権が欲しいってわけだ。冗談じゃないぜ」
「人気がなくなったので、人気がありそうな所に移籍しようとして断られ、たいした知恵もないので元に戻ろうとしている。確かに下方弾力性の中にいるわけだから、身動きすればするほど低落する。それで動かない方がマシだという選択になる。でも、それは座して死を待つだけの事で、社民がたどった道だ」
「民主党は元々、革新リベラルと保守派が勢力拡張のために集まった政党で、従来の各政党を飛び出したという点だけが共通項という人たちだった」
「野合の道を突き進んだという意味では、彼らはブレていないわけか」
「しかし、革新リベラルというのは何だろうね」
「日共別働隊とか、日共応援団みたいなものでしかないね」
「日共はソ連の指令で動いていた組織で、朝鮮総連の下、つまり、北朝鮮労働党の下部組織の下部組織だ。これがぬけぬけと「革新」を僭称し、ソ連、支那、北朝鮮のための活動をして来た。東側のお手伝いをする事がリベラリズムの中身だった。彼らは戦後ずーっとそんな事をやって来た」
「自由主義を意味する本来のリベラリズムの定義とは隔たりがある。ただ、不平等の是正や福祉などがリベラリズムの政治に入って来て大きな政府を支持するリベラルもあって、このあたりは論争になっている」
「日共や容共勢力の言う「革新リベラル」はそんなレベルのシロモノじゃなくて、ただの「革新陣営」だよ。その「革新陣営」の中身は、日共と親日共の事さ。真剣な検討に値する思想の話ではなく、連中の自己申告の話であって、検討に値する中身などない」
「確かにそうだな。冷戦時代にソ連に媚びていた連中やソ連の手先を革新陣営と呼ぶという定義でいいな。これが戦後、連中の言う平和憲法下で居心地良くいられた。だが、ソ連崩壊でぬくぬくしていられなくなった。連中はその原因がソ連崩壊だと認めたくなくて、やれ「保守化」だやれ「9条の危機」だとか言い出した」
「ただしソ連-北朝鮮の手が入っていたのはいわゆる革新陣営だけではない。保守政党、日本では自民党内にも代理人と噂される人物がいたりもした」
「共産圏の国々の情報機関は西側とは比べ物にならないほど冷酷で汚い情報活動をしていたからね何があっても驚いてはいけない」
「そういう共産圏の影響が強い革新陣営が妙に清潔イメージを売り物にして来たのも気持ち悪い話だ」
「ヨーロッパの過激派左翼テロリスト、イタリアの赤い旅団とか、ドイツのバーダー・マインホフとかは、ソ連の後ろ盾を受けてテロ活動をしていた。武器供給者はパレスチナ過激派のPLOやPFLPだった。ヨーロッパ過激派は営利誘拐、銀行強盗といった犯罪で活動資金や武器購入費を稼ぎ出していた」
「南米の左翼ゲリラは麻薬カルテルと手を結んで山岳地帯などを支配した。キューバが麻薬密輸の中継基地となり、同時に武器売買もやっていた」
「ヨーロッパの過激派は70年代、盛んにテロをやったが、これはソ連に西欧侵攻の意志があったからだ。社会不安を醸成し、国を弱体化させるための工作として、過激派を捨て駒に使った」
「南米での活動は対米戦略だったが、とにかく西欧を最優先目標とした」
「テロの嵐が吹き荒れた時期をヨーロッパでは「鉛の時代」と呼んだが、日本が狙われていたらと思うと恐ろしいな」
「新左翼や全共闘の薄ら馬鹿どもなどは勝手に爆弾を作って事件を起こしていた。不発だったために表に出ない爆弾事件も沢山あったらしい。そんな連中が左翼気分のままで年寄りになり9条の会とかで日共と一緒になってやっている」
「それが革新リベラルの中身という事だ。もうちょっと言うと、テロや暴力沙汰の兵隊をやっていた連中と、それを踏み台にして権力を得たコスい連中がいて、革新リベラルを売りにするのは、権力に近づいたコスい方だろう」
「左翼とリベラリズムは何の関係もないのに、そんな事も理解できない程度の知能で革新リベラル勢力になっている連中だな。そんなものは消滅するだけだから気にしなくていい。日本で言えば戦後、世界史的には冷戦期という時代に成立しえた革新勢力の尻尾が残っているというだけだ。この尻尾、雑音でしかないが、当分は消えそうもない。だが、左翼とは無縁の、本来のリベラリズムは自由の問題として重要だ」
「自由の問題は、政治的には個々人や家庭の所得の問題として考えられるんじゃないかと思う。専門家ではないから感想でしかないが、これは税金の問題ではなくて、労働の問題だ。しかも、賃金だけではなくて、労働時間や労働環境、転職環境の問題として出ている部分だ」
「政治的に処理できる自由の問題は、そこでほぼカタがつくんじゃないか。後は社会的な問題と、それから、何というか文学的な問題とでも言えばいいのか、当面カタがつきそうもない部分が残るだけになる」
「そうだな。文学的な部分は、わがまま勝手でかまわないし、カタなんかつかないんだから、考えないでいい。政治的、それから、かなり難しいが社会的な問題に整理がついたら、もういいんじゃないかね」
「労働問題というのは、自由という事を考える時に、経済での通貨のようなものとして見ていいんじゃないかと思う」
「よくわからないが、重要そうな感じがするね」
「うまく言えないから、うまく説明できるようになるまで取り消しておいた方がいいかな?」
「いや、いいんじゃないか。こっちの宿題として、そのうちやりますとしておこうよ」
「そうか、じゃあそうしよう。まだ思いつきなんだけどね」
「いつになく長くなった。このあたりにしとこう」



2017年10月12日木曜日

small talk:虫と信仰

「何だか、この選挙で自民党がまた圧勝しそうだと言われてる」
「そうだといいね。野党がくだらなすぎて話にならない。安倍政権を止めるとか、自民党を止めるとか、そういうのばかりで、積極的な話、つまり政策が出て来ない」
「メイク百合子が出したのは無茶苦茶な話で、政策と呼べるシロモノではなかった。応援している橋下は 「公約なんかで政党を選ぶな」 なんて、凄い事を言ってる。この人も政治家の資質がないね。メイク百合子ほど馬鹿じゃないけど、どんどん頓珍漢になる」
「資質のある人は現実で磨かれて行くけど、ダメだね」
「野党がダメなのは、話が出来ないからだ。国会で話をしなけりゃ、やる事がない。だったら議員になる必要がないんだ」
「聞く耳を持たず、反対するだけのために議員やられちゃ、国民は迷惑なんだよな。いつまでもそういうのを伝統芸のつもりでやらないでもらいたい。芸じゃないから」
「議論をするには、前提を共有している事が必要で、その前提というのは、今なら、北朝鮮の脅威に対処する必要があるという程度の認識は共有していなければならない。外交努力、つまり、お話し合いが足りないって言い出すようじゃ、これまでの経過を何も知りませんと表明しているのも同然で、話にならない」
「そういうのは東京新聞に任せておいてほしい。これまで忍耐に忍耐を重ねて話し合いをしようとしてきた、ダメだった。圧力もかけた、それでもダメだから、それじゃどうしようかというところで、知恵を出し合う。国会に期待するのはそれだろう。そこで意見の相違があるのはあたりまえだけど、憲法9条を守れだの、海外で戦争を始めるだのとありもしない事を言い出して、議論しようともしないんだから、野党は国会を妨害するために議員になっている獅子身中の虫でしかない。それで支持してくれは虫が良すぎる」
「虫だからな・・・」
「国会が議論の場として機能するには、話し合いをする気持ちと能力のある人たちが出て来なければ無理だ」
「従来の野党には能力も気持ちもないね」
「まったくない」
「話し合いというと、何でもかんでも妥協だと心得ている政治家が多いが、妥協しなければ前進しないので暫定的に落とし所に置く場合と、内容を良くしていく議論がある。今の野党じゃ、どちらも無理だ。国民が9条を唱えれば平和が続くというのが対案じゃね」
「その連中は9条を写してればいいんだ」
「写経ならぬ写9条か。忙しい人のためには1文字9条もありとかな」
「古代に9条があったと古9条を発見する奴も現れるかもしれない」
「立民も元民も、日共もみんなそっち方面に行った方がいい」
「9条が憑依して世直しを訴えたりするかも」
「朝日の記者あたりは村のお地蔵さんに「九条」と刻んでおいて騒いでもいいかも」
「自作自演がすぐにバレるんだろ」
「本当にそのレベルだな。何が政権交代だ」
「きちんと議論が出来て、話をまとめられ、野党であっても、行政に政策を反映させられる内容があれば、自然と政権を任せようとなる。中身がないのに政権よこせと騒ぐだけで信頼は得られないよ」
「一度任せてとんでもない事になったしね」
「悪夢だった」
「でも、自民党も、ここで緩んでしまうと結果が悪くなる。目先の選挙の向こうにある事態としては、大きな国の危機がある。自民党にこそ、そういう中で総力戦をやっているのを忘れないでもらいたいね」
「その通りだ」




2017年10月11日水曜日

現実に耐えられない腰抜けが嘘に溺れる

 マルクス主義が革命を行わなければ実現できないと考えていた事は、革命なしに資本主義が実現して来た。資本主義はもっと多くを実現したので、比較するのは荒唐無稽なほどだ。革命運動は、資本主義諸国で社会の発展と進歩を邪魔して、不効率をもたらす役割を果たすと同時に、社会にその時点では実現不可能な要求を突きつける人々を生み出し、その人々は問題解決の幅を狭めた。
 その頃、マルクス主義諸国は、様々な失敗を積み重ね・・・失敗と悪行のリスト・・・、軍事を除くあらゆる面で資本主義諸国に遠く及ばず、国民を不幸にしただけだった。

だが、資本主義諸国の中に惨憺たる有り様のマルクス主義を延命させようとする人々が存在して、スターリンを、毛沢東を、レーニンを次々と切り捨てて来た。彼らは真性のマルクス主義思想ではないというのだった。つまり、彼らは中国革命もロシア革命もご破算にし、マルクス主義革命はいまだ実現していないとした。
 マルクス主義を現実の歴史過程から切り離して、いまだ実現していないものとすれば延命できると考えたのだろう。
 よくも今更そんな事を言うもんだ、後出しもいいところだ、冗談じゃねえよと思うが、この場だけ百歩譲ってみる。

 譲った後にまず問題となるのは、それで、今まで実現していないそのマルクス主義の革命とやらに、どんな必要性があるのかという事だ。
 そんなの、別にいらないんじゃないのかと考えるのは、マルクス主義に取り組もうなんてよりも、はるかに自然で筋が通っていると思える。

 また、そのマルクス主義は、当面、研究室から出る事が出来ない運命にあるが、それはどうだろうかという問題もある。
 これまでのすべてのマルクス主義を間違いだと否定する事は、それに関わっていた人すべてを否定する事になる。彼らは間違いに深く影響されていて、間違い陽性だ。それを正しいマルクス主義に近づけたら、間違いの方が正しいマルクス主義に感染し、せっかくの正しいマルクス主義をロシア・マルクス主義に引き戻してしまう可能性がある。
 従来のマルクス主義者は馬鹿ばかりなので治癒の可能性は極めて低い。
 彼ら間違いマルクス主義は、従来の主流というか、それしかいなかったので、外から見たら、当然ながら同類にしか見えない。
 そこで、正しいマルクス主義はロシア・マルクス主義の影響下にある人々の死滅を待つしかなくなる。
 100年ぐらいは待つ必要があるかもしれない。

 他にやる事がないなら、マルクス主義をいじる空虚を止めはしないが、譲るのはそこまでだ。実際はロシア・マルクス主義とその関係者の延命にしかならないに決まっている再評価など、無意味以上に有害だ。浅すぎるぞ。

 そんな所になど未来はない。




トニー・ジョー、ありがとう

「雨の夜のジョージア」。
 最初に聞いたのはブルック・ベントンの歌で、シングル盤のジャケットは、セーターを来てナイロン弦のギターを抱えたベントンの姿だったと思う。
 驚くべきことに少年だった事があって、心に染みるいい曲だなと思い、覚えた。

 ギターを抱えた放浪者が貨車に乗り込んで雨をしのぐ。ボロボロになった恋人の写真に言葉をかけて気持ちを引き立て、ギターを弾いて時間をやり過ごす。ひどい雨の中・・・

 久しぶりにこの曲を聞いたのはボズ・スキャッグスの「メンフィス」という曲集の中でだった。「メンフィス」は曲、演奏、歌唱のどれもが素晴らしく、スキャッグスの最高傑作だと思う。「雨の夜のジョージア」はナイロン弦のギターが効果的に使われている。これは土砂降りの雨を避けた貨車で放浪者が弾くギターなんだ。

 この曲の作者はトニー・ジョー・ホワイトという人で、この他にはプレスリーがレパートリーにした「ポークサラダ・アニー」という作品が有名だ。

 トニー・ジョー・ホワイトは何だかボソボソと歌う。どうしてか、そのボソボソに惹きつけられて、ずっと聞いてしまう。
 娘はミシェル・ホワイトという歌手で、父親の作品「マヌーザ」を歌ったりしている。

 ベントンとスキャッグス、他にも多くの人が取り上げているホワイトの名曲。いつ聞いてもいい。


追記:セーター姿でギターを持っているシングル盤のジャケットは、ブルック・ベントンではなくて、クラレンス・カーターだった。長い間間違えていた。(2017.10.17)

2017年10月9日月曜日

疑問:2

 宮崎勤事件でロリコン・オタクがアニメの影響を受けて連続幼女殺害事件を起こしたという見方がされたが、事件を題材にした最近のドラマで、ビデオテープが積み上がった部屋の映像に重ねて、そのほとんどがテレビの娯楽番組であり、「いわゆるロリコン映像は数十本程度だった」とナレーションされたらしい。


 うーん、という事は、危険なのはロリコンだけではなくて、オタク全般となるのだろうか・・・???


 昔、若造に「俺もオタクだから、ワハハハ」とやったら、嫌な顔をされた。


 前の「疑問」の答えは、そんなワケないだろだからね。




2017年10月8日日曜日

大人の男のくつろぎについて

 食堂に入って、
「アレくれ・・・何だ?」
 と言ったオッサンの話を聞いた。
 店員さんに理解できるわけがない。
 でも、そのオッサンのそういうの、身にしみてわかる年齢になった。
 これは大人の階段を登ったというか、天国への階段というか、そんじょそこらのオッサンというか・・・そういうものだ。レッド・ツェッペリンのあの曲も、食いたい物の名前がわからなくなって、いきなり「アレくれ」と言うオッサンの歌だと思うと、味わいが違って来る(そんな曲なわけはないが)。
 大人になるというのは、色々とわからない事が増えるというか、ほとんどがわからなくなって、でも、面倒だから、まあ、いいかと、そのままにするようになる事でもある。
 ファッションなんか、わからなくなるのは最初の方だ。ファッションなんか、どうせゲイの思いつきだから、いいや、みたいな気になる。中共の人民服は、絶対にオッサンがいちいち面倒がないように、いつでもどこでも一着で間に合うよう、面倒じゃないように考えたものに決まっている。
 悪しき部分で、体質が共通しているのを感じる。
 大人になるという事は、やたらと屁が出るようになる事であり、それがひどく臭くなる事でもある。ちっとも偉くない。年を取れば自動的に偉くなるなんて、どう考えてもありえない。自動的に来るのは劣化だけだ。
 そりゃあ、偉い人もいるが、みんながみんな偉いなんてありえない。ほとんどが、まったく偉くないし、それどころか、かなりくだらないものなのだ。
 だから、くだらないからといって軽蔑とかしてはいけない。平均的なだけだ。人間くだらないのが平均だと理解できれば、神経を尖らす事も減る。
 つまり、アレもナニだって事だな。うん、ムニャムニャ・・・



small talk:正義が作り出した低脳たち

「自民党が選挙妨害から逃げまわりながら、今度の選挙を戦っているようだ」
「前に安倍首相の街頭演説を妨害した連中のようだね」
「そうらしい、それを避けて演説する場所を突然変えている」
「英国だったら、ブックメーカーが会場当ての博打をやるだろうな」
「何なんだろうね、あの傍若無人は」
「自分たちが正義だから、何をやってもいいとのぼせ上がってるんだろうね」
「ワイマール期ドイツの共産党のようだね」
「それがナチスへの道を開いた。街頭で乱闘していた連中が、影響しあったあげく、共産主義運動をやっていた連中はナチスに転向した」
「イタリアのファッショ運動は元々組合運動だったしね」
「戦前に似てきたというのが左翼の常套句だけど、自分たちのやっている事が同じだというだけだな」
「恐ろしい馬鹿どもだ。あの馬鹿どもを使っている大人のタチが悪いんだろうな」
「その上馬鹿だ」
「正義の馬鹿か・・・」
「自民党は、馬鹿どもを相手にしないように頑張ってるね」
「間違えば暴力沙汰に及んでも不思議ではない連中だものね」
「暴力で選挙妨害か・・・山県有朋が草葉の陰で喜ぶだろうよ」
「そんな事にならないよう、手間をかけて低脳どもを避けている。政治は面倒なものだからね。こういう所でもちゃんとしているよ」
「大人に焚き付けられて自分たちが正義で、何をしてもいいと思い込んだ低脳どもなど相手にするだけ無駄だ」
「あいつら、人の選挙の邪魔をして遊んでいるより、自分たちが好きな立民とかの選挙運動でも手伝った方がいいのにな」
「そんな根気も、真面目さもないんだろう。誰かの足を引っ張って喜ぶような歪んだ連中なのさ」
「それじゃ嫌われるだけなのにな。このままじゃ、民主は立ったまま永眠している・・・なんて事になるぜ」
「そういうまともな事は、あいつらの知能ではわからないんじゃないかな」
「そうか、あんな事やってる連中だものな」
「そういう事だ・・・」




2017年10月7日土曜日

ゼロ度の高さというものもあるのだよ

ゼロ小池、凄い。内容ゼロだ。政治家だからゼロ先生だね。ゼロ師匠は北陽の伊藤だったけど、ゼロ度は先生のが高!



2017年10月6日金曜日

疑問

 山尾志桜里・・・蓮舫・・・辻元清美・・・福島瑞穂・・・豊田真由子・・・小池百合子・・・これらいくつかの個体が、女は馬鹿説の有力な証拠となるだろうか・・・?



2017年10月3日火曜日

smatll talk:御しやすい前チューと面倒くさい枝チュー

「百合子の希望が排除したのは、いると面倒臭い人とか、そういう人たちだろう。民進党の左派とか、政治姿勢だとか思想とかいう問題ではないと思うね。百合子さんにはそういうのないから」
「そうだな。枝野とか面倒そうだし、辻元なんかは馬鹿の鼻つまみで、いない方がいい。左派というなら、北朝鮮のハニートラップ疑惑の前原なんか左派もいいところだろう。こんな奴を抱えておいて、保守だ、防衛だって、冗談じゃないわけだ。線引は百合子より精神的にか、知的に弱い奴というだけだろう。前原は軽く手玉にとれる程度の奴だと踏まれたんだろうな」
「ああ、百合子、頭悪いからな。アクセサリーを選ぶ感覚で政策もどきを出しているだけだ。築地も、今回の原発ゼロも同じだよ。最後は持て余して放り出す。残るのは混乱だけだ。百合子をファシストに見立てる人がいたけど、ヒトラーですらない空虚だというのがわかってない」
「百合子の希望など、本質的には取るに足らない。被害が最小限にとどまってくれる事を祈るだけだ。それより、民主党の終わり方のみっともなさに、あの連中らしさがにじみ出ていると感じる」
「曲がりなりにも政権をとった民主党が、頭数欲しさに維新と組んで、あっさりと民進に名称を変えた時に、こいつらは矜持も何もないと思ったが、そのまま、落ちるだけ落ちて、浅ましさが肥大した」
「結局、政治の世界でやりたい事があるわけではなく、議員になりたいだけの人間の集合だから、目先の利害でチョロチョロ動き回る。民進はそういうネズミの巣だったが、それが今度は百合子の希望になる」
「簡単に手懐けられて、党友をあっさり裏切った前チューと、馬鹿だけど面倒くさい印象の枝チューで明暗が別れたが、どっちが明で、どっちが暗かは先になってみないとわからない」
「あいつらは、あいつらが思ってる政治をやっているわけだが、その政治のみみっちさ、無内容さ、筋の通らなさには呆れ果てる。その点では前原も枝野も同じだ。だって、枝野たちは百合子の希望に入れてもらえなくなったから、しかたなく新党結成だろ。それでまたリベラルの旗を持ち出しただけだ」
「そうだ。まず、人気に乗れそうだから、政策を一切合切投げ出した。だが、それでも乗せてもらえないとわかると、捨てた旗を拾った。選別する側は、選別するとは言っても、元々は正反対の政策を主張していた連中を入れている。両方共、中身も何もないのははっきりしている」
「選別する側、入れてもらえた連中、ダメで新党を作る連中、三者ともどうみてもこの先に見える末路は哀れだが、同情の余地はないな」
「誰が同情などするものか」





2017年10月1日日曜日

small talk:妙な論調

「百合子の希望は民進の左派を切るから容認するなんて妙な論調が出てる」
「支那や北朝鮮まで含めた支持があるんだから、いくらうっとおしくてもいなくなるわけがない。何を言ってるんだと思うよ」
「その支持勢力の一部は鳩山と一緒になって沖縄で座り込みをやっている。日本では、支那や北朝鮮と違って、彼らを投獄したり、殺したりしないから、みんな寿命まで生きて、子供に影響を与えたりする」
「救いのない図だな。だが、その通りだ。当面、そうした勢力は存続する。これはしかたのない事だ。少数であっても、これが議員として国会に出て来るだろうし、無意味でワケのわからない事を言って、色々な事を邪魔しようとする」
「それは止められないんだ。百合子の希望と彼らの存続は関係がない。百合子の希望は民進左派はいらないと言っているだけだ」
「これまでを見て、言っているひと言たりと信用できない百合子の言葉を信用して、容認するなんて、ユルユルなだけだ」
「そこにつけこんでここまで来た人を、まだのさばらせるなんてな、頓馬もいいところだ」
「百合子は、その頓馬さを見越して動いてるのさ」
「その通りだ。で、都1と希望は矛盾するから、どこかでどちらかを選択しなけりゃならなくなる」
「まあ、もしそうなったら、都1を置き去りにするだろうね」
「もしそうなったらね」
「しばらくは、嫌だな、薄汚いなと感じながら、見ないようにしてるしかないかね」
「そうだな。他にない」
「百合子はそういう事だが、民進党左派なんてそれほど問題ではなかった。民主党政権のPTSDで過敏になってるだけだ」
「愚かな選択恐怖症とでも言うべきかね。恐怖のあまり、愚かな選択を繰り返してしまう」
「百合子容認はその愚かさの一種だよ」



2017年9月30日土曜日

ガラパゴスな人々 4

 落合恵子さん、
「そこの装甲車の配置はなんだ! 市民に向けて、何をやってんだ、お前たちは!・・・苦しいとき、苦境に立ったとき、人間の価値が上がります・・・こんなめちゃめちゃな政権が、私たちや子供、孫の人生を決めるなんて、許さない・・・私たちは十分に歴史から学びました・・・暴力は暴力しか呼ばないということ・・・戦争は戦争しか呼ばないのです。市民をみくびるな!」
落合恵子センセイ、どうしてか感情的になっている。でも、仕事をしている人(警官)に向かって、「お前たち」呼ばわりはない。仕事中には、何を言われても黙っていなければならないのは警官も会社員も同じだ。
 センセイに「お前たち」と言われて、例え「このクソ婆ァ」と思ったとしても、黙っていなければならない。
 例え、「この婆さん、誰なんだろう? 徹子の部屋に出たかな、だったらお袋が知ってるんだが」と思ったとしても、じっとこらえる。後になったら忘れてくれるかもしれないが、でも、恵子センセイのやった事が、無抵抗な相手に罵声を浴びせる、精神的な拷問に近い行為だった事に変わりはない。残酷な人だ。
 それから、恵子センセイ、この場でどうして「苦境に立った人」が出て来るのか、よくわからないけど、それで自動的に人間の価値が上がるって、そういう飛躍して、非論理的、かつ倫理的な展開も意表を突く。
 苦しんでいる人が、価値なんか上がるより、苦しくない方がいいという気持ちになっても、それはそれで自然だ。いや、それよりも、人の価値と苦しみなんて無関係だ。要するに、恵子センセイ、重々しく見せかけて薄っぺらな事を言っている。で、人を苦しめたいわけですかね。
 押し付けないで欲しいな。恵子センセイ、苦境に立った事なんてあるんだろうか? いや、きっととっても価値の高い人だろうから、苦境の10や20、こなして来てるんでしょう。
 価値の高い恵子センセイは、学ぶ人でもある。しかも十分に学んでいるらしい。
 ええと、現代史の最近のところで言えば、世界中で左翼やリベラルの思考の枠組みを作って来たマルクス主義思想が嘘で固めた酷いものだって明らかになったなんてあたりは学ぶべきポイントのひとつだ。
 マルクス主義はロシア革命で革命思想のチャンピオンになったけど、ロシアの実情はひどいものだったし、ロシアの勢力範囲化におかれた東欧諸国も最低の状態だった。マルクス主義政党は世界中で人を抑圧し、侵略を行い、戦争をし、虐殺を行い・・・(悪行のリスト)・・・というのが現代史から学べる。そして、それを知っていた各国の共産党や知識人たちが、その事実を隠していたなんて事もわかった。
 マルクス主義は戦争しか呼ばないし、マルクス主義は暴力しか呼ばない。そこは学ぶべき事のひとつだ。
 マルクス主義は問題解決の処方に使えない事がはっきりした。それで、世界中で知的活力を持った人が、過去を乗り越えようと働いている。そこから、この後どうしようという動きからネオコンなんかも出て来た。ネオコンは真剣な動きで、ただの右翼あつかいで片付けられるようなものじゃない。その後、あの人たちはそれぞれの方向に進んで仕事をしているけど、そのうちにまた見えてくるものもあるかもしれない。
 でも、恵子センセイ、そういう事は学んでない様子だ。センセイ、市民を見くびってないかな・・・いや、待てよ。センセイの言う市民は、「プロ市民」とかいう人の事かもしれない。活動家とか、シンパとか、そういう層だ。どうも、この人たちは言葉に別の意味を持たせて専門用語化して使うから混乱する。共産党は世界中で嘘ばかりついて来て、同伴知識人もその嘘(左翼コード)の中でしか発言しないようになってるから、普通の日本語だと思って聞いていると混乱する。
 ここで恵子センセイは、市民は見くびっているけど、プロ市民は見くびっていない。それだけの話だ。
 こっちは、市民を見くびるほどの立場にないけど、プロ市民は薄ら馬鹿だと思っている。もちろん、こんな演説をしていい気になっている人たちも馬鹿だと思っている。ひどいガラパゴス状態だ。

 よく劣化なんて言葉が使われるけど、この人たちは劣化なんかしていない。最初からこうだったんだと思う。世の中が進み、向上したのに、この人たちが同じ場所にいて、進歩も何もしなかっただけだ。
 進歩派というのは、この人たちを指して言う言葉なんだけど、自分たちの事を進歩的だとして来たのに、実際は、現状維持を続けて来ただけだった。進歩というのも、彼らの用語だったのね。
 スペイン内戦の体験から、生涯に渡ってロシア・マルクス主義を批判し続けたアナーキスト、ジョージ・オーウェルはソビエト・ロシアの体制を批判した「1984年」という作品で、共産主義体制内の人間の考え方を二重思考と呼んだ。ダブル・スタンダードというのはこれなんだけど、その言葉は、彼ら左翼リベラルのダブルスタンダードな用語によく現れている。オーウェルって、やっぱいいな。

 2015年9月14日の事を例にとったけれど、2016年3月26日の集会でも「戦争できる国はダメ」とか言ってるから、違いはないだろう。

「戦争できる国はダメ」「再稼働は絶対許せない」 安保法反対集会、脱原発も
(産経ニュース 2016.3.26 17:23)

 この時は脱原発派も合流しているから、彼らも時間が止まった人たちの仲間でしかない。相手にするだけ有害だから、もう相手になんかしない方がいい。

 安保法制、いや、平和安全法制整備に反対する事、そのものを取り沙汰しているのではない事は断っておきたい。反対もあれば、賛成もあって、それは健全な事だからだ。もう過ぎた事を持ち出しているのは、反対する事に反対ではない事を明らかにするためだ。その上で、この人たちの反対の中身があまりにバカバカしいので、それを言っている。そのバカバカしさは今も継続しているからだ。
 こちらが耳を傾け、納得し、議論できる内容だったら嬉しいと思うが、まったく違うのでガッカリしている。この人たちは空虚で、感情的で、まったく取り柄がない。それは悲しい事だ。この人たちが笛を吹いても、ついて行くのは、決まりきった人たちばかりだろう。その光景は退廃的だ。でも、私たちは、憲法も平和も、そして、自分も国も社会も退廃させるわけにはいかない。




2017年9月29日金曜日

ガラパゴスな人々 3

 大江健三郎さん、

「70年間の平和憲法の下の日本というものがなくなってしまう」
このセンセイ、戦後日本の実質をその程度にしかとらえられないんだね。憲法は法律であって、バイブルでもコーランでもないから、一言一句手を加えてはいけないなんてものじゃないんだよ。左翼はマルクスの著作も神棚に上げて、そういう扱いをして来たけど、そういうのを物神崇拝という、きわめてプリミティブな段階の信仰のありようだ。
 今の憲法では平和が維持出来なくて、改憲する事で平和を維持するための法整備の基礎になるなら、それは平和のための改憲で、改憲した方が平和憲法になる。現状維持だけが平和だというのは説得力がない。センセイはそんな事もわからないのかと驚かされる。
 ここに集まった人たちは、平和というと「平和勢力」、民主主義というと「民主勢力」と同義だととらえている。「平和勢力」や「民主勢力」は共産党の自称だけれど、大江センセイもこの発言は、センセイが共産党のお墨付きから一歩も出ないで来た人だから出てきた言葉としか響かない。
 共産党とは無縁な政党が民主主義によって選ばれ、共産党とは無縁な人々が平和を実現しているのが、現在の世界や日本の現実だという事が、このセンセイにはまったく見えていない。
 共産党と平和や民主主義は、あまり関係がないし、平和を実現している勢力も共産党とはあまり関係がない。センセイには、もうそんな事は理解できないでしょうが、それが現実で、センセイの言う「平和憲法の下の日本」が、もしなくなるとしたら、それはセンセイと、センセイと嘘を共有している人たちの幻でしかなかったからだし、実際はなくなるものではないんですよ。
 もちろん、かつてのロシアをはじめ、現在の支那、北朝鮮など、海外の共産主義勢力はこっちの平和などおかまいなしに、侵攻か、軍事的圧力をかけようとしてますけどね。

 山口二郎さん、
「3カ月前、私はこの場所で、安保法制を進める安倍晋三を返り討ちにしてやろうと言いました。もうすぐです!・・・9月18日というのは一体何の日か、皆さん、知っていますよね。満州事変の日ですよ・・・・・・安倍晋三と気脈を通じているインチキなテレビや新聞に文句を言われる筋合いはない」
この後、すぐに安保法制は可決したので、何がもうすぐなのかわからなくなってしまった。
 さて、教授、9月18日が何の日か、誰も知らなくてもいいんじゃないかと思う次第なんですが、どうでしょうか? こんな所でテストやる事ないですよ。ここに集まった人たちで、それを知らない人は、知識による抑圧にさらされる事になるんですよ。教授。
 教授、つまらない事を知ってるけど、総合的に見て馬鹿ですよね、あなた。やっている事は、若い人相手に「お前らに真のロックがわかるか?」とか言って嫌われてるロック親父と同じですよ。これから満州事変親父と呼びましょうか?
 教授が馬鹿丸出しだというのは、その後の言葉で明らかだ。「安倍晋三と気脈を通じているインチキなテレビや新聞」って、どこをどう押したらこんな時代錯誤が出て来るんだろう? もしかしたら、中核派や革マル派の機関紙を読んで、そのまま信じてるんじゃないだろうか? そんな恐れを感じてしまう。
 きっと、森加計騒動を見て、テレビや新聞もやっと改心したかと思っているのだろう。インチキというのは、この教授にこそピッタリする言葉だと感じる。



2017年9月28日木曜日

ガラパゴスな人々 2

 講談師の神田香織さんは
「私たち・・・は、安倍さんを首相と・・・認めたくない・・・安倍さんは国民の安全と財産と幸福追求権のために安保法制を通すといっているが、お断りしたい・・・私たちは私たちの力で財産権と自由と幸せに生きていく幸福追求権を堅持しようではありませんか」
安倍さんを首相と認めたくないというのは、民主主義的で決まった指導者を認めないという事で、それは民主主義を認めないという事になる。別に民主主義が嫌いでもいいし、自分の財産や幸福を自衛しようというのも止めないけど、そういうリバタリアン的な姿勢と、国策はちょっと次元が違うんですよ。安倍政権の政策(安保法制)と神田さんの「幸福追求権」はまったく矛盾しないんですよ。安保法制は神田さんの幸福追求を邪魔しないんですよ。
 安保法制は有事の際に、国民の生命財産を守るための行動に混乱がないようにするという法整備で、有事の際、講談師さんが自力で、例えば北朝鮮とか、支那とか、国家に立ち向かえるわけがないので、そこは国家でやりましょうという話で、そのために法整備をするというのは、日本が法治国家であるという事で、法治国家であるという事は、権力を委託されている存在であっても、法律には従い、場合によっては罰せられるという事なんですよ。
 ハリセンから荒唐無稽な事を叩き出すのは高座だけになさってくださいね。

 鎌田慧さんは、
「いまこの国会の柵の向こうに見えるのは、何か。これは圧政と独裁と隷属です・・・自民党の独裁とは、なんと総裁候補に誰も出られない。こんな独裁、見たことないです・・・こういうふうな政党に私たちは支配されている。これほど悔しいことはないと思います」
公正な選挙によって成立した議会に圧政と独裁と隷属が見えるって、耄碌して幻が見えるのかな?
 この先生を典型とする人たちは、権力者を超法規的なものとしてイメージしている。超越的権力者と言ってもいい。そういう権力者は、近現代では、共産主義国家や、共産主義に強く影響されたファシズム国家がひとつの典型で、後は、後進国の独裁者になる。
 かつてなら、レーニンとかスターリンとか、毛沢東とかだろうか、小さい所ではキューバのカストロになる。今だったら、北朝鮮の金王朝とか、支那の中共とかは共産主義国家の専制支配者で圧政と隷属を実行している。
 で、センセイがこんな独裁見たことないとおっしゃるのは、安倍さんが独裁じゃないから、他の類型とマッチしないという話だよ。独裁者じゃない人を、無理やり独裁者に分類しようとして、「見たことない」って、薄っすらと馬鹿かも・・・
 支配なんかされてないから、そんな世迷い言を言ってられるんだが、日本が独裁国家だったら、今時、国際社会で相手にされてないって。そんな事もわからなくなってしまったのかな? いや、最初からわかってなかったりして・・・?



ガラパゴスな人々 1

 スマホの前の携帯の事をガラケーという、ガラパゴス携帯の略で、独自すぎる進化をとげたため、そこでしか通用しない閉じたものだという事を、ガラパゴス島の比喩を使って表現しているのだと思う。
 森加計報道、いや、騒動を見ると、マスコミは、ガラコミと言うべきかもしれないと感じたりもする。
 もっと平易に言うと、閉じて固まって、どうにもツブしがきかないのをガラパゴスというのだろう。だとすると、、リベラル知識人という人たちもガラパゴスだ。何と言うのだろう、ガラリベだと座りが悪いし、ガラ識人かな? ガラチーでもいいな。まあ、とにかくそういった人たちだ。
 古い話だけど、2015年9月14日に安保法制の反対集会で演説した知識人たちがガラパだった。今も言ってる事も、考えてる事も違わないだろうからちょっと見てみよう。

本当に有識者? 首相呼び捨てで批判「安倍の頭にくぎを」「安倍は絶対倒す」「安倍を返り討ちに
(産経ニュース より)

 代々木公園の集会で、沢地久枝さんは、

「子や孫、その先の世代まで何のためか分からない戦争に投じられ、血を流すことになる」
「戦争ができる国になるのは絶対に反対だ」
と語ったという。
 うーん・・・「何のためか分からない戦争」って、申し訳ないですけど、どの戦争か特定しなければ目的がわかるわけはないんです。ちょっと雑でしたね。
 それに「戦争ができる国になる」とおっしゃられても、今でも、必要があれば戦争は出来ます。
 何だか、中身がないお話でしたね。

 佐高信さんは、
「戦争に向かって、安倍晋三とその一派はまっしぐらに向かおうとしています・・・民主の『主』の字を解剖すれば、『王の頭にくぎを打つ』・・・権力者の頭にくぎを打つことが民主主義だとするならば、・・・私たちの力で安倍の頭にくぎを打ちましょう」
てな事をおっしゃった。
 安倍さんが戦争をしようとしてるとおっしゃているようですけど、どこでどんな戦争を想定していらっしゃるのか、わかりませんね。
 今だと、北朝鮮が日本やアメリカに戦争をしかける脅迫をしてます。それもものすごくまっしぐらですから、そっちに反対演説をなさると平和に貢献出来るかもしれません。
「民主の『主』の字を解剖すれば、『王の頭にくぎを打つ』」
 主という文字がそんなフランケンみたいな字だったというのは初めて知りました。さすがに知識人ですね。文という字にも、字という字にも釘が刺さってますね。高という時にも刺さってる。言という字にもだ。釘だらけだ。知識の識にも釘の刺さってる文字がある。うーん、凄い。
 で「権力者の頭にくぎを打つことが民主主義だとするならば」って、凄い事を畳みかけている。
 民主主義は多数決の事です。誰かに釘を打つ事ではないです。ええと、キリストの手足に釘を打って十字架に磔たローマは民主主義ではなかったし、民主主義と関連の深いフランス革命は釘を打ったんじゃなくてギロチンで首を斬った。あ、でも、フランスに漢字はなかった。それに、一般に言う「主」の成りたりは、「火」から来た象形文字で、釘とは関係ない。
 なんだか、凄い独自解釈で攻めてるけど、頭に釘とか、おどろおどろしいイメージをかもしだして、佐高さんて、昔懐かしいサブカル鬼畜系だったのかな。いや、カルト系かな・・・
 この先生、デタラメばかり並べて人を焚きつけようとして、あれだね、デマで大衆を動員しようと目論むポピュリスト型だね。
 しかし、
「私たちの力で安倍の頭にくぎを打ちましょう」
 って、脅迫とか、ヘイトとか言うヤツだね。これをツイッターでやったら、アカウント閉鎖だ。
 安倍のところを「朝鮮人」に変えたらどうなる?
 客観的にものを考えられない人なんだね。




2017年9月26日火曜日

small talk:百合子の希望は日本の絶望

「小池百合子、原発ゼロだってさ。ひどいもんだな」
「脱原発派に行くんだ。さすが小沢一郎が担ぎ出した人だ」
「豊洲騒動で何も理解できない、頭の悪い奴だってはっきりしたが、鈍感さだけで突き進んで、原発ゼロに到達した」
「まともに相手に出来る人じゃないから、脱原発派が混乱におちいるんじゃないかね」
「それで、途中でコロッと変わる」
「ああ、原発のげの字も言わなくなるだろうな」
「無責任な人だからね」
「都知事が国政に打って出る政党の代表ってのもひどいもんだな」
「これは都議会で問題にし、徹底的に追求すべきだよ。もう辞めさせた方がいい」
「百合子の希望になだれ込んでいる連中もひどいし。都政にも国政にも、百合子はいらない。だから脱原発方面に行って、頑張ってくれるといいと思うよ」
「何だか納得させられてしまったな。だが、脱原発のひどさは、確かに百合子とつりあっている」




2017年9月25日月曜日

中山恭子にはガッカリだね

 小池百合子先生、「希望の党」、ひと言忘れてますよ。
の希望の党」でしょ。
 先生、もう全部、私なんですから、忘れないでくださいよ。
 本当は「の党」にしたかったのに、我慢したんですね。



2017年9月22日金曜日

光州事件とタクシー・ドライバー、そして、日本

 WEDGEというサイトに、ジャーナリストの崔碩栄さんという人が、
という興味深い記事を寄稿している。
 光州事件を題材にした映画がヒットしたことで、光州事件の評価をめぐる論争が起きているという。

 光州事件というのは、1979年10月26日に韓国の朴正熙大統領が暗殺された後の混乱の中で、韓国南西部の光州でデモ隊と韓国軍が衝突し、民間人164人、軍人23人、警官4人が死亡した事件だ。この暴動事件は、今では民主化運動としてとらえられており、「光州民主化運動」と呼ばれているという。
 映画は、事件当時、光州に潜入したドイツ人ジャーナリストと、彼に雇われ、心を通わせる事となるタクシー運転手を主人公としたもののようだが、この2人が誰で、どのような人物なのかに興味が集まった事から、疑問が出て来たらしい。

 実は従来から

「朝鮮総連と韓民統(韓国民主回復統一促進国民会議)が送った御用記者だ」という批判がされてきた。韓民統とは、韓国の朴正煕政府に抵抗するために、当時野党の指導者であった金大中が1973年に日本で在日韓国人らとともに結成した団体だ(結成準備過程で金大中拉致事件が起こったため、結成は在日韓国人 金載華代表代行のもとに行われた)。

 のだという。つまり、親北の金大中の設立した団体が外国人記者を日本から韓国に送り込み、光州事件の記事によって反韓国の宣伝をさせようとした疑いがあった。しかし、この疑惑には裏付けがなく、陰謀論として片付けられて来た。
 だが、ドイツ人記者を空港で待ち構えていたタクシー運転手の名前が、別の大事件にも登場していた事から、疑惑の信憑性が一気に高まった。
 その事件とは、文世光事件だ。
 文世光事件とは、1974年8月15日に、在日韓国人文世光が朴正熙大統領を暗殺すべく、式典の客席から銃を乱射し、大統領夫人陸英修を殺害した事件だ。前大統領の朴槿恵は、この母親の死によって深い心の傷を負い、孤独な人となったと言われている。

 文世光は左翼活動家として、武装闘争の先頭に立っていたらしい。まだ邪推にすぎないが、この男を韓国に送り込んだのが、それこそ朝鮮総連と韓民統であってもおかしくはない。文世光が韓国で使ったタクシー車の所有者が、光州事件でドイツ人を乗せたタクシー運転手だったという。

 光州事件には、北朝鮮の工作員が深く関与していたと考えられる。朴大統領暗殺が突発的な事件であったため、北朝鮮は準備もなく、混乱に乗じての韓国侵攻までは出来なかったが、韓国軍の対応次第では光州暴動が拡大し、北の侵攻まで行った可能性もあった。自然発生的なデモ隊と軍隊の衝突が200人近い死者を出す惨事に発展するなどと考えてはいけない。

 光州事件は、北朝鮮が何をして来たのか、そして、北朝鮮の背後で、支那やロシアが何をして来たのか、彼らの思考はどのようなものなのか、彼らが、万が一の時にどんな事をするのか、私たちが向かい合っているのは、どのような相手なのかを考える大きな手がかりとなる。歴史認識が歪んでしまう韓国ではなく、日本でこそ、より正確な検証が出来るのではないかと思う。

 日本を舞台に、北朝鮮が何をして来たのか、何をしているのか、北朝鮮は日本においても、その秘密戦争を継続的に行っている。すでに仮想ではない敵国となった北朝鮮である。私たちは、脱原発派のようなデマや無知、誤情報に雷同、軽挙妄動に走る事のないように、北朝鮮とその行動について、正確な情報を共有しておく必要がある。

 崔碩栄の記事は必読だ。
韓国映画『タクシー運転手』の大ヒットで浮上した歴史論争」




2017年9月19日火曜日

small talk:左翼コードが破れる時

「選挙だね」
「当然だろうね。支持率が回復したし、野党は惨憺たるありさまだ。それに北朝鮮危機を前にして、出来る限りの事をするための法整備をするには、ここで信を問うしかない」
「支持率は党内を動揺させないために高い方がいい」
「都議選もあったしね。国政で巻き返すには攻めが一番だ」
「野党が弱いしね」
「いや、放っておいたらもっと弱くなるよ。今攻めてやるのは塩を送るようなもんだ」
「そういう見方もあるな。民進は最後まで迷走を続けそうだしね。放っておいたら消滅しそうだ」
「しかし、民進や社民もふくめて、進歩派や左翼は北朝鮮危機、憲法で世迷い言ばかり言ってるな」
「左翼コードに抵触しないように考え、発言する習性が抜けないんだろう」
「いくら現実と乖離していても、左翼コードに適合していればいいと思ってるんだな」
「いくら現実的に無根拠でも、感情論であっても、左翼コードに合っていれば、理性とみなされるから便利なんだよ」
「森加計なんかは左翼コードにぴったりだったんだな」
「そうだな。森加計はまったくそうだった。ただ、これまでは、何となく、自民党、悪いという左翼コードを世間が認めて来たが、森加計の問題としての内容のなさに呆れたのと、ネット言論が健全で、野党・マスコミへの反撃が行われた。戦後を通して進歩派は左翼コードをみんなに押し付けようとして来たが、ネットに押し返さる事になった。これは画期的だったと思う」
「ネットの時代になって、あいつらの嘘が通用しなくなったわけだ」
「いい事だよ。世の中、良くなってる」
「この選挙は左翼コードと現実の選択という事になる」
「うん、左翼はヒステリックになるだろうね」
「あいつらはいつでもそうだよ」
「違いない」




2017年9月15日金曜日

small talk:シモやワキどころか、頭がユルい

「週刊文春が民進党の前原誠司新代表が北朝鮮で現地美女との親密なところの写真を出した。1999年当時の写真だという」
「これは朝鮮のおネエちゃんと仲良くした事そのものが問題なんじゃなくて、それによってこうして騒がれる原因を作ってしまった脇の甘さが問題だ。弱みになる」
「民進党から離党した山尾志桜里議員と倉持麟太郎弁護士の不倫も同じで、亭主以外の男とヤッてたってのはただシモがユルいだけの話だ。そんな事ではなく、取りざたされてしまうような事をしてた脇のユルさがダメなんだ。こんなつまらない事で党の役職がパーだけでなく、離党するはめになった」
「シモではなく、ワキのユルさが問題だというのはその通りだよ。下半身は私事だが、上半身は公の問題だ」
「離党を余儀なくされるような秘密を誰か悪意のある者につかまれ、脅されて政治姿勢に影響したらどうする」
「そこらの企業の重役が女を囲っているのを掴まれて、会社の取引業者にさじ加減するといった程度の話ではない。権力に携わる者はつまらない弱みを作ってはいけないんだよ。つまらない事で脅されたり、足を引っ張られ、政治家としていかがわしい行為をしなければならなくなったらどうする。本人は身から出たサビだが、国民はいい迷惑だ」
「たかが民進党内の事だから、これで済んで良かったよ」
「不倫だ、おネエちゃんだという事そのものは、夫婦の問題だから当人たちでカタをつければいいが、自己管理が出来ていなかったというのは、政治家としてダメだという事だ」
「民進党の事だから、北朝鮮のハニートラップにかかっててもいいだろうという態度に出るかもしれないね」
「政治家としてダメだと言われても、そうなんです、民進ですから・・・と開き直るかもしれない」
「確かに、あの人たち、そのぐらい恥知らずではある・・・それじゃ、シモやワキだけじゃなく、頭も相当にユルいという事になるぞ」


2017年9月13日水曜日

small talk:マスメディア対ネット言論

「ネット言論の中にマスメディアを批判する部分があるけど、これが面白いね」
「冷静にメディアの報道姿勢を検討し、的確な批判をしている。今のところメディアはネットに歯が立たない状態だ」
「何だかメディアに歯止めがなくなって暴走しているのを、彼らがチェックしている。メディアのダメさをネットがバランスしている観がある」
「メディアは正しい報道というのを取り違えている。このところ、彼らは倫理的に正しいというか、政治的に正しい報道をしようとしている。だが、報道の正しさというのは事実だ。反権力だとか、リベラルだとか、そういうのは報道の次元では二の次三の次になる。だが、そこが逆転して、事実そっちのけで、反安倍が政治的に正しいと主観的に判断し、その線で報道をまとめ、邁進している」
「どうしてそこまで血迷ってしまったのかは興味があるが、そこで出て来ている表出に症状として以上の意味はないだろうな」
「冷静さ、客観性、論理性といった面で、ここでネット言論として取り上げたい質の表出の方がはるかに上だ」
「その傾向は、東日本大震災以降顕著になった。原発事故報道の無残な脱原発偏向と、ネットが提起した脱原発への疑義の質を見れば、どちらが現実への対処力を持った言説であり、思考であったかははっきりしている。冷静に見れば、原発はすぐにでも稼働再開すべきだとなる」
「ワケのわからない恐怖にかられた迷信深い人々、無知な人々、共産党に扇動された人々、カルトにたぶらかされている人々が存在するから、原発停止が政治的に正しくなるというのは異常な歪みだが、対処としてはとりあえずそうした人々を置き去りにし、事実と時間経過によって原発稼働の意味が浸透するのを待つしかない。それが有効な説得になる」
「事実や科学的情報ではなく、恐怖心に訴えかける扇情報道がマスコミを席捲した。あの後、マスコミ報道の質は下落の一途をたどっている」
「マスコミに批判的な人々の発信をネトウヨとかひとくくりにしたがる人たちはいるが、その程度に扱っていいものとは思えない」
「マスコミが左傾していて、そのマスコミを批判するから右翼だというのは無意味というよりも有害なレッテル張りでしかない。活動家レベルにまで質が低下したという事かね」
「ネット言論は政治宣伝の道具としてネットを使っているのではなくて、自分の表出として真剣に行われている。そして、それが充実している。ネットの使い方のレベルがまったく違う」
「ネット言論は、そこに未来があるが、マスコミは過去にしがみついているだけで未来に向かおうとしていない」
「ネット言論の成熟とマスコミの崩壊か・・・」
「どう見ても、これは勝負あっただな」



2017年9月12日火曜日

small talk:先制防衛の論理

「北朝鮮が日本を攻撃したら、女子供も含めて日本国民、そして、日本に来ている外国人、在日韓国人、朝鮮人も殺されるだろう。憲法がどうのと言って、攻撃されるまで待っているというのは馬鹿げていると思う」
「そうだな。それに、日本が攻撃される場合、同時か、先に韓国も攻撃されている。近いとは言え海を隔てた日本を先に攻撃しておいたら、陸続きの韓国からの反撃がある。それがわかっていて、韓国を放置はしない。まず韓国侵攻があり、同時に日本攻撃となる。だから、韓国人は在日だけでなく、本国で殺される可能性が高い」
「北朝鮮は韓国侵攻ばかりを考えて来た。電撃作戦で韓国軍を撃破し、蹂躙するだろう。前の朝鮮戦争でも、共産軍は韓国人を虐殺している。今度もその可能性は高い」
「それがわかっていて、韓国も日本も何もしないでいる。防衛にいそしむというのは、今の場合、何もしないのと同じだ。北朝鮮が攻撃して来たら、こちらで人が死ぬ。それを待っているなどというのは人非人の考えだ」
「交通事故で人が死ぬと信号機が設置されると言われるが、そういう感覚でいられたら困る」
「憲法よりも、国民の生命の方が大切に決っているんだから、危機に際して臨時に憲法を停止し、危機が去ったら、元に戻せばいいだけだ。憲法の停止も、戦争に関係のある部分だけでいいんだから、出来ない話ではないだろう」
「そうだな。憲法の停止を公表するのも、後でいい。危機が去ったら、安倍首相が辞任し、国民に行動の評価を問えばいい」
「民主的なやり方だな。国民は安倍首相を支持するよ」
「今の状態での核武装論議など、無意味だ。そんな議論にリソースを割く必然はどこにもない。今は、防衛のために北朝鮮を無力化するにはどうするか、軍事行動も含めて、その方法を考え、実行する時だよ」
「その通りだな。北朝鮮/日共の紐付きではなく、真剣に考える人の中でも、反対の人はいるだろうが、直接の対話でなくても、議論を深める機会はあるだろう」



2017年9月10日日曜日

small talk:だから反ヘイトは嫌われる

「何だかツイッター社におしかけて差別ツイートの野放しをやめろと圧力をかけた団体があったらしいね」
「その団体のそんな行為を批判する人がいるのは当然だ。「ヘイトスピーチは表現の自由にあたらない」などとプラカードを掲げたらしいが、この考えの浅さがこうした団体の中身のなさを物語っている」
「高級な表現しか守るに値しないというのは理解できるが、間違っている。何が高級な表現かを決めるのは誰になるのかという問題を考えていないという点で、バカだ」
「きっと自分たちが決めるというつもりなんだろうな。表現が許されるか許されないかの裁定者になりたいんだろう」
「昔のロシアだったらKGB、戦前の日本だったら特高警察の管轄だな」
「うん、KGBならシベリア送り、特高警察なら竹刀叩き、IS支配地域なら殺される」
「ツイッター社はそのどれでもないから、彼らに対処させるなんて無理だろう。そんな事を言って圧力をかけるなんてモンスターもいいところだ。いや、ツイッターから金でもせびり取ろうという魂胆か?」
「ツイッターの検閲顧問に収まって収入を得たいのかね」
「昔の総会屋みたいだな」
「そうだな。総会屋の生き残りが反ヘイト屋になって復活するかもね」
「表現の自由というのは面倒くさい問題で、ヘイトスピーチだろうが何だろうが自由だとするのが一番簡単なんだ」
「表現というものがそれほど高級だと考えちゃいけないんだよ。どうしようもないクズがかなりはいっていると見ておいた方が確かなんだ。だが、それでも、そういうものの自由を守る事が表現の自由を守る事なんだ」
「守るべき表現というのは、守るべきではない劣性の表現に対する、優生の表現という事にしかならないんだ。表現の優生思想さ」
「表現の優生思想は自由とは対立するんだ」
「もうちょっとこだわって言えば、ある表現がヘイトスピーチであると決めるのは誰なのか、決める手順があるのか、その手順を決めるのは誰なのか、そういった問題があるんだ」
「そして、その問題をたどって行くと、その表現が守るに値するかどうかを決めるのは、結局、権威ある共産党か、北朝鮮労働党か、イスラム宗教指導者か、カトリック教会か、みたいな事になって、権力の問題に行き着いてしまう」
「ある時は表現の自由を、またある時はヘイトスピーチをダシにして、本当は自分たちの勢力を増やそうという野心があるだけなのさ」
「政治的な勢力、つまり権力を求めるのは、勝手にやればいいさ。だが、表現や差別に対する薄っぺらな正義を振りまくのは見過ごせない。反ヘイト団体にはものを考えた事のある者はいないのか?」
「ものを考えた事のある人間なんて、そんなのは憲法九条を守る会だっけ? あそこにだって一人もいないじゃないか」
「ああ、寒々しい人たちがいたな」
「脱原発も含めて、北朝鮮の核実験、ミサイル実験で、あの人たちが沈黙してしまったんで、せめて反ヘイト運動だけでも何かしようといった程度の事なんだろうけど、ダメさをさらけ出してしまった」
「あの人たちの知力と怠惰さでは表現の自由を云々するのは無理だと宣伝したようなもんだった」
「何を言うのも自由だ。だが、人に相手にしてもらえる自由というのはないし、また、他者には反論する自由もあるというだけでいいんだよ」
「その自由の範囲は、例えば、シャルリー・エブドはいくらでも宗教を小馬鹿にする自由を持っているが、イスラム教徒は襲撃をもって反論に代える自由がある。ただし、テロはテロとして対処される事になる。死刑のないEU圏では、その対処は現場での射殺となるという事だ。表現の自由を守るという事は、そうした血なまぐさい面を持っている」
「ヘイトだ何だというレッテルを張って、自分の正義を主張すればいいという程度の話ではない。そんなレベルで終始したいんだったら、おとついおいでという事だよ」
「そういう事だ。本気でもないのに、感情的になって自分の正義を主張したいだけなんだ。こりゃ嫌われるわな」



2017年9月9日土曜日

今も残る感動

 子供の頃、銭湯で知らない子たちが隣になった。お姉さんと弟らしい二人だった。
 あの頃の銭湯には子供だけ性別がなく入っていた。父親の子供連れだと、女の子でも男湯に入っていたし、女親と一緒だと男の子でも女湯に入った。小学生ぐらいまではそういう感じだったと思う。
 銭湯での事などどうして覚えているのかというと、その子たちが頭を洗った時、泡が灰色になったからだ。とても汚れていたのだろう。
 その灰色のシャンプーの泡を見て、私は
「カッケーッ!」
 と思った。それで印象に残っている。

 この感覚は、おそらく女性の共感を得る事はないだろうし、男でも裏切り者がいると思われるところだ。しかし、たとえ少数であっても賛同を期待できると信じる。

 後に肉体労働をして、土埃で体が汚れた時、頭を洗ったら、泡が灰色になった。その時、ついに俺もやったぜと嬉しくなった。小学生の時の事を、二十歳代まで引きずった事になる。



2017年9月8日金曜日

small talk:レーニンの反戦

「半島情勢は、もう戦争になるしかなさそうだね」
「うん、みんな戦争はあると思ってるね。北朝鮮があの調子じゃ、そういう事になる。戦争を回避するには、北朝鮮が核兵器をすべて廃棄する以外にないんだから」
「そうしなければ、同じ事を繰り返すだろうから、どのみちどこかで戦争になる。だったら早ければ早いほど被害が少ないのだから、どうしても開戦しかなくなる」
「北朝鮮内で革命が起き、人民が金マルクス主義専制王朝を打倒し、核を廃棄し、民主主義に基づいて韓国の軍門に下るという、最善の事態は考えられない。ならば、次善の策は戦争以外にない」
「一部の日共系進歩派は北朝鮮の話を聞いて、事を先延ばしすべきだと言ってるが、相手にされていない」
「あたりまえだ。子孫に北朝鮮の脅威という負の遺産を相続させるわけにはいかないだろう。社会保障に北朝鮮と、そんなものばかり残されたら末代まで恨まれるぞ」
「朝鮮半島危機で何だか石破がしゃしゃり出て来てるけど、何だあれは」
「暇だし、責任がないから、どこにでも顔を出して、好きな事が言えるというだけさ。責任のある立場だったら、余計な事は言えないし、マスコミの相手なんかしている暇はない」
「情報もすべて出せるわけではないから、色々と空白が出来る。これは、この情勢ではあたりまえの事だが、良く言えば、その空白を埋める役割を果たしているわけか」
「良く言えばね」
「人望のある男じゃないが、ちょうどいい所かもしれないな」
「反戦運動とかはどうなってるのかね」
「あれは戦争を始めなければ出来ないから、開戦を待ってるんじゃないかな」
「レーニンの反戦論は、第一次大戦でロシアがドイツと戦っていたのをやめさせようとした。ボルシェビキはドイツから資金を得ていたが、その条件がロシアの戦線離脱だった。それで戦争一般に反対するふりをして、ロシアを戦線離脱させたんだった」
「ああ、レーニンは戦争を売ったんだな。そして、その後は、軍備拡張に勤しむ事になる。ソビエト・ロシアは凄まじい軍国主義国家だったし、それはロシアが君臨した国々のすべてが同じだった」
「それから、資本主義国家の労働者は敵側に味方して、自国の権力と資本に打撃を与えるために戦争に反対しなければならないとか言ってたよな」
「そうすればマルクス主義国家が戦争に有利になると考えたんだな。マルクス主義諸国には労働者の権利なんかないからな、反戦運動なんてありえない」
「でも、軍事部門以外がどんどん疲弊、後退して行って、世界の半分を支配していたソビエト・ロシア帝国は崩壊した」
「腹が減ってはいくさができぬという程度の認識もなかったんだな」
「マルクス主義だからな。プーチンが北朝鮮は “草をかじっても核プログラムを放棄しない” なんて言ってるけど、マルクス主義帝国の内部をよく知っている者の言葉だな」
「向こうはすでに草をかじってるんじゃないか?」
「確かに、ああいう出方をしているという事は余裕がないという事かもしれないな」
「ただ、ここに来て太陽政策でもないだろうよ」
「ああ、金大中大統領もロクでもない指導者だったな。韓国が願望と北の工作に基いて、対北政策を失敗し続けて来た事に加えて、アメリカのオバマ大統領が8年間、何もしないでいた結果が、水爆実験に結実したわけだから、太陽政策の方面は万策尽きているよ」
「後は、冷静に、出来るだけ被害を少なくして、早く、危険を排除する事しかない」
「双方の被害を少なくするには、大きな力を一気に使うのが一番だね」
「そういう事だ。核施設を叩いて無力化した後に交渉というやり方もあるが、まず、核戦争の危機の除去が最優先だ」


2017年9月4日月曜日

この9月に寄せて

 権利という言葉を使うなら、どの国にも核兵器を開発し、保有する権利がある。しかし、核拡散防止条約に入っておいて、条約を履行せず、核兵器開発をするようなやり方をしたら、その国はまったく信頼出来ない事になる。
 これは北朝鮮の事を言っている。これまでの行動を見ていると、何事も堂々とできず、裏でコソコソとやるのが北朝鮮で、まったく信用出来ないのが明らかだ。会談などしても、また嘘を重ねるだけだから、みんなが時間稼ぎをしたい場合以外は無意味だ。

 日本も、核兵器を持つ権利はある。その必要があるという判断があれば、アメリカと何年かけても交渉し、様々な状態を整えた上で、核拡散防止条約を脱退し、核兵器を開発・保有する事は、可能性としてはありうる。
 まず、気休めにもならなくなった、馬鹿げた三原則をやめるだけでもいい。
 目前の危機に対してアメリカの核を持ち込んでもらう可能性を追求してもいいからだ。

 ロシアのプーチンは口先介入をしているが、言っているだけだ。
 また、支那がアメリカ市場・日本市場と北朝鮮のどちらを取るかは明らかだ。
 アメリカは、北朝鮮危機の対応をもって朝鮮半島に確固とした存在を打ち立てるべきだ。日本が出るわけにはいかない以上、極東アジアの安定と平和のためには、アメリカがやる必要がある。

 何の通告もなく、日本の承認もなしに北のミサイルが日本上空を通過した時点で、これは攻撃と同じだ。もう日本の側に憲法上の問題はない。あるのは、私たち自身の自衛の問題だけだ。



 

2017年8月29日火曜日

文章入力にエディタというのはDOS時代からの習慣だね

 ATOMというエディタを使い始めた。サブライムとアトムの2つが、今、旬のエディタのようだ。
 プログラムを書くわけではないが、リナクスで使えるエディタでいいのを探していた。文章入力のためだ。サブライムもアトムもいい感じだ。ちょっと使って行ってどちらがいいかを決めるのがいいだろう。他にマイクロソフトのビジュアル・スタジオ・コードというのも使っている。
 今のところアトムが気に入りそうだ。
 理由は、行頭に空白を入れた時の処理の好みだ。日本語で入力をしている時に、アトムとビジュアル・スタジオ・コード(長い名前で面倒臭いな。ヴィジュアル・ストゥディオ・コードなんて、絶対に書かないけど、それでも長い。ビスコとかでいいんじゃないかと思う)は、全角の空白をとってくれる。でも、サブライムは全角でも空白を半角に解釈する。これは困る。
 長らくリナクスのエディタになかった機能で、ぜひ欲しかったのが、行間の開き具合を設定する機能だった。これはアトムもサブライムもビスコも出来る。行間がくっついていると読みにくいので、この機能は嬉しかった。
 ウインドウズで長く使っているのは秀丸というエディタだが、本当を言うと、秀丸と同じエディタがリナクスでもあると一番いい。
 でも、そうはいかないので、ウインドウズとリナクスの両方で使えるエディタで、なおかつ、欲しい機能を持っているものを探し求めている。
 今のところ、アトムがいい感じだ。



古い感覚の、ゆかしさも深みもない話

 天ぷらも蕎麦も好きだが、天ぷら蕎麦は駄目だ。天ぷらで蕎麦のつゆがにごるのが嫌だ。つゆの切れがなくなってしまう気がする。
 これがうどんだったら気にならない。うどんは女か病人の食べ物という意識があるからだと思う。いや、あったと言うべきだろう。今はうどんも食べるようになったからだ。風邪をひいた時にカップ麺のうどんを食べたのが原因でそうなってしまった。
 こんな話をしてもわかってくれるのは、関東の古い人間ばかりになってしまっただろう。川口松太郎でも読んで寝るのが無難かもしれない。


2017年8月27日日曜日

正義の毒

 良いことをするのはとても難しい。良いと思ってやった事が悪い結果となってしまう場合があるからだ。
 例えば、ナチス政権下のドイツで行われたユダヤ人とロマの虐殺だが、ドイツ人たちは、悪いことをしようと思ってあれをやったのではなかったはずだ。悪をなそうとしたのなら、あれほどひどい事はできなかったはずだ。良い事をしようとし、良い事をしていると思ったからこそ、あそこまで徹底した悪事を行えたと考えるべきなのだ。
 ドイツ人たちは、ユダヤ人やロマが悪いから、絶滅させた方がいいと考えたのだ。
 それは、革命後のロシアで「反革命」を絶滅させようとしたのと同じ思考だ。
 悪をなくせば、すべてが善になる。そういう考え方は自然なのだろうと思う。しかし、誰が悪を決定するのかという問題は解決されていない。
 悪も、そして、善も、定義されるにいたっていない。ある人にとっては疑問の余地なく正しい事が、別の人にとっては悪い事になる。別の人の正しさが違うからだ。だが、ふたつの正しさの甲乙をつける正しさは存在しない。
 こうして、正しさを巡って私利私欲を越えた争いが勃発する。その争いが一方的な攻撃であっても同じだ。これには妥協がない。徹底的な破壊が行われるしかない。
 それがドイツやロシアの収容所で起きた事だ。正しい事をしようとした結果があれだった。
 正しい事をしようとしたというのは、だから、弁明にはならない。自分が正しいと思い込み=信じ、強い信念を持っていたという事は、別の角度から見れば、自覚を持たずに狭い視野の中で思考を放棄していたというだけの話だからだ。
 正しさには、人の思考を占領してしまう毒がある。正しさの中にある人は、自分で思考していると思っていても、正しさの枠の中で、その正しさが発する思考の木霊を聞いているだけになる。
 思考を放棄せず、自覚を持ち続けるにはどうすればいいのか、つまり、正しさの毒を避けるにはどうすればいいのか。
 とりあえず正しさはほどほどにしなければいけない。そのためには、私利私欲を越えたりしない事も大切だろう。常に妥協できるようにしておくのもいい。
 つまり、優柔不断でみみっちい、あいまいな大人になる。少しくたびれているともっといいかもしれない。
 毅然とした態度で、明快に物事に取り組むなんてのは、あまりいただけない。
 正義は悪よりもはるかに残酷で容赦のないものだ。悪よりも、正義をこそ、人は警戒していい。




2017年8月24日木曜日

解説:女子アナ占い以下

 東京新聞、中日新聞2012年12月27日付朝刊掲載の安倍内閣特集記事が批判されているという。「最低」「便所の落書き」といった言われ方をしているらしい。
 企画と制作は東京新聞のようだ。

 特集の画像や内容紹介を見ていると、三流週刊誌の女子アナ占いレベルである事は確かだ。
 女子アナ占いというのは、各局の人気女子アナにこういう性的嗜好があるとか、いかがわしい事を書き連ねる企画だが、もちろん取材など一切なし。記事の内容は、たまたま占ってみたら出て来た事で、文句は占いに言ってくれという無責任極まりないスタンスでやる企画で、まあ、酔っぱらいのサラリーマン相手の企画だ。アサヒ芸能とか週刊大衆がよくやってた。

 どうせなら占いでやればよかったのに、東京新聞、識者というか評論家というかに電話取材でもしたらしい内容で記事を構成している。
 確かに、一般紙もここまで来たかという感じはあるが、末期症状というものはこういうもんなんだなと冷めた感じの方が強い。
 いまさら、東京新聞相手に「最低」とか、「便所の落書き」とか、怒る気持ちにはならない。
 そう、東京新聞、中日新聞は最低だし、便所の落書きなのだ。森加計で騒いだ時から、もう落書きだった。だから、この安倍内閣特集を見た時に、少し炎上商法かなと思った。

 唯一批判があるとすれば、東京さん、これじゃ酔っぱらいも面白がらないよという一点だけだ。

 進歩派って、本当に不毛な人たちだ。ハイエクが、マル経の人たちとは「残念ながら前提を共有できない」と上品に言っていた言葉の辛辣さを思う。



2017年8月21日月曜日

small talk:晩夏の戯言

「猛暑の後に台風が来て、雨が続き、気温は上がらないが、湿度がやけに高いなんて、異常な天気が続いている」
「湿度が高く、気圧が低いのはこたえるな」
「ひどい夏だよ」
「天気にかこつけて言うが、日本も現状維持が許されないのをひしひしと感じる」
「湿度に中国漁船団や北朝鮮のミサイルが関係してるってのか。それじゃ脱原発派なみのこじつけだ」
「ダツゲンパツはカタカナ表記にした方がいいかも」
「エコロは前からカタカナだな」
「カルトもだよ」
「アカも表記として強調する時や、口語の雰囲気を出す時などはカタカナを使って来たな」
「それじゃ、これからあいつらをカタカナとでも呼ぶか」
「一般性はないけど、いいかもしれない。ニンピニンでもいいけど」
「きっと文字にすると読みにくいぜ」
「それじゃ、脱原発派(人非人)はどうだ。脱原発派=人非人でもいいけど」
「ともかく、テレビ朝日の特別番組『ザ・スクープ スペシャル』「ビキニ事件63年目の真実」副題「フクシマの未来予想図」に対しては、カタカナ連中からこそ批判があるべきだったと思う」
「そんな事が出来るだけの常識も知力も見識も、あのカタカナ連中にはないって事だ。いや、それどころか、きっと番組と同じように考えているんだろうよ」
「そうだろうね。だから黙っていたんだ。どうしようもないな」
「放射線が心配なら、北朝鮮の出す放射線でも計ったらどうかね?」
「支那の大気汚染は本当に日本に来てる」
「支那と言えば、ドブから食用油を再生するエコロな技術も持っているし、プラスチックの米を作る技術も持っているし、真っ黒な農業用水を作る事も出来るんだから、海産物なんて乱獲する必要なんかないだろうにな」

「支那は経済成長を続けているが、軍備拡張には莫大な金を使っているし、中共と軍部の幹部が私服を肥やすのに余念がない。金持ちになる民間人は、実は政府要人の子弟だ。それでも都市籍を持っていればまだいい。そうでなければ、待遇がまったくちがう。また、無戸籍の人間はそれ以下だ」
「牢名主って知ってるか?」
「江戸時代の牢屋の親分だろ?」
「そうだ。その牢名主は、牢屋の畳を独り占めして、一人だけ全部の畳を積み上げた上にドテラを着て座ってるんだ」
「他の囚人は、みんな畳の下の板の上で生活するんだよな」
「支那の経済成長は、アレさ。成長と言ってるのは、独り占めして積み上げた畳だ。他は、本当なら自分の分があるはずの畳をとられ、板の上で寝てるんだ」
「共産主義国家は、みんな同じだね。マルクス主義はそういう専制国家を生み出す思想だからな」

「それははっきりしているが、北朝鮮や中共のような、死すべき体制が往生際悪く残っている」
「始末が悪いというヤツだな」
「周りもこれ以上悪くなるよりはいいと現状維持を容認して来た」
「その結果、どんどん悪くなっている」
「現状維持を目指した結果が、事態の悪化か」
「ナチス・ドイツの行動を容認した結果が世界大戦だった」
「アンドレ・グリュックスマンがヒトラー一人の責任であるかのようにしているが、みんな自分の従順さに従ったではないかと言っているのは、何もドイツ人だけに向かっての言葉ではない。イギリスなどがドイツの行動を見て見ぬふりをしたのもそういう事だ」
「グリュクスマンはドイツ観念論を問題にしているんだが、彼のモチーフはそういう事にもなる」
「彼については、そのうちきちんと取り上げていいだろうね」
「軽く流せる程度の人ではないからね。ただいつになるかな」
「ハイネもとりあげなきゃならないしな」



八極拳の李書文は神槍と呼ばれたという

 今日は稽古だった。月2回しか行ってないのに、八極拳槍術の凄い技を教えてもらってしまった。問題は、教えてもらってからといって出来るわけではない事。うーん、豚に真珠というやつだ。
 槍は動きが大きくて面白い。気持ちのいい武道だ。



2017年8月19日土曜日

湿度が高いって、眠い・・・

 ザディコとケイジャンを聞きながら、本を読んでだらだらと過ごしてしまった。
 散らかってまとまりの悪い頭の中が整理される事はなさそうだから、そのままにしておく。

 福島の原発事故そのものの被害と、脱原発で騒いでる連中が引き起こした被害のどちらが大きいのか数値化する手立てはありそうだけど、そのうちに誰かがやるかな?
 人的被害は、自殺者がいるから、脱原発派が引き起こした被害の方が大きい。あいつら、本当にひどい奴らだ。最低のカスだと思う。

 シリアでアサド派がまた毒ガスを使ったみたいだ。アサドもひどい奴だし、アサドを支援している露助もイラクもロクでもないけど、反アサド派をデッチ上げたはいいけど、その後、曖昧な態度を取り続けたアメリカのオバマもカスだった。反アサド派には、各国から戦闘集団が集まったみたいだけど、反アサド派で戦闘に参加すれば武器と資金が手に入るという感じで、アラブの春バブルがあったんじゃないかという感じを受ける。そこからイスラム国集団が出て来た。反アサド派から、また別のテロ集団が現れる可能性だってある。アサドも、アサドの支援者たちも、イスラム国集団も、反アサド諸派も、みんなロクでもない。本当に嫌な話だ。

 中共は最悪最低だけども、中共が倒れると、その後に、もっとひどい権力が出て来る可能性が否定出来ないので、中共とつきあって行くしかない。支那人はその場限りの浅い国民性だから、信用できないが、他の奴が信用できるわけではないので、今目の前にいる奴と取引するしかない。
 支那は支那人にとっても、支那人以外にとってもストレスでしかないけれども、今の価値観ではどうにもならない。
 昔々、そうすれば支那が良くなると思って、清を倒す手伝いをした人々がいたが、国民党政権がだらしなくて、共産党に負けて、ひどい事になった。良くしようとしたら、悪くなる。よくある事だ。経済で言う下方弾力性は色々な所にある。考えが浅いと、これが罠となってしまう。先の事はわからないし、なかなか身動きが取れないものだ。そうして、人は座して死を待つしかなくなる。
 後付けで批判する事は出来るが、する価値のある批判はわりと少ないものだ。



2017年8月15日火曜日

2つの情報工作と日本 3

 二重の工作によって歪んだ日本の思考を見直す時、民主主義も含めて、戦後の諸制度、諸思想は自分で獲得した自前の思想・制度ではないため、日本に合っていない部分がある事に気が付かざるをえない。
 比喩で言えば、良い品だこれを着ろと与えられた服に身体を合わせようとして来たのが戦後だった。
 だが、もちろん、本来なら身体に合わせて服をしつらえるのがあたりまえだ。

 戦前、民主主義につながっていく可能性のある動きとして、民権運動=国粋主義という十分に根付いたものがあった。薩長国権派に対抗して、選挙を実現するなど、堂々とした歴史のある動きだった。だが、占領軍は、これを悪者にして、改めて「戦後民主主義」という枠組みを移入した。日本にとって無理のある移入だった。
 日本の民主主義、ないし、民主主義の萌芽だった民権=国粋主義が、アメリカの民主主義と対決し、日本が負けた。それだからと言って、日本の民主主義が間違っていて、アメリカの民主主義が正しかったとするのは無理に決っている。
 だが、その「真相」工作を、「総連/日共」工作は小躍りして喜んだだろう。日本には民主主義がないとして、彼らの言う「民主化」に邁進した。もちろん、彼らの「民主化」とは、左翼化であり、さらに言えば「総連/日共」を盲目的に支持する事だった。彼らが「主体的」にと言う時には、自分から進んで盲目的になれと命令しているだけだ。
 日本を丸ごと「悪」にしてしまうより、国粋主義を悪とする方が簡単だったし、便利だったのだろう。それは国権派と「総連/日共」にとって非常に都合が良かった。

 今でも「極端な国粋主義」といった言い方がある。これは「激しい排外主義」と言っているか、あるいは、「極端な国家主義」と言っているように思える。
 まず、国家主義は国権派のものだからこの意味合いは当たらない。
 また、国粋主義は、元々、国権派の極端な欧米かぶれに対する批判から始まっているもので、日本にも沢山いいところがあり、いいものがある。日本人はこれを出発点にして、自分の力で国を良くし、豊かにし、やって行く以外にない。欧米先進国のものを取り入れるにしても、日本人の間尺に合うか合わないか吟味し、合わないものは合うようにしなければならないだろうという考え方で、排外的な国粋主義者がいたとしても、それは例外的な存在だ。また、そうした例外なら国権派にもいたと思う。

 国粋主義というのは、わざと言っているのだが、民権主義と言い換えても同じ事で、どこの国にもいい所も悪い所もある。一方がすべて良くて、一方がすべて悪いなどという事はない。それでは、先人の努力をあまりにないがしろにしているという事を言っているだけだ。互いの美点を認めようという事のどこにも排外などない。
 何でもかんでも欧米がススンデいて、正しく、日本は遅れていて、間違っているという考え方、これを自虐史観などと言うらしいが、ここでは拝外主義、あるいは排内主義とでも言おうか、排内主義の方がはるかに異常だろう。

 日本がすべて悪いとされた時に、国粋主義は沈黙を敷いられ、すべての責任を負わせられる事となった。だが、戦時軍部は、統制派が支配していたのだ。国粋主義の影響下にあった皇道派は粛清されていたのだ。

 自前の草の根民主主義であった国粋主義が沈黙した事で、制度の部分は国権派が、思考の部分は「総連/日共」が独占した。こうして、戦後民主主義は上から押し付けられる、何だか気持ちの悪いものだが、逆らえないものとしてあり続ける事となった。

 自分で思考するのではなく、規格化された思考に自らを合わせようとする無理を続けた挙句、左翼などに見るような極端で異常な思考に至る人々が現れるようになった。
 これは、戦後民主主義が基盤として来た、歪んだ戦後パラダイムの破綻を示している。

 私たちは、ここで国粋主義=民権思想について再検討を行ってもいい場所にいる。日本の何もかもを否定し、欧米、あるいは、共産主義国からの輸入ですませた方がいいというのでは、すべてが意匠の問題となってしまう。そうではなく、自前の理想、自前の思想を未来につなげて行くのでなければ、日本は日本たりえず、日本人は日本人たりえない。



2017年8月14日月曜日

2つの情報工作と日本 2

 宣撫工作は、占領した国や地域で必ず行うものであって、アメリカがとりわけひどい洗脳をしたという見方はできない。日本だって宣撫工作はやっている。宣撫工作そのものはあたりまえの行動だが、「真相」工作は戦前の悪魔化が強すぎたとは言える。また、ソ連の「総連/日共」工作も重なったため、より強烈になった面もあるかもしれない。
「真相」工作で日本の悪魔化が強いものとなった理由は、戦時中の日本軍の強さだったかもしれない。結局、日本は列強をことごとく打ち破った。負けたのはアメリカにだけだ。あの時点で、日本の強さは不要だと連合軍は判断したのかもしれない。列強は、日本がいなければ、まだアジア植民地を維持出来ると思っていた。フランスなどはすぐに戻って来たが、戦時中、アメリカの工作員だったホー・チ・ミンが独立を願い、残留日本兵を顧問として独立軍ベトミンを結成し、戦争を開始した。

 ソ連の工作とアメリカの工作による情報操作を除くと、戦争の否定が日本の否定につながる見方=考え方はほぼ根拠をなくす。

 大東亜戦争で、日本は東南アジアに侵攻したが、そこは欧米列強の植民地とされていた地域だった。日本が欧米列強を東南アジア域から駆逐したため、戦後、東南アジアが植民地から脱し、建国して行った。
 大東亜戦争において、日本国内の諸潮流には、それぞれ思惑があり、アジアの解放を目指した人々がいるかと思えば、ただ欧米列強から植民地を奪い取ろうという腹でいた者もいただろう。
 何らかのモデルをあてはめて大東亜戦争を説明する事は出来る。モデル化はつまり単純化だから、単純でわかりやすい説明が適切でいい場合は多い。しかし、あの戦争を単純化する事そのものが適切であるかどうかは目的によって変わって来る。
 あのような戦争を起こさないためというならば、あの戦争を細部まで追求し、様々な機微、思惑、行為が重層的に折り重なった中に分け入って解きほぐし、解明し、分析すべきであるのはあたりまえであるように思える。単純化が役に立つとは考えられない。
 すべて悪意と欲望で出来ていたなら、こんなに簡単で解決しやすい問題はなくなる。しかし、そんな風に都合よく出来上がっている現実はない。
 だが、「総連/日共」工作が流布した、戦前の日本が悪意と欲望で出来上がった悪の帝国であるというポンチ絵並に単純化した物語の前に、本当に何がどうなっていたのか、何が悪かったのか、どこが間違っていたのかを明らかにする努力はなおざりにされた。
 おそらく、そうした努力をすべき者たちは、正しい共産党がすでに結論を出しているのだから、もう手を加えるべき所があるはずはないと、馬鹿げた考えを持ったのだろう。あるいは、臆病な彼らは、共産党の正しさに怯え、その時代ごとの「正義」に敵対する可能性を自らに禁じ続けたのかもしれない。ともかく、必要な事はなされず、神国史観から取って代わって、「マルクス主義唯物史観」が神棚に飾られただけだった。

 アメリカの「真相」工作に影響された勢力と、「真相」工作に寄生した「総連/日共」工作の影響下にあった勢力が、戦後日本を2分した。
 世界的にも、西側と東側に別れ、西側諸国にはソ連の影響下にある人々が存在した。東側、つまり、ソ連と東欧諸国は、マルクス主義によって統制されており、思想・言論の自由がなかったため、西側の影響はほとんど及ばなかった。
 戦後の歪んだ枠組みは世界的な規模で蔓延し、世界を呪縛した。



2017年8月13日日曜日

2つの情報工作と日本

 太平洋戦争、大東亜戦争について、いくつかの見解がある。
 まずこの中から、ソ連=朝鮮総連/日本共産党系の見解は省こう。なぜなら、スターリンがアメリカ共産党を使って、日本を追い込む形で日米戦争を仕組んだ経緯があり、なおかつ、それを隠して戦前の日本を批難し続けるという、謀略があったからだ。日共系の見解は謀略の一部でしかなく、真摯な見解とみなすにはあまりに資格を欠いている。
 ソ連=朝鮮総連/日共系の見解は党派的謀略的な工作のための見解であり、それを検討する事で謀略に巻き込まれるたぐいのものとして、その内容は検討すべきものではない。この「総連/日共」工作とでも言うべきものは、謀略としてなら検討素材としえるかもしれないが、内容を真に受けるのは無意味だ。

 では、「総連/日共」工作以外はどうだろうか? 戦後、連合軍として日本を占領したのは実質的には米軍だった。米軍は戦後、左翼系インテリたちがやっていた「真相」という雑誌に当時入手困難だった紙を供給するなどして支援した。これと「真相はかうだ」「真相箱」などのNHK放送とも軌を一にした宣撫工作ととらえられるだろう。ここではこれらを「真相」工作としてまとめてとらえる事とする。
 この「真相」工作も宣撫工作のための情報操作にすぎないから、これ以上の検討には値しない。

 これらの工作は、日本の否定を目的とした宣伝であり、言説だった。思想としてとらえるほどの内容はなかった。
 しかし、この無内容な工作と占領統制から日本の言論・思考空間の戦後は始まった。
 占領統制は、日本の言論に大きなキズを残した。占領政策に沿わないとみなされた言説が禁止された時期があったが、それが日本の言論機関を萎縮させ、占領が終わった後も、統制に適応した言論空間は残った。この枠組に適応した言説は主流となってもてはやされ、外れた言説はかえりみられなかった。一度定着した枠組みは定着を根拠として生き延びて行く。その枠組に適応した言説も、内容とは関係なく主流商品となり続ける。
 現在の日本の言論の妙な傾向はこのようにして形作られたように見える。
 そこでは、日本を悪とし、日本の戦争を悪とし、日本の戦前を悪とする事が正しい解答であり続けている。もし、日本が悪で、戦前が悪なのだったら、どうして戦後の日本が悪ではないのかといった疑問は、極めて偏った形で現れ、用意される解答も偏ったものだ。
 戦後日本が悪いのは、共産化されていない事だ。自民党が勢力を持ち、日本共産党をはじめ、進歩派野党の勢力が少ないのは、日本が進歩的ではないからだ。これは良くない。良くないのは、日本に戦前が残っているからだ。戦前がなくなれば、日本は共産化し、良くなる・・・これが「総連/日共」工作の用意した解答だ。
 アメリカは、日本の独立と同時に、日本=悪という宣伝工作を終了している。もう日本は悪などではない。だが、「真相」工作の終了は、「総連/日共」工作が単独で継続される事を意味した。それは、「総連/日共」工作による言論統制、歪んだ言論空間の枠組みを維持する努力だった。歪んでいない言論空間においては、「総連/日共」工作の言説など、バカバカしくて相手にもされない代物だったからだ。
「総連/日共」工作は、終戦直後の時代環境でだけ生きて行ける。「真相」工作の寄生虫だった事がわかる。



2017年8月8日火曜日

small Talk:異常の素

「東京新聞・中日新聞の長谷川幸洋論説委員が「加計報道の真相 安倍政権打倒が目的」と特別コラムニストをやっている四国新聞のコラム ニュース裏読み で書いた」
「もっと早く書いてくれれば良かったのにね。それに東京新聞はそれこそ政権打倒で暴走していた。社内で何とか出来なかったのか」
「出来なかったから、今になって、四国新聞で書いてるんだろうね」
「東京新聞の暴走グループは、論説委員では止められないという事か」
「うん、社内事情を想像してしまうね。常識が押しのけられる異常な空気があるんじゃないかね」
「そうだろうね。加計で内閣打倒って、ありえないけど、それを目的にしたって、報道する人間たちが、異常な妄想にとり憑かれたって事になる。それは異常な空気がなければそうはならない」
「熱にうかされた報道だったんだな」
「あの東京新聞の女なんか、トランス状態に陥ってたんじゃないかね」
「巫女体質か。記者会見では質問してたんじゃなくて、お告げのご託宣をしてたんだ」
「うん、カケ神様のお告げだぞよーてなもんだ」
「だったらわかる。そんなのの相手じゃ菅官房長官もかわいそうだった」
「しかし、報道で内閣打倒運動をすれば、国民が立ち上がって、民主的な選挙で選ばれた代表で構成された議会と政府を破壊し、選挙で安倍さんの演説を妨害した連中や前川を中心にした臨時政府を樹立するとでも思っていたのかな。頭の悪さも限度を越えてるぞ」
「いや、何しても考えがあったんじゃなくて、感情や空気、妙な熱気が醸成されたんだろうよ」
「野次馬や暴徒と変わりない水準だな」
「韓国では、それで勢いがつき、大統領の罷免まで突っ走ってしまった」
「国民性が違うだろう。向こうは国家間条約の約束を履行するどころか、まるっきり反故にしながら、こっちが出した金だけ流用しているような、信義などまったくない国家だし、国民性だ。北朝鮮も、やらないやらないと言っていた核兵器開発をやり、今ではそれでこっちを脅して来るありさまだ。韓国・朝鮮人は嘘ばかり言う裏切り民族だろう」
「北朝鮮をそういう風に教育したのはソ連だったろうし、韓国人を教育したのは北朝鮮に通じた左翼の連中だと思うよ。それを放置したのは韓国政府の責任だけどね」
「まあ、日本の教育は左翼が牛耳ってる分野で、おかげで問題が山積してるね」
「韓国は父親の方の朴正熙大統領が最高の指導者で、あれ以上の人間が現れる可能性がない事が悲劇だね」
「朴正熙か、日本の左翼は嘘ばかりついてあの人を批難していたね」
「『韓国からの通信』を掲載した『世界』の安江良介編集長は「日本人には朝鮮人を批判する資格は倫理的にない。すべて日本人が悪い」という考えを持った異常な人間だったが、その異常さが岩波文化人のスタンダードとなり、マスコミに影響を与えという風になって行った」
「『韓国からの通信』は大きな影響力を持っていたが、それは岩波の影響力でもあった。文化人連中は岩波からお座敷がかかると大喜びで尻尾を振ったもんだ」
「ソ連を収容所群島ぶりを知っていて隠蔽したフランスの指導的知識人を批判したのがミシェル・フーコーや、フーコーの弟子のアンドレ・グリュックスマンだったが、同じ事をした日本の知識人は知らん顔をして口をぬぐっただけだったね」
「日本共産党と朝鮮総連は頭がふたつで胴体はひとつという関係だ。そんな中にいると、安江のような歪んだ良心が作られるんだろうな」
「グリュックスマンなどは、元々が倫理的な人なのか、そういう問題を掘り下げて行ってたね」
「狂信につける薬はないなんて、掘り下げるまでもないだろう」
「それでも、哲学だから掘り下げるんだよ」
「まあ、哲学は、教会の外で神学をやるためのものだからね」
「良心の歪みが安倍内閣打倒運動をやらせたわけだからな。それが収容所群島の隠蔽をやらせたのと同じ型の良心だという事に気がつくのは、そんな風に良心を形成していない人だという所は、越えられるかどうかわからない問題だろうね」
「知識でも、良心でも越えられて来なかったね」
「知識や良心は、越えられないという事に耐えられない面がある。それで、すでに失効しているのに、いつまでたっても知識があれば、良心があれば、良くなる。良く出来ると主張するし、それを信じる人たちがいる」



small talk:常識の大切さ

「イスラエルがアル・ジャジーラのイスラエル支局を閉鎖し、放送を遮断するようだね。6日に発表があった」
「治安部隊の暴行場面やイスラム教徒の主張を繰り返し放送し、パレスチナ寄りの報道を続けたためという事だね」
「ネタニヤフ首相は ”アルジャジーラは暴動を扇動している” として、アル・ジャジーラをイスラエルから追放する法整備を行うと明言した」
「サウジアラビアがアル・ジャジーラの支局を閉鎖し、放送を停止したが、それに続く動きだね」
「ジャジーラが問題のある放送をしていても放置しておくといった余裕は中東にないだろうね」
「法整備をするという点は重要だね」
「法治国家であり、まずジャジーラを違法とする手順を踏むという事だ」
「日本は森加計で時間を潰しているマスコミを容認しているんだから、世界一言論が自由な国だな」
「うん、支那なんか、共産党を無能だと出力したAIを停止したそうだ」
「きっと、中に入ってた者を出せと捜査したんだぜ」
「中東に近いペルシャでは、アメリカの新たな制裁対象となったロシアとイランが軍事関係を強化するようだ」
「今でも軍事関係は強いが、それを拡大深化するというのか。イランの春は遠いな」
「アメリカ議会がロシアのクリミア侵攻・併合に対する制裁を決議した。これに対してロシアは在露米大使館員700人の追放を発表した。イランは核開発に絡む制裁だ」
「核兵器開発に関しては北朝鮮も制裁対象だね」
「イランは、ロシアの武器輸出のお得意様だ」
「武器輸出には軍事訓練サービスもセットになるが、イランとロシアは共同軍事演習をやっている」
「それに、ロシアはイランで原子力発電建設をやっている」
「去年始めたんだったね。産油国で原発か・・・時代だね」
「クリーンで効率がいいからというならいいけど、核兵器を作るためだから困ったものだ」
「北朝鮮の核開発の言い訳と一緒だ」
「半月刀で翻訳家を殺す連中は、北朝鮮なみに嘘つきだってか」
「イランとロシアは、シリアでアサド政権側で一緒に参戦している」
「イランは、パレスチナのハマスの資金源になっていたね。PLOはロシアとの関係が深かった。PLO傘下のPFLPの一部はKGB(現FSB)が作ったと言われていた」
「イランはテロ組織のヒズボラにも資金提供している。色んな所に関係しているね」
「ロシアも同じだ。中東の不安定要因を作っている」
「まあ、それは昔からだ」
「残念ながら、中東はここしばらく安定しないね」
「イスラエルの裁判所が、有罪となったテロリストの市民権を取り消したけど、その理由が市民権を濫用してテロ活動を行ったというものだった」
「英国のテリーザ・メイ首相が、テロから国民の生命安全を守るためなら、人権諸法を改正するとツイートしたけど、テロの深刻さが増している中で、命か権利かという話になって来ているのが流れかもしれないね」
「いい流れではないけれど、やむを得ない所かもしれないね。何となく人権で来たのを立ち止まって考える機会だ」
「人権というと非常識がまかり通る時代ではなくなるといいね。今までが幼稚すぎた」
「非常識と言えば、2人の支那人観光客がドイツ国会議事堂の歴史的建造物の前でハイル・ヒトラーの敬礼をして逮捕された」
「ナチスが違法だと知らなかったのか?」
「ドイツは支那と違って、何をしても自由だと思ってたんだろ」
「で、どうなった?」
「違法組織のシンボル使用容疑で起訴され、それぞれ500ユーロの罰金で保釈だ」
「無知でお灸をすえられた。支那だったら死刑もありうるね」
「天安門で蒋介石万歳とやるとかだな」
「孫文だとどうなる?」
「ダメだろう」
「林彪なんかどうだ」
「いい所を突いたつもりか。ダメに決まってる」
「ともかく、常識は大事だな」




2017年8月5日土曜日

small talk:鳩よとどまれ

「鳩山の阿呆は、支那にいて寝言を言ってるな」
「唐人の寝言というヤツだな」
「あの男は、劉暁波が疑惑の死を遂げたのをはじめ、中共が国内で情報統制・人権侵害を行っており、近隣諸国には武力で威圧を与えている軍事国家である事を容認している」
「いや、積極的に加担していると見るべきだろう。市井の人間ではなく、長らく日本の権力ポストにいた人物だ。無垢ではない。確信犯の全体主義者であり、軍国主義信奉者だ」
「そして、今や中共に飼われている犬というわけか」
「ああ、日本の権力者の中でも最低、下の下だ」
「タチの悪い野郎だな。民主党は、そろいもそろって、そんな人間ばかりが集まっていた。民進も同じだ」
「解党的出直しとか何とか言ってるけど、消滅的消滅が世界のためだよ」
「別働隊解散で、日共に戻る人間は戻ればいい」
「それはそれでいいけど、問題なのは、行政内と自民党内の別働隊だ。獅子身中の虫だよ」
「見えにくいだけにやっかいだな」
「連中が偽情報を流し、マスコミがそれに乗る。頭が悪いし、裏取りをする能力がないから、裏工作している連中にしてみれば、入れ食いだ。さぞや面白いだろう」
「日本の問題点を突いて来るから、点検をしてもらってると思って、強くなって行くしかないね」
「とりあえずはそういう事だ」
「鳩山は、向こうも迷惑だろうから、いつまでもあっちにいてもらいたいね」
「進呈だ」
「唐人になってもらえば、寝言の首尾も整う」




small talk:民進党の仕事

「民進党は日共別働隊みたいなもんだが、支那の意を受けて、よく国会を空転させたね」
「防衛論議は出来なかったし、たいしたもんだった」
「北朝鮮がミサイル発射してる時に森加計だったもんな」
「支那が北朝鮮支援をしていて、ああした軍事的威嚇が可能なわけだし、民進党が大騒ぎしたのは、支那や北朝鮮のためになった」
「安倍内閣は、議会制民主主義の規範をよく守り、丁寧に対応していた。これは日本の議会制民主主義のためにはなった」
「ガセネタで騒ぐ連中とは誠実さが違ったよ。民進党を始め、野党は民主主義の破壊者だってのがはっきりしたね。日本の議会制民主主義を破壊し、最後は日本を破壊しようという人たちだ」
「次は枝野が来そうだけど、何やらかすかね」
「原発事故を拡大させかけた菅直人内閣を思い出す人だね」
「ああ、原発事故男だった」
「二重国籍を代表にした党が、次に誰を持って来ようと関心を持てないな」
「芯がなく、目先の利害でコロコロ変わる連中だからな。お互いを信頼しあってないし、何なのかね、あいつら」
「さあ、どうでもいいね。ただ、加計問題で、文部省の官僚がどうしようもなくひどい事をしてたのがわかった。この官僚どもをどうにかしていかなくちゃならない」
「足を引っ張る奴らだな」
「許認可を始めとする役所の権限を天下りに利用するってのは、悪代官のタカリ行為だ。税金を食い物にしているのと変わりがない」
「行政の権力が大きくなるのは、どこでも、どんな時代でも起きている事で、これを克服出来た例はなさそうだ。官僚は議会を嫌っているし、見下してもいる」
「山県有朋がそうだったね」
「山県、選挙落ちたりしてたからな、憎悪したろうね」
「山県の遺伝子は日本の官僚に受け継がれているか」
「前川のやってた事は、明治の国権派藩閥官僚と違いはないぜ」
「マスコミは国権派御用か」
「倫理感がないからね」
「マスコミは頭が悪く、仕事が出来ず、倫理感もないか・・・」
「日本語もよく出来ないしね」
「日本のテレビを見るぐらいなら、ネットフリックスとか、動画を見る方がはるかにいいよ。ニュースもチグハグな選択で、肝心な部分を調べてないものばかりだし、だらだらした低予算丸出しのバラエティーも飽きるし・・・」
「新聞なんか、もう少ししたら、見た事のない子供が出て来ると思うよ」
「レトロでかえって新鮮と、新聞が子供たちに人気とか言ってテレビの話題にとりあげられるかね」
「ああ、その後、消える。新聞を読むような年寄りが図書館通いできなくなるから、図書館でも置かなくなり、終わりだ」
「民進はマスコミの終焉にも一役かったね」
「だとしたら、そこだけは褒めてもいいかな」
「本当にそこだけだな」





2017年8月3日木曜日

未来は憲法改正の先にこそある

 安倍内閣、一番の敵は自民党で、二番目は官僚だったけど、これからその一番の敵との戦いに入る。本当に本当の仁義なき戦いが始まる。

 枝野は強いだろうけど、民進が弱体すぎる。蓮舫を代表にしたセンスのなさが大きな後遺症を残す。枝野じゃ、蓮舫ほど非論理的に森加計で騒げなかったろうけど、その方が傷は浅かったろう。

 興味がある人に面白いのは自民党内の暗闘だろうけど、そんな下らない事よりも、改憲が潰されるとしたら、暗闘に走る者たちは、私利私欲で国を誤る国賊だ。
 安倍内閣がこの程度で食い止めた政治不信が、改憲の行方次第では修復不可能になる。

 マスコミや野党が嫌いなネットで発言する人々が政治を見限ったら、左翼の焦土作戦は成功だが、日本の未来は暗くなる。

 九条信仰信者が日本と未来の足を引っ張ろうとしている。九条は邪教だね。



2017年8月2日水曜日

small talk : テレビ朝日ご乱心! 加速するマスコミの凋落

「テレビ朝日が「ビキニ事件63年目の真実~フクシマの未来予想図~」という番組を放送するらしい。その告知で、「ネバダ核実験公文書館で衝撃的な機密文書を多数発掘。ロンゲラップ島民たちを避難させなかったのは人体実験のためであり、その後も内部被ばくの影響を継続的に調査するため、わざと汚染された島に帰島させていたというのだ」とやった。ネットで批判が相次ぎ、福島からも批難の声が上がった」
「ビキニの水爆実験と福島を一緒くたにするのか。福島ではなく「フクシマ」という意図はどこにあるのか。福島県民の気持ちを踏みにじるつもりか。風評被害を撒き散らすのか・・・といった、至極当然の批判だったね」
「そこで朝日は「~フクシマの未来予想図~」というお気楽な副題を削除した」
「謝罪はしていないぞ。上っ面を取り繕っただけで済む話じゃない。放送を辞め、謝罪すべきだ」
「そうだな。副題を削除しただけで、未練たらしく番組放送というのはいただけない」
「題名から察すると、ビキニ水爆実験が人体実験だったという、すでに否定された説を蒸し返す内容のようだ。根拠のない陰謀論だな」
「太田龍が死んで、阿呆な陰謀論はなくなるかと思ってたけど違ったな」
「虎は死んで皮を残すが、太田龍は陰謀論か」
「太田龍なみに非常識か・・・太田龍はアジテーターだったから、社会的責任なんてまったくなく、デタラメでも何でも言って、言ったそばから忘れてたけど、テレ朝がそれじゃいけない。この番組は色々な面で非常識すぎる」
「変な番組作って、実は日米間に隙間風をふかせ、支那や北朝鮮に利するつもりじゃないのか。反米番組に福島を乗せ、煙幕に使った。馬鹿のフリして、すべて計算の上、悪質な工作を展開している」
「それも陰謀論だな」
「そうだな、削除用の副題でもつけとくよ」
「しかし、今さらビキニ水爆実験というのが頭悪いな。人体実験を言いたいなら、ソ連東欧圏諸国が延々とやり続け、あたりまえの感覚になってしまっていたから、ソ連崩壊後も相変わらずで、東欧のある国が、無力化ガスの実験に子供を使い、映像を西側諸国に軍事関係者に見せて引かれてしまったなんて話もある。無力化ガスは代謝の早い催眠ガスで、子供を使ったのは売り込むために代謝の早さを見せようとしたんじゃないかと思う」
「頭が戦後だから、そういう現在の話は理解できないんだろう。年齢は若くても、脳は老化している」
「脳老化か・・・考え方がどうこうより、病気と見た方が的確かもね」
「あいつら試験にだけは強い人種で、試験に強いというのは、出題者の年長者の意を汲むのに長けているという事だ。自分の答えを考えるんじゃなくて、出題者の意図を考える頭の使い方をして来たあげく、年寄りの考え方をするようになってしまったなんてね」
「AIで言う過学習というヤツだ。AIの方は、過学習にならないような方策がとられているけど、人間は過学習じゃないと出世しないから、どんどん過学習になる」
「それは破綻まで止まらないな」
「人材が流動しないと閉鎖的な中でそういう事が起こりやすい」
「従軍慰安婦強制連行の事実無根、脱原発報道の無内容、森加計の無根拠、二重国籍問題での頓珍漢な蓮舫擁護と、朝日新聞が頑張って血迷ってるんで、テレビも日々の偏向だけじゃ足りないと思ったのかね」
「この番組は偏向じゃすまないよ。放送テロだ。そういう感覚がまったくない。人を傷つけるという事の理解がない者たちが、大きな影響力を持つ権利を得ているんだ。その権利が大きいから殿様気分になり、これ庶民、福島の庶民、これがそなたたちの未来だぞよてなもんだったんだろうよ」
「福島をカタカナで「フクシマ」とするのは、外人になったつもりなんだろうな。それで自分は一段高いところに立って、人を見下している」
「お偉い事だな。それでこちとらが、ハハーッ、アサヒ様ーっとでもなると思ってるのか? まったくの馬鹿だな」
「脱原発は、左翼や新興宗教といったカルトが人につけ込むためのものになった。だから理性を持たれては成り立たないんで、デマを使って人の恐怖心を煽り続けている。オウム真理教とTBSのつながり以上に、脱原発カルトとマスコミの関係は常軌を逸しているように見えるよ」
「あの時は、日共と朝日は反オウムで、TBSがオウム側だったが、今は、オール脱原発、オール反安倍だ。みんなそろって硬化に邁進している。機械学習なんて、可愛いもんじゃないぞ」
「自分だけはご安泰だと思っているあいつらの船が沈んで、死んでいくのは勝手だが、脱原発とかでこっちを巻き込まないでもらいたいのと、死ぬ過程を見せないで欲しいよ。汚いし、みっともない」
「そのうち、マスコミの女どもが松居一代と化して、この恨みぃーと、動画でやり出すかもな」
「そりゃ見るに耐えない」


禁欲

 今、我慢しているので映画やテレビドラマの動画をほとんど見ない。少し見なくなると、ちょっと億劫になるのでちょうどいい。
 行き詰った時には、動画を見て息抜きもいいのだが、行き詰まっていない時には邪魔になる事もある。
 見るのは基本的に馬鹿アクションが多いというか、アクション以外の映画はほとんど見ない。頭の中がターザン言葉になって「敵、悪い、やっつける」というぐらいで、後は、バリバリ、ガーン、ダダダダでいい。
 恋愛とか、面倒臭いのがないのが一番いい。



2017年8月1日火曜日

ゴルフボール

 荒川の河川敷に都民ゴルフという名のゴルフ場があった。小学生の時、ここでボール拾いをしている子供たちがいた。上級生も同級生もいた。
 池に落ちたゴルフボールを拾うのである。一度だけやらせてもらったが、まったく拾えなかった。それで一度だけになってしまった。
 ズボンを脱ぎ、パンツ一丁になって池に入る。足で池の底を探りボールを見つける。先に針金の輪を付けた棒を水に入れて、ボールを輪っかに乗せ、引き上げる。
 そんな手順でボールを拾って行く。
 慣れた子は次々とボールを拾い、何十個ものボールを、自分の場所に転がしていた。
 ボールはキャディーが買い上げるのだと聞いた。キャディーは客に売っていたのだろう。
 沢山拾っていた子は数万円の札をポケットに入れていた。目端の利く少年だったのだろうと思う。要領の悪い私などは仰ぎ見るような上級生だった。同級生の兄だったが、同級生も怖がってか、あまり声をかけないでいた。
 小学生に何万円も稼がせていたのだから、キャディーはかなりの副収入を得ていただろうと想像できる。しかし、一度きりで一個も拾えなかった身では、その経済システムの成り立ちを知る事などできなかった。

 その後、ゴルフとはまったく縁がない。



small talk : 嘘ニュース

「マスコミがタガを外してしまったのは、脱原発からだと思うんだ」
「ネットでも嘘ニュースが続いているが、マスコミも無知をさらけ出して不安を煽り続けているね」
「脱原発のコアになっているのは、反核運動からの活動家だ。あの馬鹿ども、相手になど出来ないぞ」
「大震災の衝撃と混乱で、あいつらにつけこまれてしまった人が沢山いる」
「左翼と新興宗教が渾然となってデマを撒き散らしたからな」
「新聞もだろ」
「ああ、昔のマンガで言えば「バイオレンス・ジャック」の世界になるみたいな印象操作をしたな」
「脱原発はマンガと現実の区別がついてないってか、しかし古いな、せめて「北斗の拳」とか、映画の「マッド・マックス」にしろよ」
「もう、どれも新しくないだろ」
「原発事故の後は、終末的な事が起きると決めてかかり、探し回った」
「埋まっていたお地蔵さんが姿を現した、オソロシーとやっても同じだ」
「それじゃ川口探検隊だ」
「あれほど面白くはないよ。はるかに下等だ」
「取材を始める時には、すでに企画が通っているし、先入観もある。事実を集めて行って、先入観と突き合わせ、像になって行く。面白いのはそこだ。それが企画とズレてしまう事もありがちだ」
「そんな時、どうするんだ?」
「つまらない企画だから、こっちで行きましょうと持って行くとか、色々だ」
「企画優先という時もある?」
「どうでもいい話だったら、最初から企画に合わせた取材もある。先輩に、ほとんど自分でしゃべって相手に同意させ、それを記事にした人もいた。週刊誌なんて、荒っぽいものだった」
「そういうやり方を重要な問題でもやるようになっているんだな」
「そうだね。もっと昔だったら、トップ屋なんて人たちがいて、色々な人間とつながりがあってネタを取ってきてたという」
「トップ屋ね、何でいなくなったんだい?」
「ネタを使ってゆすりをする人たちがいたからさ。雑誌に持ち込むのは、ゆすりに失敗したネタだったりしてたようだ」
「ブラックだね」
「ブラックだね。昔の記者は凄かったみたいな事言う人は、ゆすりが困るんで、各週刊誌がトップ屋さんたちと縁を切って行ったのを知らないのかね」
「でも、ゆすりが出来るほど凄いネタをつかんで来る力はあったんだね」
「そういう見方も出来るね。普通では取ってこられないネタを取って来るんだから、普通じゃなかったって事だ」
「そういう人たちのネタが面白いのはわかる」
「いわゆるブラックは、情報誌と言われた小さな雑誌を企業総務相手に作っていた人たちという事だと思う」
「怪文書ではないのか?」
「所在を明らかにして怪文書を出したら、即刻訴訟だ。怪文書とは違うよ。ただ、怪文書が情報誌に送りつけられるなんてのは、当然あった」
「怪文書の出回り先でもあったのか」
「ブラック・ジャーナリズムなんて言葉を世に広めたのは「噂の真相」だと思うけど、あれをやってた岡留だって元々はブラックだったのが、喧嘩して飛び出したはずだ。それで、随分とトバシもやってたし、身びいきの嘘も書いてた。革マルとか、ああいうところから情報をもらってもいたようだし、あまり感心できるものではなかったよ」
「訴訟に負けるからって廃刊したんだよな」
「訴訟に耐える質を作れなかったって事だ。情報誌をブラックとかけなしながら、その水準にも行けなかったって話さ」
「費用と労力を考えると、訴訟を起こそうという人がいないっておかげで助かって来たのが、そうはいかなくなった」
「そうだ。せっかく貯金も出来たし、ここらが潮時と判断したんだろ。要領のいい人物だったんだな。それは悪い事じゃないがね。文章も上手かった。ほとんど一人で書いてた。文章を書けない奴もいたからね」
「小才の効いた小者で、面白い所もあったって事だな」
「情報誌は、新聞や雑誌にとっていいネタ元でもあって、情報誌発のスクープなんてのもあったんだぜ」
「スゴイね。それなのに、今はサエないね」
「情報誌がなくなったからさ」
「どうして?」
「警察が潰したんだ。警察が企業を回って、情報誌を購読したらいかんと言って回った」
「どうしてだ? 企業にしてみれば、防衛にも必要な情報収集だろうに」
「総会屋が資金獲得のために出していた情報誌と一緒くたにされたのさ。だから、反社会的勢力への資金提供を封じるという事で情報誌の購読に圧力がかかった」
「収入源をやられたら終わりだな」
「そう。それで情報誌がなくなって行った。情報誌は警察も情報源にしていて、企業には購読を禁止しておいて、自分たちはネタ探しに顔を出したりしていた。コピーまで使って行くと怒っている情報誌の人がいたよ」
「いかにもだな」
「で、情報誌がなくなったせいで、情報の流れが変わり、怪文書が妙に影響力を持ったり、メディアが官僚のリークに依存するようになった」
「中身が薄くなって行く過程を見るようだな」
「そして、マスコミは幼稚になった。今なら、インターネットでの発信を探した方が、よほど発見がある」
「マスコミの人間や、インテリ業の人間のように、党派性や感情に左右されず、論理的に考え、常識的な判断をしているのは、インターネットで発信している人たちの方にいるよ」



昭和30年代:アトラクティブな大人たち

 小学生の頃、子供相手の色々な商売がいた。
 有名なところでは、粘土と型、それに色付けをする粉等を売りに来る大人がいた。型屋と言われる商売だが、私の方では粘土屋と呼んでいた。
 紙芝居も来たし、プラスチックのシートを舟形に切って樟脳をつけたオモチャ売りもいた。吹き矢も来た。
 紙の筒にピカピカした紙テープを巻いて豪華にしたものに、紙で作った矢を付けて買うと、その場に的がしつらえてあって、遊ぶ事が出来た。楽しかったが、すぐに学校で禁止された。
 映画バスも来た。小型バスに上映設備と客席をしつらえたもので、十円か二十円だったのだろう、料金を払って乗るとマンガ映画を見せてくれた。お金を払うとグロンサン・ガムをくれた。最後に乗った時の料金は確か五十円だった。
 粘土屋は、型を取り、粉で着色した作品の出来がいいと点をくれた。公平ではなく、高い大きな型で沢山色を使っていると高評価だった。特に金銀の粉を使うと高かった。点数がたまると、そこに置いてある大きな型と交換してくれることになっていた。
 粘土屋のまわりには、その型をめざして制作に励む子供がひしめいていた。
 粘土屋は毎日来た。何日も、粘土を買い足したり、色粉を買い足したりしながら、制作を続け、点数をためた。
 みんなの点数がかなりたまったある日、粘土屋は姿を見せなくなった。
 粘土屋は、時々現れては、同じ消え方をした。同じ手口で同じく騙されるのは、遊ぶのが男子だけだったからだろう。女子のままごとで死ぬほど退屈な思いをしたり、女子に混じってゴムだんをするなど考えもつかない事だった。
 来なくなるというのは、紙芝居も同じだった。続きは明日のはずが、来ない。母親からの送金をくすねてしまうひどい親戚の家に預けられ、給食費も払ってもらえず、昼はお腹をすかせて一人で校庭にいると、優しい先生が弁当を分けてくれる主人公の運命がわからないままになった。どうしてくれる。
 紙芝居を懐かしがるのは、きっと最後まで見られた人なんだろうと思う。



2017年7月31日月曜日

small talk : 一線の先端

「森加計のまとめは誰かが仕事でやるだろうから、ちょっと民進・蓮舫の攻めについて話そうか」
「弱かったね」
「はやりそう思うかい」
「当然だろう。あれだけマスコミが援護射撃をする中での攻撃だったのに、成果がなかった」
「そうだな。これでテロ等準備罪がなかったら、空っぽの国会だった」
「一見、大攻勢をかけたかのようだったが、論理性もなく、事実もなく、同じ事を執拗に繰り返すか、言葉尻を捉えて感情的になって見せるか、国会映像をランダムにつなぎ直しても、それとはわからないほどだった」
「何も出ない金太郎飴だったな」
「中身がなかったからだ。森友にしても、加計にしても、そもそも問題がないものを、さも何かあったかのように取り上げた判断が間違っていた。少しでも思考力があれば、こんなのは攻める材料にならないとわかったはずだ」
「わからなかったのはオソマツすぎた」
「最初から材料となる事実がない。事実の足りない部分をきちんと論理を組み立てておぎなう事も出来ない」
「事実が足りないどころか、まったくなかったしな。万が一材料があったとしても攻めに持って行くだけの力がない」
「マスコミも、何の考えもなしにただ騒ぐだけだった。あれじゃ烏合の衆だ」
「民進は感情的に声を荒げるだけしかできなかった」
「弱い犬は吠えるというやつの典型だったな」
「終わりに来て、民進とマスコミは、内閣支持率が下がったのは、自分たちが安倍内閣を毀損したからだと手柄顔で吹聴したが、勝利をとりつくろい、攻撃が成功したかのように見せかけただけだった」
「大本営発表だな」
「支持率の低下は、安倍内閣と自民党だけの問題ではなくて、全政党の問題だった。つまり、野党がくだらない事ばかりやっていたのと、マスコミの常軌を逸した騒ぎに政治不信が起きてしまったんだ」
「本当は憂慮すべき事態だ」
「安倍内閣が、くだらない野党に、あまりにも丁寧に応じている事への苛立ちもあったと思う。あんな事しか言えない奴らは、黙れ馬鹿者とでも一喝して話を進めればいいんだという気持ちになった人は意外といたよ」
「意外ではない。こっちもつられて感情的になってしまったという事だな」
「あの馬鹿野郎に耐え抜いたのは安倍内閣の強さだ」
「攻撃で弱かった蓮舫は、二重国籍を問題にされたら、あっさりと辞任に追い込まれた。守りが弱いどころじゃなかったな」
「民進にかばう人間が一人もいなかったんだろう。ダメな奴だろうが、間違っていようが、筋が通らなかろうが、馬鹿だろうが、支那のスパイかもしれないが、共産党と通じていようが、何が何でも身内だから守るという所がないと信頼は生まれないんだが、民進にはそういう所がまったくない」
「どうせ最後は自分可愛さにみんなを裏切るんでしょという臭いがぷんぷんしている」
「民進党は、人望のない人間というのはこういう人たちですよという見本としては教育効果を期待できるかもしれない」
「こうなっちゃいけない見本だな・・・こうなっちゃいけないという不倫がある」
「今井絵理子参議と橋本健神戸市市議の話か」
「この一線不倫は馬鹿だとしか言えないが、男と女だから手に負えないな」
「一線てなあどこに引かれてるんだろうな?」
「さあ、ナニの先にでも線を描いたかね」
「不倫なんて、そこらのオバちゃんたちがすぐに理解できて、大好きな話なんだから、鬼門もいい所なのにな」
「しかもスピードだろ。芸能誌、婦人誌、スポーツ新聞、ワイドショーはハイエナと化して貪り食うに決まっている」
「橋本健はどうでもいいけど、今井はどうかね」
「あまり褒められた事をやったわけではないが、一議員として職務をまっとうし、次の選挙で信を問えばいいんじゃないかね。二重国籍を誤魔化して来たわけじゃないだから」
「まあ、つまらない不倫騒動で騒いでいられるだけいいって事だな」
「ああ、ありがたい話さ」



2017年7月30日日曜日

ある日の対話:その後

「蓮舫は一議員として・・・とか抜かしてるね。まだ議員をやるつもりだ」
「二重国籍で嘘を言って当選してたんだから、辞職し、金を返した上で、次の選挙に合法的に出馬し、審判を仰ぐしかないだろうに。図々しいな」
「本当は二重国籍にまつわる違法行為で代表をやめたのに、そう言わなかったのは議員を続けようという魂胆だったんだな。悪質な確信犯だ」
「民進党も、もうはっきりした違法性を放置しているのは法律を守ろうという意識がないからだな」
「党ぐるみだ」
「そうだな。集まっても、内々の事しか話しないようだ」
「北朝鮮がICBMを発射した時に、自分たちの話しかしない連中が、政権の受け皿って、永遠に早い。笑わせるな」
「そういう自覚のなさ、恥ずかしさが民進党そのものだ」
「民主党もひどかったが、民進は輪をかけてひどい」
「解党的出直しで、名前も進進党にでもすりゃいい」
「シンシンじゃパンダだ」
「リンリンランランだったら龍園・・・古いな」
「古い・・・それに・・・つまらん」
「違法を誤魔化して、ほとぼりを冷ませばいいだろうというのは、蓮舫も新進党も日本の法律をナメている」
「それは日本をナメてるからさ」
「蓮舫は、本当は違法行為で辞めて、それを誤魔化そうとしているが、稲田は違法行為でやめたのではなく、職務上の監督責任で辞めた。どこにも違法性はない。防衛省が文書管理をきちんと出来ていなかった事で腹を切った。責任ある立場の身の処し方をまっとうしたと言える」
「対比すると、優劣ははっきりしているな」
「蓮舫は劣にしても低すぎる」
「蓮舫は違法を人権にすり替えたのもふざけてたな」
「あれは朝日新聞が言い出したんだろ」
「言い出した者は最悪だが、その口真似をした者も罪は免れないよ。違法行為を問題にされているのに、差別だと言い出すなんてのは、本当に差別されている人の事など考えてもいないで、ただ保身のための道具に「差別」を使ったという事だ。悪質極まりない」
「人権派の感覚そのものだな」
「配慮もセンスもなく、我儘を押し通そうとするところが寒い」
「しかし、蓮舫、議員辞職が筋だろう」
「うん、辞職は筋だが、蓮舫は筋のわかる人間じゃないよ。その意味では政治家向きではない」
「民進、やってくれたもんだな」
「まったくだ」



九条があると戦争になる

 身を守る事が正当な権利でないはずはなく、だからこそ、万が一、守りきれなかった場合に助けるという条約が国際的に認められている。
 だが、攻撃を受けるまで手も足も出せない場合、一定の被害が出る事になる。
 一定の被害と言ったが、それですますわけにはいかない。多くの人が死に、傷つくという事だ。
 わかっていてこれを止める努力をしないのは無責任極まりない。倫理的には人非人と言うしかない。
 後手に回る事はしないという意思表示、法整備・手順整備を含めた防衛力の高度化によって相手を躊躇させる事には大きな抑止力がある。これは冷戦によって実証された。
 日本は、今になって、冷戦を体験するか、蹂躙されるかを、近隣の軍事だけを発展させた後進国によって迫られている。
 いたしかたない。野蛮な後進国に蹂躙されるよりは冷戦に入るしかない。
 その時に邪魔なのは九条だ。
 やめてしまおう。とりあえず停止だ。そうなるのが理路というものだろう。

 九条によって、国の守りに制限が課せられる。馬鹿げた制限だ。近隣後進国はそこにつけこんで威嚇行為を続けている。開戦、攻撃、日本侵攻まであと一歩という所まで来てしまった。
 これは近隣後進国がつけ込む九条があるからだ。
 今や九条は戦争を呼び込む要因となった。

 九条があると戦争になる。

 九条停止。


憲法九条、緊急停止せよ

日本国憲法 第二章九条は、以下の条文だ。


第九条
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 これは日本国民は「国際平和を誠実に希求」するとの真情の表明だが、その「国際平和」は「正義と秩序を基調とする」ものだと定義されている。
 また、「国権の発動たる戦争」「国際紛争を解決する手段として」の「武力による威嚇又は武力の行使は」「永久にこれを放棄する」としている。

 防衛力である自衛隊については、ここに記載がないので憲法上まったく問題がないとするしかない。本当は、あいまいなままにせず改憲し、国防軍としての自衛隊の存在を規定し、正当に処遇すべきだ。
 問題があると考える人は改憲をして自衛隊を禁じ、解散させる事だ。支那もロシアも北朝鮮も喜んでくれるだろう。

 問題は、この九条が場合によっては憲法の他の条文と衝突する事だ。場合によってというのは、現実過程次第、あるいは、状況によってという事だ。北朝鮮が打ち上げたICBMが北海道近海に着弾しているという現今の事態は、まさにここにあてはまる。


第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。 
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 北朝鮮のICBMや核兵器は、憲法が「侵すことのできない永久の権利として」保障するところである日本国民の基本的人権、生命、自由、その他の諸権利を脅かし、妨げようとしている。
 国民の権利は「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」ものだが、今、憲法九条が、国民の権利の保障にとって邪魔になっている。

 九条を守って、このまま手をこまねいていた場合、北朝鮮はいつでも、好きな時に日本にミサイルを打ち込め得る。それに核兵器が搭載されている可能性もある。
 日本国民は生命を奪われる。九条は基本的人権を守らない。そして、それだけでなく、守る事を邪魔している。

 私たちは岐路に立っている。九条を死守し、玉砕するか、私たち自身と家族、子孫、民族の生命、自由、基本的人権を守るかを迫られている。

 九条か国民か、九条か私たち自身かだ。

 これは選択にすらなりえない。国民が優先するに決っているからだ。
 憲法に「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」とある。努力しよう。

 日本国憲法第九条の停止を求める。

 改憲は後で議論し、行えばいい。だが、現在の緊急事態に対処するには九条の停止しかない。危機がなくなるまで、九条は緊急停止すべきだ。日本がなくなれば、日本国憲法どころではない。

 九条を緊急停止せよ。



2017年7月29日土曜日

戦後を終わらせなければ戦争を呼び込む事になる

 日本軍は戦争に強かった。それは日本が強かったという事だ。
 日本は、極東からインドまで、欧米列強を追い出し、植民地をことごとく解放した。
 これを一国でやってのけた。
 その一方、太平洋ではアメリカと正面から戦い、敗北はしたが4年の間戦闘を継続した。湾岸に沿ったパシフィックリム域ではなく、太平洋で海戦を行った国はアメリカと日本しかいない。
 空母の運営に成功した国も、アメリカと日本しかいないが、これらの事は、両国の海軍力の高度さを物語っている。

 こういう強い国だから、日本に勝てたのはアメリカだけだった。そこで、勝った後、連合軍は、日本が再び強国となるのを嫌った。欧米の利害と方法だけで世界をマネジメントして行きたかったのだろう。
 ドイツはソビエトも攻め込んでおり、東側を占領していた。そのため米ソの駆け引きがあり、アメリカの占領政策も自ずと日本とは違うものになった。
 日本はアメリカの実質的に単独占領であったため、アメリカの占領手順と占領政策がそのまま適用された。そこに悪意というか、陰謀を観る人たちもいるが、ナイーブな話だ。彼らは仕事をしただけだと思う。
 ただ、日本が当面立ち上がらないように武装解除を徹底して行うという事はあっただろう。支那を蒋介石の国民党が支配し、朝鮮半島は韓国として独立し、ベトナムにはフランス人植民者が戻り・・・といった戦後の地図が描かれたいたと思う。アメリカは、ド・ゴールを嫌っていたから、反ド・ゴール派のベトナム植民者は重要な存在だったのだ。

 だが、蒋介石があまりに無能で人望のない男だったためか、逃げ回っていただけの中共が相手だと見誤り、支那を共産主義者に盗られてしまった。おそらくソビエトがかなり介入していたはずだ。当時の中共など、中身も外身もなかったに決っている。
 蒋介石が駄目な奴だったため、毛沢東のような犯罪者が支那を盗り、北朝鮮が成立しと、極東がおかしな事になってしまった。
 ベトナムでは、元々アメリカの情報機関の工作員だったホー・チ・ミンが、残留日本兵と手を組み、フランス人の再入植を阻止した。この第一次ベトナム戦争で、フランス側で戦ったのは、ほとんどドイツ兵だった。ドイツでは敗戦で職がなかった。そこで、中世以来のドイツの伝統的職業であるドイツ傭兵が復活する格好となった。
 ホー・チ・ミン軍側の日本兵は軍事顧問という立場だったが、実際の戦場では、日独戦があったかもしれない。ソビエトの支援もあり、戦争はホー・チ・ミン側が勝利した。
 この時に負けたフランス人たちは、次にアルジェリアに行き、アルジェリア独立戦争に遭遇する。アルジェリアの植民者たちは独立を認めたド・ゴールを排除するために、暗殺やクーデタを計画する。植民地主義者たちが英米とつながっていたため、ド・ゴールはそれまでにも増して英米と距離を置くようになった。

 占領時代、日本を統治したGHQは、後(昭和24年)に「暴力主義的団体」として解散を命じる事になる在日本朝鮮人連盟(朝鮮総連の前身)の結成を許したり、日本共産党の活動を容認したり、小さなところでは反日雑誌の「真相」に用紙を供給するなど、側面支援するなどしていた。
 こうした占領政策は、占領されているのは、戦前が悪かったからだという意識を植え付けようとしたためだろう。日本ほど強力な軍隊が粘り強く戦線を維持した国だったら、占領後も相当な抵抗があると想定しての政策だったと思われる。もし、占領軍が天皇を否定していたら、その想定は現実のものとなり、占領は失敗していた可能性が高い。人間宣言にとどめた事で占領は成功した。
 そして、当初の反日政策は過剰なものだったと否定されて行く。

 だが、占領軍の反日政策は、それに過剰適応した組織や人々とともに残った。
 そうした占領の歪みを正すのは日本が自分でやるべき事であって、占領軍の責任ではないから、彼らはそのままで占領を解除した。
 国権派は国粋派と国粋主義を悪者にして生き延びた。国粋主義は右翼だというレッテル張りを行った。本来は、国権派右翼と国粋主義壮士が抜刀し一戦に及ぶ事はあっても、右翼は国権派であり、国粋主義は右翼ではなかった。これはアジア主義においても一緒で、宮崎滔天などは、アジア主義右翼と民権派=国粋派アジア主義とは別だと書いている。アジア主義右翼には国権派から資金が提供されていたが、滔天は金に縁がなかった。

 国権派は反日左翼と利害を共にし、戦後の歪みに乗じて生き延びた。そして、歪んだ空間こそが彼らの生息域となった。
 日本が強くなるには、この歪みを正さねばならない。そして、今、強くならねば、北朝鮮や支那に蹂躙される危険性が高まっている。

 危機は現実にある。国権派や左翼といった反日勢力を一掃しなければ、日本は危機に対応できない。歪みを正せば、この危機に対処できる。そうであるならば、まだ、この危機は国権派と左翼の危機だ。だが、これを放置すれば、日本の危機となってしまう。

 反日勢力の策動、嘘、暴力、工作、撹乱を冷静にはねのけ、北朝鮮、支那の軍事的野望と冒険主義を挫折させ、極東の平和回復を実現しよう。
 左翼と国権派は社会不安を作り出し、戦争を呼び込もうとする反動勢力だ。
 もう、戦後を終わらせる事を先送りには出来ない。
 日本は極東、東アジアの平和と安定を守護するため、強国であらねばならない。



そして、今は

 ジョージ・ケナンは、アメリカは大戦前にロシア、ドイツ、日本のどこかと組んで他の国と戦うしかなかったと書いている。そして、ロシアと手を組んだ。
 ドイツは英国が敵としていた国で、元々英国の地政学は、ドイツと戦うための学問だったというぐらい、警戒していた。
 また、ドイツはロシアとの結びつきが深く、ナチスドイツ時代のドイツ軍は、ソビエト領内で秘密裏に軍事訓練をしていたし、ソビエト軍の訓練を行っていたのはドイツ軍だった。アメリカは、ドイツとソビエト・ロシアを引き離したかっただろう。
 日本と手を組めば、支那の大部分、満州、朝鮮半島、台湾、ロシアの東側が日本の領土になるか、もしくは影響力の範囲内となってしまう。これも好ましくなかっただろう。
 当時、アメリカにはソビエト以外の選択肢はなかった。ドイツと引き離せば、ソビエト・ロシアはさほど力のある国家ではなかったからだ。そして、ルーズベルトはアメリカ内の秘密共産党の活動を見ないフリをする事で、スターリンと意志を通じた。
 スターリンはソビエト単独では日本に勝てないと考えたのだろう(とても冷静だ)、アメリカと日本を戦わせるべく、アメリカの秘密共産党に工作を行わせた。
 アメリカは外交で日本を追い詰め、日本は開戦した。アメリカは、ヨーロッパでドイツと、アジア・太平洋で日本と戦い勝利した。ケタ違いの力量だった。

 降伏した部隊を皆殺しにしたり、本土爆撃で非戦闘員を大量虐殺するなど、国際法を破る汚い戦争を行ったが、それでも、あの時点でのドイツと日本に対して同時二面作戦を決行し、打ち負かした力の大きさは凄まじいものだった。
 しかし、この力を存分に発揮できたのは朝鮮戦争までで、ベトナムから後は国内の反対派のせいなのか、抑制的にしか戦わなくなり、思うような戦果を上げられていないように見える(それに比べてソビエトも、今のロシアも、遠慮など知らないからやりたい放題だ)。これはベトナム戦争時のソビエトの対米工作が大成功し、盛り上がった反戦運動の参加者が社会の様々な場所にいたためだろう。彼らが引退し、ソビエトによる工作の洗脳を受けていない世代が主流となれば、アメリカは再び戦えるようになる。

 ドイツはエネルギーでロシアと密接な関係を持ち、輸出入と金融で支那との関係を深めている。第三帝国の地図がEUとなって実現したと言うと、あまりに意地が悪いが、こんな悪意のある事を言う者は世界中に沢山いる。でも、賢明なメルケルは、思い上がった気違いのアドルフ軍曹が、かつて持っていたよりも、はるかに大きな権力を運営している。つまり、ケタが違う(ヒトラーは右翼の理想を追求し、メルケルはリベラルな理想を追求しているという違いはあるが、政治的リソースを理想のために無駄遣いしている点だけ同じだ。そこが解除されるとドイツも一皮むけ、もう少し嫌われなくなるだろうにそうはならない。本当はそこが惜しいのだが、ケチと理想主義は残念ながらドイツ人の国民性なのだろう)。
 EUの盟主たるドイツの力は非常に大きなものだが、EUにかつての帝国が顔を揃えているため、EUが全面的に世界の平和維持を行うには問題がある。つまり、世界を台無しにした者たちに出来る事は少ししかない。
 つまり、メルケルに出来る事は、EUを抑える事だけになる。その役目を果たせる指導者は、世界に何人もいないだろう。メルケルはとても良くやっている。
 EUは身動きがとれなくなっているが、その大きさに比例して問題も大きい。だが、苦しみや犠牲、困難は政治的な正しさから見れば些事にすぎないのだろう。
 EUを通じて、ヨーロッパは中世に戻ろうとしているのかもしれないと、知人と話し合った事がある。旅行帰りの知人と東欧の話をしていた時だったと思う。

 そして、日本だが、さて、どうしようか・・・


王子と新田


 いつも拝見している 将門ウェブ に、
新田(にった)と新田(しんでん)」という記事があった。

 新田(にった)と新田(しんでん)

   私はこれを新田(にった)と読んでいました。新田義貞のためです。実際に新田(にった)さんにもお会いしています(この方は鹿児島の人でした)。星砂の竹富島でもこの新田さんのところへ泊っています。今では新田荘として有名なようです。
   思えば徳川政権も新田義貞の関係の子孫だといわれ、徳川家康は「源氏」だと言われていました。
  でもここ王子に住んでみて、歩いていけるところに新田(しんでん)というところがあったときに驚いたものです。
(元の記事には、新田義貞を描いた絵と、新田橋の写真があります)

 この新田は、「南千住と山谷、そして・・・」という記事で、以下のように触れています。

 足立区の首都である北千住と新田を直付けしないために、北区がカットに入ったという説を発表しました。

 本来なら、隅田川にあっていいはずの北区と足立区の区界が、隅田川を越え、堤防土手を越えて荒川に真ん中にある理由についての邪推がこれでした。
 新田は交通の便が悪く、王子にバスで出るのが一番鉄道に近いのです。交通という事でなら、王子に属していると言っていいかもしれません。新田が王子の一部として、北区に入っていた方が感覚的に座りがいいのです。
 そこで、足立区が新田を引き受けたので、北区が区境を伸ばして、足立区と地続きの部分を一切なくしているというのが、北区カット説の、馬鹿野郎な全貌なのです。
 将門ウェブの記事には新田橋の写真が掲載されていますが、この橋は北区の庚申通りとつながっている橋です。
 新田から庚申通りを通って行くと、北本通りに出ます。北本通りを真っ直ぐ行くと、王子です。反対側に行くと赤羽方面です。
 北本通りから庚申通りに入る入り口に庚申塚があります。庚申塚は、所々にぽつりぽつりとあり、結んで行くと葛飾の柴又までつながっています。
 昔、柴又では、庚申の会というものをやっていたそうです。60日毎にある庚申の日には、腹の中にいる虫が寝ているうちに外に出て、閻魔様に告口をするというので、虫を阻止するため、夜通し宴会をやっていたようです。
 腹の中の虫というのが、少し道教的ですが、全体としては密教的な世界を感じる話です。
 新田橋がまだ、木の橋だった頃、隅田川に渡し船があり、何度か乗りました。船着き場が北本通りに近い所にあったからです。北本通りには都電が走っていて、どこに出るにも便利でした。

 庚申通りには、昔、映画館があり、時代劇や怪獣、クレージーキャッツ、加山雄三などの映画を観ました。その映画館は後にスーパーになりました。
 洋画は王子に行くか、東十条方面の神谷という所にあった神谷映画に行きました。2本立て、3本立て上映を観るためです。一気に3本もの映画を観るなんて、今ではもう出来ません。

 ああ、そうだ、新田は前は野新田と言っていたのです。「やしんでん」と読みます。バスの行き先表示にも、「野新田」となっていました。馬鹿な中学の教員が「おまえら、のしんでんなんだぞ」と、小馬鹿にした事を言ってましたが、趣旨も教育的効果も、いまだにわかりません。英語の教員も、ほとんど英語が出来ませんでしたし、貧乏な家の子を酷く殴るような人でした。貧困層の多い地区には、優秀な教員は配属されないようです。あの薄ら馬鹿ども、もう死んでるでしょうが、死んで惜しいような人はいませんでした。

 今の足立区の学校は、小中学の給食に力を入れているそうです。給食がおいしいと子供が学校に来るからだそうです。

 赤羽、東十条、王子には古本屋さんが沢山ありました。一人で、古本屋を何件もハシゴして、新刊本では見かけないような本を眺めて、何が書いてあるんだろうと思っていました。あの頃は読んでみたい本が沢山ありました。昔の方がいい本が出ていたからではなく、くだらない本が沢山あるのを知らなかったからです。